第七話 南部港の夜
南部港。
それは魔王領最大の貿易都市だった。
昼は商人と荷馬車で溢れ返り、夜になっても灯りが消えない。
港湾税だけで地方国家一つ養えるとも言われている。
「……すごいですね」
港を見下ろしながら、俺は思わず呟いた。
巨大な倉庫群。
何十本も並ぶ埠頭。
人間、魔族、獣人、蜥蜴族。
種族すら関係なく人が行き交っている。
「金の匂いがする街だな」
隣で魔王が言った。
いや、その感想はどうなんだ。
「で、本当に大丈夫なんですか、その格好」
「問題ない」
今の魔王は、黒い外套を纏った長身の男にしか見えない。
角も隠しているし、魔力もかなり抑えている。
……かなり威圧感あるけど。
「一応聞きますけど、正体バレたら?」
「全員黙らせる」
「そういうところですよ」
潜入向いてなさすぎる。
◆
夜。
港の空気が変わる。
昼の喧騒が消え、代わりに“裏の仕事”が動き始める。
「来ましたね」
俺たちは倉庫街の屋根の上にいた。
下では、数台の荷馬車が静かに動いている。
護衛付き。
しかも全員、装備が妙に良い。
「普通の商隊ではないな」
「ええ」
問題は積荷だ。
麦袋。
大量の兵糧。
そして箱には、魔王軍の紋章。
「完全に軍用物資ですね」
「堂々とやるものだ」
「むしろ堂々としている方が怪しまれませんから」
前世でもそうだった。
小さい不正は隠す。
大きい不正は“業務”に紛れ込ませる。
「追うぞ」
魔王が音もなく飛び降りる。
「え、ちょっ――」
俺も慌てて後を追った。
◆
荷馬車は港の最奥部へ向かっていた。
一般商人が入れない区域。
警備も厳しい。
「やっぱり南部商業連合の管理区画ですね」
巨大倉庫の扉が開く。
中へ荷が運び込まれていく。
その瞬間。
俺は違和感に気づいた。
「……あれ?」
「どうした」
「旗です」
倉庫の奥。
一瞬だけ見えた紋章。
白銀の双頭鷲。
「人間国家の紋章だ」
魔王の声が低くなる。
「しかも中央諸国連盟」
最悪だ。
中央諸国連盟は、人間側最大の軍事同盟。
つまり魔王軍と戦争している相手。
「敵国と取引しているのか……?」
「いや、普通の密貿易ならまだマシです」
問題は量。
兵糧。
軍用物資。
これは国家レベル。
「戦争そのものを商売にしている」
前線で戦争が続くほど儲かる。
魔王軍にも売る。
人間国家にも売る。
そして両方から利益を吸う。
「……なるほど」
魔王が笑った。
だが目は笑っていない。
「余の兵が飢えるわけだ」
そのとき。
「誰だ?」
声。
やばい。
見張りに見つかった。
「侵入者――」
言い終わる前だった。
魔王が一歩踏み出す。
次の瞬間。
空気が震えた。
圧。
ただそれだけ。
なのに見張りたちが一斉に膝をつく。
「が……っ」
「息が……」
「魔力だけで!?」
怖っ。
この人やっぱりバケモノだ。
「静かにしろ」
魔王の声は低い。
「騒げば殺す」
見張りたちの顔色が青くなる。
だが、その直後。
倉庫の奥から拍手が響いた。
「お見事です」
ゆっくり現れた男。
細い目。
黒いローブ。
南部商業連合代表――ベルク。
「まさか本当に来るとは思いませんでしたよ」
全然驚いてない。
つまり。
「誘ったのか?」
俺が睨むと、ベルクは笑った。
「半分正解です」
「何が目的だ」
「簡単ですよ」
ベルクは静かに言った。
「見せたかったんです。“現実”を」
その瞬間。
倉庫の奥の扉が開く。
そこにいたのは――
人間だった。
しかも鎧姿。
中央諸国連盟の軍人。
「……は?」
俺が固まる。
軍人は平然と麦袋を確認していた。
魔王軍の兵糧を。
敵国の軍人が。
「なぜ敵兵がここにいる」
魔王の声が冷える。
だがベルクは、まるで当然のように答えた。
「戦争には金がかかりますから」
ぞわり、と背筋が冷えた。
「魔王軍も、人間国家も、もう戦争を止められない」
ベルクは笑う。
「止めれば困る者が多すぎる」
その目は、冷たく現実を見ていた。
「国家は戦争している。ですが市場は、もうとっくに手を結んでいるんですよ」




