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『魔王城の地下で税金を計算してた俺、いつの間にか世界経済の黒幕になる』  作者: ニートは34歳まで
第一部 地下の税務官編

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第五話 商人は金の匂いに敏感だ


「少し、お話ししませんか?」


 南部商業連合代表ベルク。

 その男は笑っていた。

 だが、目だけがまったく笑っていない。


 ……ああいうタイプ、前世でもいたな。

 笑顔で近づいてきて、裏で市場ごと食うやつ。


「場所を変えましょう」


 ベルクは丁寧に頭を下げる。


「ぜひ我々の商館へ」


「断ったら?」


「もちろん自由です」


 そう言いながら、後ろに立つ護衛がさりげなく道を塞いだ。

 自由って何だっけ。


     ◆


 南部商業連合の商館は、城下でも異様な建物だった。

 豪華。

 とにかく豪華。

 白大理石の床。

 高級絨毯。

 壁には人間国家から輸入した絵画。

 絶対儲かってる。

 しかもかなり。


「どうぞ」


 通された部屋には、すでに茶と菓子が並んでいた。

 俺が椅子に座ると、ベルクはゆっくり口を開く。


「まず、お祝いを」


「祝い?」


「財務顧問就任ですよ」


 細い指がカップを撫でる。


「地下勤めから大出世だ」


「ありがとうございます」


「あなたは優秀だ」


 即答だった。


「正直、驚いています。まさか数日で物流を動かすとは」


「どうも」


「だからこそ、理解していただけると思うのです」


 ベルクが笑う。


「市場というものを」


 ……来たな。


「あなたには才能がある。魔王軍なんかで埋もれるべきではない」


「へぇ」


「我々と組めば、世界中の物流を支配できます」


 世界中。

 その言葉に少しだけ空気が変わった。


「魔王軍も、人間国家も関係ない」


 ベルクの声は静かだった。


「本当に世界を動かしているのは、軍ではありません」


 その細い目がこちらを見る。


「金です」


 ……面白い。

 かなり面白い。

 だが、その直後。


「あなたは“国家”の立場で市場を見ている」


「……税収とか、物流とかって意味ですか?」


「ええ」


 ベルクは頷いた。


「ですが商人は違う。“利益”で世界を見る」


 つまり。

 今までの混乱した魔王領そのものが、彼らの利益源だった。


「ですがあなたは、それを潰した」


「健全化しただけですよ」


「商人にとっては同じです」


 ベルクは静かに笑う。


「秩序は、大商人しか得をしない」


 ……なるほど。

 こいつ、本当に頭いいな。

 単なる悪徳商人じゃない。

 構造を理解している。


「だから?」


「協力しませんか?」


 ベルクはさらりと言った。


「あなたには才能がある。魔王軍なんかで埋もれるべきではない」


「へぇ」


「我々と組めば、世界中の物流を支配できます」


「断ったら?」


「困ります」


「脅し?」


「お願いですよ」


 ベルクは笑顔のまま言った。


「例えば――商人たちが突然、魔王領から消えるかもしれない」


 沈黙。

 なるほど。

 兵士じゃなく商人で揺さぶるタイプか。


「物流は生き物です」


 ベルクは続ける。


「一度止まれば、再建には何年もかかる」


「……」


「あなたは賢い。だから分かるでしょう?」


 確かに分かる。

 商人ネットワークは国家より強い。

 特にこの世界みたいに情報伝達が遅いならなおさらだ。

 だが。


「だからこそ」


 俺は笑った。


「独占させちゃダメなんですよ」


 ベルクの笑みが、初めて止まった。


「……ほう?」


「今の魔王領、あんたらが物流を握りすぎている」


 俺は机に置かれた地図を見る。


「南部商業連合。輸送、倉庫、護衛、両替、全部やっている」


「それが?」


「戦争起きたら終わる」


「だから分散させる?」


「競争させる」


 その瞬間。

 ベルクの目が細くなった。

 完全に敵を見る目だ。


「……危険ですね、あなた」


「よく言われます」


「競争は利益率を下げる」


「でも物流量は増える」


「小商人が増えれば統制が崩れる」


「市場は活性化します」


 しばらく沈黙。

 やがてベルクは、小さく笑った。


「なるほど」


 その声は冷えていた。


「あなた、“こちら側”じゃないんですね」


「どっち側です?」


「金を支配する側ですよ」


 その言葉に、少しだけ違和感を覚えた。

 支配。

 違うな。

 俺は別に、金で誰かを支配したいわけじゃない。

 ただ――


「金がちゃんと回る国が見たいだけですよ」


 前世では無理だった。

 上は腐り、現場は疲弊し、努力より中抜きが勝つ世界だった。

 だから。

 せめてここでは。

 数字が、正しく機能する国を作りたい。


「……変わり者だ」


 ベルクは立ち上がった。


「ですが忠告しておきます」


「何を?」


「市場を変える者は、必ず恨まれる」


 その笑顔が、初めて少しだけ消える。


「特に、“今まで儲けていた者”から」


 そのままベルクは去っていった。

 静かな部屋に、一人残される。

 そして俺は、机の上に残された書類に気づいた。


「……これは?」


 そこに書かれていたのは、輸送記録。

 だが、おかしい。


「軍の物資?」


 しかも。

 大量。

 北部前線へ送られるはずだった兵糧が、途中で消えている。

 いや。

 違う。


「横流しされているのか……?」


 その瞬間。

 嫌な予感が背筋を走った。

 これ、ただの汚職じゃない。

 もっと大きい。

 もっと危険な何かだ。


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