第五話 商人は金の匂いに敏感だ
「少し、お話ししませんか?」
南部商業連合代表ベルク。
その男は笑っていた。
だが、目だけがまったく笑っていない。
……ああいうタイプ、前世でもいたな。
笑顔で近づいてきて、裏で市場ごと食うやつ。
「場所を変えましょう」
ベルクは丁寧に頭を下げる。
「ぜひ我々の商館へ」
「断ったら?」
「もちろん自由です」
そう言いながら、後ろに立つ護衛がさりげなく道を塞いだ。
自由って何だっけ。
◆
南部商業連合の商館は、城下でも異様な建物だった。
豪華。
とにかく豪華。
白大理石の床。
高級絨毯。
壁には人間国家から輸入した絵画。
絶対儲かってる。
しかもかなり。
「どうぞ」
通された部屋には、すでに茶と菓子が並んでいた。
俺が椅子に座ると、ベルクはゆっくり口を開く。
「まず、お祝いを」
「祝い?」
「財務顧問就任ですよ」
細い指がカップを撫でる。
「地下勤めから大出世だ」
「ありがとうございます」
「あなたは優秀だ」
即答だった。
「正直、驚いています。まさか数日で物流を動かすとは」
「どうも」
「だからこそ、理解していただけると思うのです」
ベルクが笑う。
「市場というものを」
……来たな。
「あなたには才能がある。魔王軍なんかで埋もれるべきではない」
「へぇ」
「我々と組めば、世界中の物流を支配できます」
世界中。
その言葉に少しだけ空気が変わった。
「魔王軍も、人間国家も関係ない」
ベルクの声は静かだった。
「本当に世界を動かしているのは、軍ではありません」
その細い目がこちらを見る。
「金です」
……面白い。
かなり面白い。
だが、その直後。
「あなたは“国家”の立場で市場を見ている」
「……税収とか、物流とかって意味ですか?」
「ええ」
ベルクは頷いた。
「ですが商人は違う。“利益”で世界を見る」
つまり。
今までの混乱した魔王領そのものが、彼らの利益源だった。
「ですがあなたは、それを潰した」
「健全化しただけですよ」
「商人にとっては同じです」
ベルクは静かに笑う。
「秩序は、大商人しか得をしない」
……なるほど。
こいつ、本当に頭いいな。
単なる悪徳商人じゃない。
構造を理解している。
「だから?」
「協力しませんか?」
ベルクはさらりと言った。
「あなたには才能がある。魔王軍なんかで埋もれるべきではない」
「へぇ」
「我々と組めば、世界中の物流を支配できます」
「断ったら?」
「困ります」
「脅し?」
「お願いですよ」
ベルクは笑顔のまま言った。
「例えば――商人たちが突然、魔王領から消えるかもしれない」
沈黙。
なるほど。
兵士じゃなく商人で揺さぶるタイプか。
「物流は生き物です」
ベルクは続ける。
「一度止まれば、再建には何年もかかる」
「……」
「あなたは賢い。だから分かるでしょう?」
確かに分かる。
商人ネットワークは国家より強い。
特にこの世界みたいに情報伝達が遅いならなおさらだ。
だが。
「だからこそ」
俺は笑った。
「独占させちゃダメなんですよ」
ベルクの笑みが、初めて止まった。
「……ほう?」
「今の魔王領、あんたらが物流を握りすぎている」
俺は机に置かれた地図を見る。
「南部商業連合。輸送、倉庫、護衛、両替、全部やっている」
「それが?」
「戦争起きたら終わる」
「だから分散させる?」
「競争させる」
その瞬間。
ベルクの目が細くなった。
完全に敵を見る目だ。
「……危険ですね、あなた」
「よく言われます」
「競争は利益率を下げる」
「でも物流量は増える」
「小商人が増えれば統制が崩れる」
「市場は活性化します」
しばらく沈黙。
やがてベルクは、小さく笑った。
「なるほど」
その声は冷えていた。
「あなた、“こちら側”じゃないんですね」
「どっち側です?」
「金を支配する側ですよ」
その言葉に、少しだけ違和感を覚えた。
支配。
違うな。
俺は別に、金で誰かを支配したいわけじゃない。
ただ――
「金がちゃんと回る国が見たいだけですよ」
前世では無理だった。
上は腐り、現場は疲弊し、努力より中抜きが勝つ世界だった。
だから。
せめてここでは。
数字が、正しく機能する国を作りたい。
「……変わり者だ」
ベルクは立ち上がった。
「ですが忠告しておきます」
「何を?」
「市場を変える者は、必ず恨まれる」
その笑顔が、初めて少しだけ消える。
「特に、“今まで儲けていた者”から」
そのままベルクは去っていった。
静かな部屋に、一人残される。
そして俺は、机の上に残された書類に気づいた。
「……これは?」
そこに書かれていたのは、輸送記録。
だが、おかしい。
「軍の物資?」
しかも。
大量。
北部前線へ送られるはずだった兵糧が、途中で消えている。
いや。
違う。
「横流しされているのか……?」
その瞬間。
嫌な予感が背筋を走った。
これ、ただの汚職じゃない。
もっと大きい。
もっと危険な何かだ。




