第六話 消えた兵糧の行き先
北部前線行き兵糧輸送記録。
積載量、麦袋五千。
到着報告、二千八百。
「……消えすぎだろ」
俺は机の上の書類を睨んだ。
三割どころじゃない。
ほぼ半分だ。
これで前線が飢えてない方がおかしい。
しかも問題はそこじゃない。
「輸送責任者が毎回違う?」
普通は固定される。
責任の所在を明確にするためだ。
だがこの記録では、担当が毎回変わっていた。
つまり――追跡できないようにしている。
「完全に組織的だな……」
そのとき。
「入るぞ」
低い声と共に扉が開いた。
魔王だった。
「うわっ!?」
「なんだその反応は」
「いや突然すぎませんか!?」
魔王が普通に一人で来るのやめてほしい。
心臓に悪い。
しかも護衛なし。
この人、自分が最強だからって危機感ゼロなんだよな。
「で、どうだ」
魔王は俺の向かいに座る。
「面白いものでも見つけたか?」
「面白くはないですね」
俺は書類を差し出した。
「兵糧が大量に消えています」
「ふむ」
「しかも長期間」
魔王は記録に目を通す。
表情は変わらない。
だが空気が少しだけ重くなった。
「前線の兵が痩せていた理由はこれか」
「気づいていたんですか?」
「現場を見るくらいはする」
そりゃそうか。
無能ではないんだよな、この魔王。
だから余計に厄介だ。
「問題は規模です」
俺は地図を広げた。
「これ、一地方じゃありません」
「ほう?」
「輸送路全体で起きている」
北部街道。
中央倉庫。
河川輸送。
補給拠点。
全部で少しずつ消えている。
「一箇所なら隠せません。でも全員で少しずつ盗めば、大損失でも発覚しにくい」
「蟻が砂糖を運ぶようなものか」
「そんな感じです」
前世でもあった。
少額経費。
在庫誤差。
輸送損失。
小さい不正を積み重ねると、最終的にとんでもない額になる。
「で、誰がやっている?」
「全員ですね」
「……全員?」
「末端兵から地方領主まで」
魔王が笑った。
「そこまで腐っているか」
「むしろ今までよく回っていましたね」
俺は本気でそう思う。
この国家、奇跡的バランスで生きているだけだ。
「ですが、おかしい点があります」
「何だ?」
「消えた兵糧、量が多すぎるんです」
単なる横流しじゃ説明できない。
五千、六千単位の麦。
それを継続的に処理できる場所なんて限られる。
「どこかが大量購入している?」
「はい。でも市場価格が動いてない」
つまり。
闇市場でもない。
じゃあどこへ消えた?
「……軍か?」
魔王が呟く。
「別働隊でもいるのか」
「それなら記録が残ります」
「では何だ」
そこで俺は、一枚の書類を差し出した。
「これ、気になっているんです」
魔王が目を通す。
「港湾使用記録?」
「南部港です」
「南は交易区だな」
「はい。そして最近、“深夜出港”が急増している」
しかも。
積荷記録なし。
行き先不明。
「密輸か」
「たぶん」
だが問題は、その量だ。
国家規模。
もはや裏商売では済まない。
「誰が仕切っていると思う?」
「現時点では一人しか」
俺は息を吐いた。
「南部商業連合代表――ベルク」
静寂。
魔王の赤い瞳が細まる。
「根拠は?」
「タイミングです」
ベルクは物流を知りすぎていた。
商人の流れ。
関所の癖。
輸送量。
そして“どこなら荷を消せるか”。
「あと、俺を勧誘してきました」
「ほう」
「許可証発行権も欲しがっていました」
「なるほど」
魔王が椅子に深く座る。
「つまり貴様は、商人が国家を食っていると言いたいわけだ」
「はい」
軍でも貴族でもない。
物流を握った商人が、裏で国を操っている。
前世でも見た構図だ。
「……面白い」
魔王は笑った。
だが今回は、少し冷たい笑みだった。
「ならば暴いてみせよ、アルト」
「はい?」
「余も気になってきた」
ちょっと待って。
嫌な予感しかしない。
「まさか直接行く気ですか?」
「当然だろう」
「いや魔王ですよね!?」
「だから何だ」
この人ほんと最強生物思考だな!?
「潜入とか無理ですよ!? オーラでバレますって!」
「抑えればよい」
「抑えられるんですか!?」
「たぶん」
たぶんで国家元首が潜入するな。
「決めた」
魔王は立ち上がる。
「南部港へ行くぞ」
「俺も?」
「貴様が案内しろ」
「嫌なんですが」
「却下だ」
即答だった。
終わった。
俺の平穏な地下生活、完全に消えた。
だがそのとき。
俺はまだ知らなかった。
南部港で待っているものが、単なる密輸ではなく――
“人間国家との裏取引”だということを。




