第三十五話 自動介入
『世界信用維持を優先』
エルシアの声が、北方街道へ響いていた。
次の瞬間。
暴走していた契約文字が、一斉に静止する。
「止まった……」
魔導技師が呆然と呟く。
青白く暴走していた魔導塔も、ゆっくり光を弱めていく。
街道に漂っていた焦げ臭さが、少しずつ薄れていった。
「……本当に止めた」
ラウルの顔が引きつっている。
当然だ。
地方通貨同盟が総出で止められなかった暴走を。
古代契約炉は、一瞬で止めた。
「認証網への強制介入か」
ベルクが低く呟く。
「しかも全系統同時」
「そんなこと可能なのか?」
魔王が聞く。
「普通なら不可能です」
グランの声は重かった。
「ですが、中央契約炉は“元の管理中枢”だ」
つまり。
この世界の魔導契約網そのものが、元々あれを基準に作られている。
「……親システムってことか」
「親?」
「こっちの話です」
危ない危ない。
◆
「問題はここからですね」
俺は空を見上げた。
街道中に浮かんでいた契約文字。
今は全て、蒼色へ統一されている。
「統一認証状態です」
ベルクが険しい顔で言う。
「地方認証網が、“古代契約炉側へ接続された”」
「つまり?」
「中央化された」
空気が重くなる。
ラウルが歯噛みした。
「ふざけるな……」
「まあ気持ちは分かります」
地方側からすれば最悪だ。
自分たちの分散型信用網へ、“古代中央システム”が強制介入してきた。
「これでは」
ラウルが低く言う。
「古代文明と同じだ」
信用。
契約。
認証。
全部が中央へ吸われていく。
「エルシア」
俺は空へ向かって言った。
「これ、勝手に介入したんですか?」
『はい』
即答だった。
「はいじゃないんですよ」
『信用崩壊危険度が基準値を超過』
『管理者不在時緊急対応を実行』
怖いな、この精霊。
完全に自動システムだ。
「つまり」
ベルクが静かに言う。
「世界規模の金融危機が起きると、自動的に中央契約炉が介入する」
「……古代文明、それ前提で運営していたんですか」
「でしょうね」
かなり危険だ。
◆
そのときだった。
『追加警告』
空中文字が赤く染まる。
「まだあるの!?」
『未承認信用機関群が反発行動を開始』
大陸地図が浮かぶ。
赤い光点。
増えている。
「これは……」
「地方銀行群ですね」
ベルクの顔が険しい。
「中央契約炉の介入を、“支配行為”と認識した」
当然だ。
自分たちの信用網へ勝手に割り込まれた。
しかも停止までされた。
「地方通貨同盟が割れるぞ」
グランが低く言う。
「中央受け入れ派と、徹底抗戦派に」
空気が変わった。
「つまり」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「中央銀行戦争、本格化ですか」
「ええ」
ベルクが静かに頷く。
「しかも今度は、“魔法契約網そのもの”を巡る戦いになります」
ファンタジーになってきたな。
いや全然嬉しくないけど。
◆
その瞬間。
空中の契約文字が、再び揺れた。
『新規信用体系を検知』
「何?」
大陸南端。
見たことのない紫色の光点が浮かぶ。
「……誰です?」
「知らん」
グランの顔色が変わっていた。
珍しい。
『古代未登録信用体系を確認』
『竜語契約網を検知』
沈黙。
「……竜語?」
その瞬間。
空中へ、巨大な黄金文字が浮かび上がった。
読めない。
だが。
見た瞬間、本能が理解した。
危険だ。
『人類種の信用介入を確認』
低い声が、空から響く。
『我らの市場へ触れるな』
空気が震えた。
そして。
遥か南の空で、巨大な影が羽ばたいた。
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