第二十五話 国家が市場を救う日
翌朝。
市場は、静かだった。
「……止まった?」
俺は中央広場を見回す。
昨日までの怒号がない。
取り付け騒ぎの列も短い。
「完全ではありませんが」
宰相が報告書を差し出す。
「交換要求、半減しています」
「中央銀行設立宣言が効いたな」
魔王が言う。
「ええ」
正確には。
「国家が最後に支える」
と思わせた。
それが大きい。
「人って、“誰かが責任を取る”と思うと落ち着くんですよ」
「不思議なものだな」
「責任の所在が見えると安心するんです」
前世でもそうだった。
金融危機は、数字だけじゃない。
心理戦だ。
◆
だが。
「問題はこれからです」
俺は机に積まれた帳簿を見る。
「融資焦げ付き、多すぎます」
返済不能。
倒産。
逃亡。
かなり出ている。
「つまり?」
魔王が聞く。
「助からない商人も出ます」
沈黙。
これが難しい。
全部救うと市場が腐る。
だが切り捨てすぎると恐慌になる。
「選別が必要です」
「誰を助ける?」
「“市場に必要な商人”です」
物流。
食料。
基幹交易。
そこは止められない。
「逆に」
俺は帳簿を閉じる。
「投機だけしていた連中は切ります」
ベルクが小さく笑った。
「市場原理ですね」
「はい」
全部助けるのは違う。
責任は必要だ。
「……なるほど」
グランが低く呟く。
「お前、“国家による市場管理”を始めているな」
「管理しないと死ぬので」
「市場側は嫌うぞ」
「でしょうね」
でも。
今の市場、自由にすると壊れる。
◆
その日の午後。
中央銀行舎前に、人だかりができていた。
『緊急融資対象商会一覧』
張り紙。
そこには、
•食料輸送商会
•街道護衛商会
•北部物流組合
などの名前が並んでいる。
「俺たちは対象外か!?」
「ふざけんな!」
「助けろ!!」
当然荒れる。
「全部は無理です」
俺は正面から言った。
「市場全体を守るために、“優先順位”を付けます」
「見捨てるのか!」
「違います」
俺は静かに言う。
「“潰れるべき商売”まで守ると、市場が死ぬ」
沈黙。
重い言葉だった。
だが事実だ。
「……冷たいですね」
ベルクが呟く。
「前世でも何度も見たので」
「前世?」
「こっちの話です」
危ない。
◆
そのときだった。
「速報!!」
市場通信員が駆け込んでくる。
「十三商会が声明を発表しました!」
空気が変わる。
「内容は?」
紙が渡される。
そこには短く書かれていた。
『市場に国家は不要である』
沈黙。
「……真正面から来ましたね」
ベルクが苦笑する。
「ついに理念戦争だ」
「理念?」
「ええ」
グランが静かに言った。
「我々は、“市場は市場自身で調整すべき”と考えている」
「だから国家介入を嫌う」
「当然だ」
グランの目が細まる。
「国家は、力で市場を歪める」
なるほど。
確かに一理ある。
権力は怖い。
だが。
「放置した結果、戦争経済をやっていましたよね?」
グランが黙る。
「独占していましたよね?」
「……」
「情報操作をしていましたよね?」
ベルクが小さく吹き出した。
「そこを突くんだ……」
だって事実だし。
「市場が完璧なら、そもそも俺はいらないんですよ」
沈黙。
グランは数秒こちらを見ていた。
やがて。
「……面白い」
初めて、少し笑った。
「国家と市場」
その声は静かだった。
「どちらが世界を安定させるか」
その瞬間。
俺は理解した。
これ。
もう単なる経済戦争じゃない。
世界の在り方そのものを巡る戦いだ。
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