第二十話 偽物の国家通貨
中央市場は、異様な熱気に包まれていた。
「見ろ!」
「新銀貨だ!」
「魔王軍公認だぞ!」
群衆が、一枚の銀貨を囲んでいる。
俺は人をかき分けて前へ出た。
「……これか」
手渡された銀貨を見た瞬間、背筋が冷えた。
完成度が高い。
いや、高すぎる。
「認証印まで再現している……」
銀貨中央には、見覚えのある紋章。
魔王軍の双角紋。
しかも縁には、小さな魔法刻印。
「光っているぞ!」
「本物じゃないのか!?」
実際、微弱な魔力反応まである。
普通の偽貨じゃない。
「……厄介ですね」
ベルクが低く呟く。
「十三商会、本気ですよ」
「いや待ってください」
俺は銀貨を指で弾いた。
音は悪くない。
重さも近い。
だが。
「純度が低い」
「分かるのか?」
魔王が聞く。
「少し軽いです」
問題はそこじゃない。
もっと危険なのは。
「“信用だけ”盗みに来ている」
銀貨そのものじゃない。
魔王軍の信用。
認証。
市場支配力。
全部を利用しに来ている。
「つまり」
ベルクが言う。
「偽造しているのは通貨ではなく、“国家信用”ですね」
完全に金融戦争だった。
◆
「交換できます!」
広場の向こうで叫び声が上がる。
「新銀貨一枚につき、旧銀貨二枚保証!」
ざわっ、と空気が揺れた。
「何だと!?」
「二倍!?」
人々が一斉にそちらへ走る。
……最悪だ。
「価格破壊ですね」
ベルクの顔が険しい。
「しかも短期集中型」
「どういうことです?」
「利益を度外視している」
つまり。
儲けるためじゃない。
市場を壊すため。
「交換保証の出所は?」
「不明です」
兵士が青ざめた顔で報告する。
「ですが、複数商会が同時に参加しています!」
なるほど。
十三商会側が資金投入している。
赤字覚悟。
「……通貨への信頼を崩しに来たか」
俺は周囲を見る。
もう市場は完全に混乱している。
「どっちが本物なんだ!?」
「先に交換しろ!」
「値崩れするぞ!」
信用は一度揺らぐと止まらない。
「アルト」
魔王が静かに言う。
「どうする」
数秒、考える。
普通なら。
偽物だと宣言する。
摘発する。
禁止する。
だが。
「……ダメですね」
「何?」
「今、“政府が否定する”のが一番危ない」
人は疑っている時、
「大丈夫です」
と言われるほど不安になる。
「では放置か?」
「もっと悪化します」
つまり。
必要なのは別。
「……上書きする」
「上書き?」
俺は銀貨を見ながら言った。
「本物を、“圧倒的に本物”にする」
◆
三時間後。
魔王城中央工房。
職人たちが集められていた。
「聞いてください」
俺は銀貨を掲げる。
「今から、“絶対に真似できない銀貨”を作ります」
職人たちがざわつく。
「そんなもの可能か?」
「魔法刻印でも限界があります」
「普通ならそうですね」
だが今回は違う。
「必要なのは、“技術”じゃない」
「は?」
「“信用演出”です」
沈黙。
職人たちが固まる。
「意味が分からん」
「例えば」
俺は紙に絵を描いた。
「銀貨に、魔王様本人の魔力反応を入れる」
空気が止まった。
「……何?」
「魔王魔力認証式銀貨」
ベルクが本気で頭を抱えた。
「やめてください」
「何でです?」
「強すぎます」
ベルクは低く言った。
「それ、“市場の主導権を国家が奪う”ってことですよ」
沈黙。
「魔王個人の信用と、国家通貨が直結する」
その細い目がこちらを見る。
「そんなものが流通したら、地方商会も領主貨幣も勝てなくなる」
だが。
俺は少しだけ笑った。
「便利な方が勝つんですよ」
前世でもそうだった。
市場は理想では動かない。
“使いやすい仕組み”へ流れる。
「さらに」
俺は続ける。
「市場通信で、“鋳造工程”を全部公開します」
「公開!?」
「透明化です」
どこで。
誰が。
どう作ったか。
全部見せる。
「つまり」
ベルクが呟く。
「“隠す信用”じゃなく、“見せる信用”を作るのか」
「はい」
ブラックボックスより、透明性。
その方が市場は安心する。
その瞬間。
工房の外で鐘が鳴った。
警鐘。
「何だ!?」
兵士が飛び込んでくる。
「南部港より急報!」
「今度は何です?」
「十三商会の大型船団が入港しました!」
沈黙。
「船団?」
「はい! 大量の銀を積んでいます!」
……あ。
理解した。
「銀価格を潰しに来たな」
市場へ銀を大量投入する。
つまり。
通貨価値そのものへの攻撃。
本格的な貨幣戦争が始まった。




