第三十六話 竜の市場
遥か南の空。
巨大な影が、雲の上を横切っていた。
「……でか」
俺は思わず呟く。
翼だけで城壁くらいある。
完全に災害サイズだ。
「古竜級ですね」
ベルクの声が低い。
「“契約竜”の系統でしょう」
「契約竜?」
「古代文明以前から存在する、“竜語契約”の管理者です」
さらっととんでもない情報が出た。
「待ってください」
俺は眉をひそめる。
「つまり、竜も経済やっているんですか?」
「正確には、“契約体系”ですね」
グランが続ける。
「竜族は、人類より古い信用文化を持っている」
……ファンタジーだ。
かなりファンタジーになってきた。
◆
『我らの市場へ触れるな』
黄金文字が、まだ空中へ残っている。
「市場って言ったな」
魔王が目を細める。
「はい」
俺もそこが引っかかった。
つまり。
竜族にも、
•信用
•契約
•市場
が存在する。
「エルシア」
俺は空中へ聞いた。
「竜語契約網って何です?」
『古代非干渉型信用体系』
「……はい?」
『中央認証を使用しない独立契約文化』
なるほど。
「分散型か」
「ええ」
ベルクが頷く。
「しかも極端な」
竜族は長命だ。
数百年。
数千年単位で生きる。
「つまり」
グランが静かに言う。
「“個体信用”だけで市場を維持できる」
あ。
理解した。
「寿命が長すぎるから、“信用履歴そのもの”になるのか」
「その通りだ」
例えば。
人間商人は寿命が短い。
だから国家保証や銀行が必要になる。
でも竜族は違う。
本人が千年生きる。
つまり。
“あの竜は五百年前も契約を守った”が、そのまま信用になる。
「……強っ」
「だから竜族は中央銀行を必要としなかった」
ベルクが低く言った。
なるほど。
種族ごとに経済文化が違うのか。
◆
「ですが」
ラウルが険しい顔をする。
「なぜ今になって出てくる」
『回答』
エルシアが即座に反応する。
『中央契約炉再起動により、全世界信用網へ干渉が発生』
「つまり?」
『古代中央信用体系が、“非接続圏”へ接触を開始しました』
沈黙。
「……やらかしていません?」
俺は思わず言った。
「かなり」
ベルクが真顔で頷く。
中央契約炉が再起動した。
その結果。
今まで独立していた信用文化へまで、影響が出始めている。
「つまり」
グランが静かに言う。
「アルト」
「はい」
「あなた、“世界経済統一”を始めかけている」
嫌なスケールになってきた。
◆
そのときだった。
空が震える。
巨大な風圧。
雲が裂ける。
「来るぞ」
グランの声が低くなる。
次の瞬間。
黄金の巨竜が、北方街道上空へ降下した。
轟音。
暴風。
荷馬車が吹き飛ぶ。
「うおおっ!?」
でかい。
本当にでかい。
黄金鱗。
縦長の瞳。
そして首元には、無数の契約紋様。
『人類種』
低い声が響く。
空気そのものが震える。
『誰が中央契約炉を起動した』
全員の視線が、ゆっくりこちらへ向いた。
「……いや」
俺は乾いた笑いを浮かべる。
「半分くらい事故なんですが」
『事故で世界信用網へ接触するな』
正論だった。
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