第三話 最初に潰すべきは誰だ?
「まず確認したいのですが」
俺は玉座の間を見回した。
「この国で、一番偉いのは誰ですか?」
一瞬、空気が止まる。
……しまった。
言い方を間違えた。
普通に考えれば魔王だ。
だが俺が聞きたかったのはそういう話じゃない。
「もちろん魔王様に決まっているだろう!」
案の定、軍務卿の獅子族が怒鳴った。
「貴様、不敬にもほどが――」
「いや、そういう建前の話じゃなくて」
「建前!?」
さらに殺気が増した。
怖い怖い怖い。
なんで魔族ってすぐ殺気出すの?
俺は慌てて説明する。
「実際に税と物流を動かしてるのが誰かって話です」
すると。
魔王が面白そうに目を細めた。
「続けよ」
「はい。今の魔王軍は、中央集権に見えて実際は地方領主の連合国家です」
俺は地図を広げる。
「北方は侯爵ヴァルド家、西部鉱山は黒岩伯、東部交易路は蛇人族連盟。この辺りは中央の命令より、自
分たちの利益を優先しています」
「……否定できんな」
宰相が胃痛を悪化させそうな顔で呟いた。
「つまり魔王軍が貧しい原因は、単純です」
俺は指を一本立てた。
「中抜きです」
玉座の間が静まり返る。
うん。
誰もが薄々分かっていた顔だ。
「税が消える。物資が消える。兵糧が消える。なのに責任者がいない」
「証拠はあるのか?」
低い声。
西部鉱山を治める黒岩伯本人だった。
全身を黒鉄の鎧で覆った巨漢。
見るからに脳筋だが、目だけは鋭い。
「ありますよ」
俺は即答した。
「例えば西部鉱山」
「……ほう?」
「報告上の鉄鉱石採掘量は前年比二割増。でも軍需工房への納品量は逆に減っている」
黒岩伯の目が細まる。
「つまり、どこかで消えている」
「輸送中かもしれんぞ?」
「輸送隊長、先月から急に屋敷大きくなりましたよね」
空気が凍った。
図星だ。
完全に図星だった。
「あと愛人が三人増えています」
「……」
「高級酒の購入記録もあります」
「……」
「ちなみに帳簿偽装したの、字が下手すぎてすぐ分かりました」
「き、貴様ァ!!」
黒岩伯が激昂し、玉座の間が揺れる。
だが。
「黙れ」
魔王の一言で、全員が凍りついた。
静寂。
圧倒的な支配。
これが魔王。
「アルト」
「はい」
「つまり貴様は、“誰が金を盗んでいるか分かる”のだな?」
「だいたいは」
「ほう」
魔王が笑う。
その笑顔を見た瞬間、幹部たちの顔色が変わった。
あ。
これ、完全に処刑モード入ってる。
「お、お待ちを魔王様!」
黒岩伯が膝をつく。
「これは誤解――」
「安心してください」
俺は言った。
「今すぐ潰す必要はありません」
「……何?」
今度は魔王が眉を動かした。
「盗んでいる連中、逆に利用できると思います」
全員の視線が集まる。
「腐敗貴族って、基本的に“金の流れ”を把握してるんですよ」
「ほう?」
「だから急に処刑すると物流まで止まります」
俺は地図の上に駒を置いた。
「まず必要なのは、“中央を通した方が得”って仕組みを作ることです」
「得?」
「はい」
俺はニヤリと笑った。
「人間も魔族も、結局は損得で動きますから」
軍務卿が怪訝そうに眉をひそめる。
「脅して従わせるのではないのか?」
「それ、短期的には強いです」
「ならば――」
「でも脅しだけの組織は、必ず裏切られます」
俺は断言した。
「利益があるから人は従うんです」
前世でも散々見た。
ブラック企業は崩壊する。
だが儲かる組織は、多少腐ってても人が集まる。
「まずは商人を使います」
「商人だと?」
「はい。この国、商人の扱いが雑すぎるんですよ」
今の魔王軍では、商人はただの搾取対象だ。
通行税は領地ごとに違う。
検問のたびに賄賂。
護衛費も高い。
だから物流が死ぬ。
「逆に言えば」
俺は静かに言った。
「商人を味方につければ、金は勝手に集まります」
沈黙。
その中で。
魔王だけが、愉快そうに笑っていた。
「面白い」
その赤い瞳が細められる。
「ならばアルト。まず何をする?」
俺は迷わず答えた。
「統一通行証を作りましょう」
「統一……?」
「はい。“この紙一枚で、魔王領内を自由に通れる”って証明です」
幹部たちがざわつく。
「そんなもの、偽造されるぞ」
「されますね」
「なら意味が――」
「だから中央しか作れないようにするんです」
俺は笑った。
「ついでに発行手数料も取れます」
その瞬間。
宰相の目の色が変わった。
あ、この人、今ので理解したな。
「通行税を減らして、代わりに許可証で広く薄く取る……?」
「そうです」
「物流量そのものを増やすのか……!」
魔王が立ち上がる。
「良い」
低い声が響いた。
「アルト・ゼニス」
「はい」
「貴様を、本日付で“財務顧問”に任命する」
玉座の間がどよめいた。
地下の税務官。
それが今日、魔王軍中枢へ引き上げられた瞬間だった。




