第一話 地下の税務官
2作目です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
R15指定にしていますが,バイオレンス要素はほとんどない予定です。念のためになります。
魔王城の地下は、静かだ。
地上では勇者軍と魔族軍が何十年も戦争を続けているというのに、地下三階の財務管理室には、紙をめくる音とそろばんを弾く音しか響かない。
「……第三軍団、今月も食料費超過か」
俺――アルト・ゼニスは、薄暗い机に突っ伏しながらため息をついた。
職業、税務官。
所属、魔王軍経理部。
肩書きだけ聞けばすごそうだが、実態は“魔王城ブラック企業”の末端社員である。
朝から晩まで領地税の集計、軍団予算の調整、壊滅した村から回収した資産の査定、さらには魔族たちの経費不正チェックまで。
ドラゴン部隊の隊長は「火炎ブレスは業務上必要経費」とか言い出すし、吸血鬼貴族は高級ワイン代を接待費で落とそうとする。
もう終わりだ、この組織。
「アルト、まだ終わらんのか?」
筋骨隆々のオーガ上司――経理部長ガルグが、ドスドスと近づいてくる。
「今日中に北方領の徴税報告をまとめろ。魔王様への会議資料に使う」
「えっ、今日中ですか?」
「今日中だ」
「もう深夜二時ですけど」
「魔族に労働基準法はない」
知ってた。
俺は死んだ目で羽ペンを走らせた。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。
この“ただの税務処理”が、世界をひっくり返すことになるなんて。
◆
三日後。
俺は、魔王軍最大の問題に気づいてしまった。
「……おかしい」
山積みの帳簿を前に、俺は眉をひそめる。
魔王軍は強い。
圧倒的な軍事力を持ち、人類側の国家を次々と蹂躙している。
なのに。
「なんで金がないんだ?」
ありえないほど、財政が悪化していた。
原因はすぐに分かった。
徴税システムが雑すぎるのだ。
地方領主が好き勝手に中抜きし、物納の価値基準はバラバラ。輸送中の損失も管理されていない。
ひどいところになると、税収記録が「なんかいっぱい取れた」で終わっている。
終わってるのはお前の脳みそだ。
「こんな運営で、よく今まで国が持ってたな……」
いや、持っていないのか。
戦争で奪い続けていたから破綻が表面化しなかっただけだ。
つまり。
「略奪を止めた瞬間、魔王軍は崩壊する」
その結論に至った瞬間。
地下室の扉が、勢いよく開いた。
「いたぞ!! 地下の経理官だ!!」
「魔王様がお呼びだ!!」
黒鎧の親衛隊が雪崩れ込んでくる。
「へ?」
俺が間抜けな声を出した直後、腕を掴まれ、そのまま廊下を引きずられていく。
「ちょ、待っ、俺なんかやりました!?」
「貴様、北方領の赤字を三日で黒字化したそうだな」
「え?」
「魔王様が直々に興味を持たれた」
……あ。
そういえば。
徴税率を少し下げて、代わりに流通税を統一し、倉庫管理を数字化しただけだった。
ついでに、腐敗していた地方貴族を二、三人処刑台送りにした。
経費削減のために。
「いや、あれは普通の改善で――」
「黙れ。魔王様の御前だ」
巨大な扉が開く。
玉座の間。
漆黒のマントをまとった魔王が、静かにこちらを見下ろしていた。
その赤い瞳が細められる。
「貴様がアルトか」
「は、はい……」
「面白い」
魔王は玉座に肘をつき、低く呟いた。
「余の国は、なぜ貧しい?」
――その瞬間。
俺は理解した。
この魔王は、“気づいてしまっている”。
剣でも魔法でもない。
もっと別の何かが、この世界を支配していることに。
――こうして俺は、魔王軍のしがない税務官から、世界経済を裏から操る存在へと成り上がっていくことになる。




