第二十四話 取り付け騒ぎ
東市場は、地獄だった。
「返せ!!」
「俺の預け金はどうした!!」
「紙切れなんか信用できるか!!」
怒号。
悲鳴。
割れる窓。
銀行舎の前に、人が溢れていた。
「……早すぎる」
俺は呟く。
信用膨張から崩壊までが。
あまりにも。
「市場が加速しているからだ」
グランが静かに言った。
「お前がな」
ぐうの音も出ない。
「状況は?」
「融資商人の破産が連鎖しています!」
兵士が報告する。
「銀価格暴落で担保価値消失!」
「貸付回収不能!」
「預かり証交換要求急増!」
完全に金融危機だった。
「原因は単純です」
ベルクが市場を見る。
「皆、“金が増えた気”になっていた」
預かり証。
信用貸付。
市場拡大。
物流成長。
全部うまく回っていた。
だが。
「信用って、“未来の利益”を先食いする仕組みなんですよ」
俺は苦く呟く。
前世でもそうだった。
儲かると思う。
借りる。
投資する。
さらに市場が膨らむ。
でも。
どこかで止まる。
「問題は」
グランが低く言う。
「お前の市場、“初めての暴落”だということだ」
沈黙。
……あ。
確かに。
誰も経験してない。
つまり。
全員、パニック耐性ゼロ。
◆
「紙は終わりだ!!」
「銀貨へ替えろ!!」
「先に交換した奴だけ助かるぞ!!」
最悪の空気だった。
人は、“他人が逃げる”と逃げ始める。
市場は集団心理だ。
「どうする?」
魔王が聞く。
「交換停止?」
「論外です」
「全額交換?」
「銀が死にます」
詰んでる。
かなり。
「……なるほど」
グランがこちらを見る。
「ようやく理解したか」
「何をです?」
「信用制度とは、“恐怖との戦い”だ」
低い声だった。
「市場は利益で膨らむ。だが最後に市場を壊すのは、いつも恐怖だ」
その通りだ。
しかも今回は、
•通貨
•銀価格
•借金
•預かり証
全部が繋がっている。
「アルト殿!」
兵士が駆け込む。
「西銀行舎、封鎖寸前です!」
「北市場でも暴徒化!」
「一部商人が国外逃亡を始めています!」
連鎖が速い。
速すぎる。
「……ダメですね」
俺は息を吐いた。
「普通の対応じゃ間に合わない」
「ほう?」
グランが目を細める。
「何をする」
数秒考える。
かなり危険だ。
でも。
今必要なのは。
「“信用の中心”を作ります」
「中心?」
「はい」
バラバラだから恐怖が広がる。
だから。
「魔王軍中央銀行を設立します」
沈黙。
空気が止まった。
「……中央銀行?」
宰相が呆然と呟く。
「何だそれは」
「市場最後の保証人です」
俺は即答した。
「どの銀行が潰れそうでも、中央が支える」
「そんなことが可能か?」
「可能じゃないと市場が死ぬんですよ」
前世でも同じだった。
最後に必要なのは、“絶対に潰れないと思われる存在”だ。
「つまり」
ベルクが低く言う。
「国家が、“市場の最後の信用”になるのか」
「はい」
「……危険だ」
「でしょうね」
だが。
もう止まれない。
市場が巨大化しすぎた。
「さらに」
俺は続ける。
「“預金保証”を始めます」
グランの顔色が変わった。
「待て」
「何です?」
「それをやると、“市場参加者がリスクを軽視し始める”」
……分かってる。
モラルハザードだ。
「でも今必要なのは、“安心”です」
安心がないと、人は走る。
そして市場が死ぬ。
「……なるほど」
グランは静かに息を吐いた。
「本当に、お前は市場を国家へ組み込むんだな」
その瞬間。
銀行舎の外から、大歓声が響いた。
「魔王軍が保証するぞ!!」
「預金は守られる!」
「本当か!?」
空気が変わり始める。
恐怖が、少しだけ止まる。
「……強いな」
グランが呟いた。
「国家保証は」
その目は、警戒に満ちていた。
まるで。
今、自分たちが負け始めていると理解したように。
「市場は、国家を飲み込むんですよ」
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