第二十九話 古代契約炉
地下空洞が震えていた。
青白い光が、巨大回路を流れていく。
まるで血管だ。
いや。
本当に“流れている”。
「……魔力?」
俺は思わず呟く。
「違う」
グランが低く言った。
「あれは“契約”だ」
「は?」
意味が分からない。
だが。
回路を流れる光を見ていると、不思議な感覚があった。
ただの魔力じゃない。
何か、意思みたいなものが混じっている。
「古代契約炉……」
ベルクが険しい顔で紋章を見る。
「まさか、まだ動くとは」
地下最奥。
巨大な円形装置。
無数の銀線。
そして中央には、脈動する蒼い結晶。
「綺麗ですね」
「呑気だな」
グランが呆れたように言う。
「これ一基で、昔は都市国家一つを動かしていた」
空気が止まった。
「……え?」
「物流」
「通信」
「契約認証」
「魔力供給」
ベルクが静かに並べる。
「全部だ」
ぞくり、とした。
それ。
完全にインフラじゃないか。
「つまり」
俺は結晶を見る。
「古代文明って、“中央魔力管理社会”だった?」
「ええ」
ベルクが頷く。
「全ての契約を中央契約炉が記録し、保証していた」
……あ。
理解した。
「中央銀行だ」
「何?」
「いや」
俺は苦笑した。
「これ、“魔力版中央銀行”ですよ」
沈黙。
グランがこちらを見る。
「……なるほど」
「信用の中心ってことです」
契約。
認証。
保証。
全部、この炉がやっていた。
「つまり古代文明って」
俺は少し寒気を感じた。
「“世界規模の信用ネットワーク”を持っていたんですね」
「そうだ」
グランの声は重かった。
「だから栄えた」
「そして滅びた」
◆
「原因は何だったんです?」
俺が聞くと。
ベルクとグランが、一瞬だけ黙った。
「……分からん」
「え?」
「正確には、記録が消えている」
ベルクが回路へ触れる。
「だが、一つだけ分かっている」
「何です?」
「“中央契約炉が停止した日”、世界中の契約が崩壊した」
背筋が冷えた。
「契約が?」
「物流停止」
「信用崩壊」
「都市封鎖」
「魔力供給停止」
グランが静かに言う。
「全てが同時に起きた」
完全にシステム障害だ。
しかも世界規模。
「つまり」
俺は乾いた笑いを漏らす。
「インフラ依存しすぎて、心臓止まった瞬間に世界が死んだ」
「その通りだ」
……怖っ。
かなり怖い。
◆
そのときだった。
契約炉の中央結晶が、強く明滅する。
「警戒しろ」
グランの声が低くなる。
次の瞬間。
空中に、文字が浮かび上がった。
古代文字。
だが不思議と意味が分かる。
『契約認証系統 再起動中』
沈黙。
「……は?」
『魔力供給率 3%』
『中央認証網 接続確認』
『未認証契約群 多数検知』
空気が凍る。
「おい」
ドワーフが青ざめる。
「待て待て待て」
『現行通貨体系 不明』
『現行契約体系 不明』
『管理者権限 未確認』
ぞわり、とした。
「これ」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「もしかして」
『新規管理者登録を開始します』
地下全体が光る。
回路が脈打つ。
そして。
青白い光が、ゆっくりこちらへ向いた。
「……アルト?」
ベルクが呟く。
いや待って。
何で俺を見るの。
『適性個体 検出』
嫌な予感が、確信に変わる。
『信用管理適性 最高値』
「は?」
『中央管理者候補として登録しますか?』
地下空洞が静まり返った。
そして。
グランが、心底嫌そうな顔をした。
「最悪だ」
「何がです?」
「アルト」
「君が、“世界の信用中枢”に選ばれた」
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