第三十二話 信用の重さ
『あなたは、“世界全体の信用”を背負う覚悟がありますか?』
地下空洞は静まり返っていた。
エルシアの瞳は、まっすぐこちらを見ている。
逃がさない、みたいに。
「……いや」
俺は苦笑した。
「税務官だったんですけど、俺」
『職業情報を確認』
『重要ではありません』
即答だった。
冷たっ。
「古代精霊って冗談通じないんですね」
「契約精霊だからな」
ベルクが低く言う。
「契約と認証に特化している」
なるほど。
融通効かなそう。
『再質問』
『覚悟がありますか』
うわ、もう一回来た。
「アルト」
グランが静かに言う。
「軽く答えるな」
「分かってますよ」
多分これ。
はいって言った瞬間、人生終わるやつだ。
◆
俺は少しだけ考える。
世界の信用。
中央契約炉。
古代文明。
重すぎる。
「……正直」
俺は息を吐いた。
「世界全部なんて、背負える気しません」
沈黙。
だが。
エルシアは動かなかった。
『理由を要求』
「だって無理でしょう」
国家ですら世界を管理できない。
市場ですら暴走する。
まして。
一人で全部なんて。
「でも」
俺は続ける。
「“壊れるのを放置したくない”とは思っています」
それは本音だった。
市場が崩壊する。
人が死ぬ。
街が潰れる。
それを見てしまった。
「だから」
俺は契約炉を見る。
「全部支配したいわけじゃない」
「ただ、“崩れにくくしたい”だけです」
地下回路が、静かに光る。
『回答解析中』
怖いなこれ。
毎回判定される。
「……なるほど」
ベルクが小さく呟く。
「だからあなた、“中央集権型”じゃないんですね」
「え?」
「全部を支配したいわけではない」
「ええ」
「“崩壊を減らしたい”だけ」
その通りだ。
別に王になりたいわけじゃない。
市場を独占したいわけでもない。
ただ。
壊れ方を知っている。
だから放置できない。
◆
『回答承認』
エルシアの瞳が、わずかに光る。
『旧管理者群との適合率を確認』
その瞬間。
空中へ、無数の光が浮かび上がった。
人影。
古代衣装。
ローブ姿。
鎧姿。
様々だ。
「……何です?」
「過去の管理者記録でしょうね」
ベルクが静かに言う。
光の人影たちは、皆こちらを見ていた。
その中には。
疲れ切った顔もあった。
狂気じみた笑みもあった。
泣いている者すらいる。
「……嫌な歴史しか感じない」
『過去管理者群』
『契約維持失敗率 72%』
高っ。
「待ってください」
俺は思わず突っ込む。
「失敗しすぎじゃないです?」
『文明拡大速度に対し、管理能力が不足』
うわぁ。
完全にインフラ崩壊パターンだ。
『信用集中による暴走を確認』
『市場膨張による制御不能化を確認』
グランが低く呟く。
「……やはり同じか」
「知っていたんですか?」
「十三商会にも古い記録が残っている」
市場が拡大する。
信用が増える。
便利になる。
そして。
制御不能になる。
「だから市場を分散していた?」
「そうだ」
ベルクが頷いた。
「信用を、一箇所へ集めすぎないために」
なるほど。
だから十三商会。
一つじゃなく、分割。
リスク分散か。
◆
そのときだった。
『警告』
空中文字が赤く染まる。
『外部信用網 急速拡大』
「何?」
大陸地図が浮かび上がる。
赤い光点。
増えている。
「地方通貨同盟……」
ベルクの顔が険しくなる。
『未認証信用機関 増加』
『契約衝突危険度 上昇』
その瞬間。
エルシアが静かに言った。
『中央銀行戦争が始まります』
空気が凍る。
『過去文明崩壊原因との一致率 68%』
ぞくり、とした。
「……それ」
俺は乾いた声で聞く。
「止められなかったら?」
数秒の沈黙。
そして。
契約精霊は、感情のない声で答えた。
『文明崩壊確率が上昇します』
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