第二話 魔王軍の金庫は空だった
「答えよ、アルト」
玉座の間に、低い声が響く。
「余の国は、なぜ貧しい?」
魔王の赤い瞳が、まっすぐこちらを射抜いていた。
逃げ場はない。
……いや、逃げたらたぶん死ぬ。
俺は喉を鳴らし、慎重に口を開いた。
「理由は三つあります」
玉座の間がざわついた。
幹部たちが露骨に眉をひそめる。
当然だ。
地下の税務官ごときが、魔王に向かって国家の問題点を語ろうとしているのだから。
「ほう」
だが魔王は面白そうに頬杖をついた。
「続けよ」
「第一に、税が届いていません」
「届いておるが?」
即座に反論したのは、紫のローブを纏った宰相だった。
顔色が悪い。
いかにも寝不足と胃痛で生きているタイプだ。
「各領地から毎月納税されています」
「帳簿上は、ですね」
「……何?」
俺は親衛隊に抱えられてきた革袋を床に置き、中から書類を取り出した。
「北方領、東部鉱山、第三農業区。税収報告と実際の輸送量が一致していません」
玉座の間が静まり返る。
「輸送記録では小麦百二十車。ですが中央倉庫の到着記録は七十八車です」
「輸送中の損耗だろう」
「四割近く消える損耗が毎月起きるなら、盗賊ではなく軍隊です」
一部の幹部が目を逸らした。
あ、これ絶対やってるな。
「第二に、通貨が死んでいます」
「通貨が……死ぬ?」
魔王が眉を動かす。
「はい。領地ごとに貨幣価値が違いすぎます」
俺は地図を広げた。
「北では銀貨一枚でパン十個買えますが、西部では三個です。商人が両替だけで儲けてる状態です」
「それの何が問題だ?」
「物流が止まります」
俺は即答した。
「価格が安定しない国では、商人は長距離輸送を嫌がります」
「すると物資が偏る」
「食料が余る地域と飢える地域が同時に発生します」
そこでようやく、何人かの表情が変わった。
軍務卿の獅子族が腕を組む。
「……確かに、北部では腐るほど麦があるのに、前線では兵糧不足が起きているな」
「はい。戦争以前に、流通が崩壊しています」
ざわり、と空気が揺れる。
誰も“物流”なんてものを真面目に考えていなかったのだろう。
この世界では、強い魔族が奪えば済む話だった。
だが、それでは国は回らない。
「そして第三」
俺は息を吐いた。
「魔王軍は、戦争でしか金を稼げません」
その瞬間。
空気が凍った。
幹部たちの殺気が一斉にこちらへ向く。
「……貴様」
「今、何と言った?」
やばい。
言い方を間違えたかもしれない。
だがもう遅い。
「奪い続けないと維持できない国家になっています」
俺は覚悟を決めて続けた。
「つまり今の魔王軍は、“勝ち続ける限りだけ生きられる”構造です」
沈黙。
重い沈黙。
下手をすれば、この場で首が飛ぶ。
だが。
「……クク」
笑い声が響いた。
魔王だった。
「ハハハハハ!!」
玉座の間に、豪快な笑いが轟く。
幹部たちが驚愕に目を見開いた。
「面白い!」
魔王は立ち上がった。
圧倒的な魔力が空間を震わせる。
「余に向かって“国が終わっている”と言った者は初めてだ!」
いや、実際かなり終わってるので。
「アルト」
「は、はい」
「ならば問おう」
魔王は口元を吊り上げた。
「この国は、まだ救えるか?」
――その問いに。
俺の中で、何かが切り替わった。
ただ帳簿を整理するだけの日々。
誰にも評価されない地下仕事。
だが。
もし。
もし本当に、この国を好きに作り変えられるなら。
税も。
物流も。
通貨も。
市場も。
全部、俺の理想通りにできる。
それはきっと――
どんな魔法より面白い。
「できます」
気づけば、俺は笑っていた。
「ただし、かなり敵が増えますよ」
その瞬間。
魔王もまた、獰猛に笑った。
「構わぬ」
こうして。
魔王軍の大改革が始まった。




