第十八話 偽貨は国家を殺す
「見ろ!!」
男が掲げた銀貨が、陽光を反射する。
「色が薄い!」
「本物じゃないぞ!!」
ざわめきが一気に広がった。
群衆が後ずさる。
市場の空気が変わる。
まずい。
これはかなりまずい。
「偽貨だ!」
「魔王軍、銀を混ぜ物にしたのか!?」
「だから預かり証ばっか増やしてたのか!」
連鎖が速い。
人は一度疑い始めると止まらない。
「……見事ですね」
ベルクが低く呟く。
「市場心理を完全に狙っている」
通貨不安。
信用不安。
そして偽貨。
全部が繋がる。
「どうします?」
「まず確認です」
俺は男へ近づいた。
「その銀貨、見せてください」
「ち、近づくな!」
男が慌てて下がる。
その時点で、かなり怪しい。
「本当に市場で受け取ったんですか?」
「そ、そうだ!」
「どこで?」
「……南市場だ!」
嘘だな。
目が泳いでる。
「貸してください」
俺は半ば強引に銀貨を受け取った。
重さ。
光沢。
刻印。
「……なるほど」
「分かったのか?」
魔王が聞く。
「はい」
俺は銀貨を指で弾いた。
高い音。
澄んでいる。
「これ、偽物じゃないです」
沈黙。
「……は?」
「純銀率、むしろ高いくらいですね」
群衆がざわつく。
「じゃ、じゃあ何で色が違うんだ!?」
「磨き方です」
俺は即答した。
「酸で表面処理している」
ベルクの目が細くなる。
「……演出用か」
「ですね」
“違って見える銀貨”を作った。
それだけ。
だが効果は絶大。
「つまり」
俺は群衆を見る。
「この人、“偽物を見せている”んじゃありません」
「“偽物に見える本物”を使って、不安を煽っている」
ざわっ、と空気が揺れた。
「騙したのか!?」
「市場を混乱させる気か!」
男が青ざめる。
「ち、違――」
「誰に頼まれた?」
「……」
「答えないと魔王様が聞きますよ?」
男の顔色が、一瞬で死んだ。
後ろで魔王が普通に立っているからな。
圧が怖すぎる。
「く、黒ローブの奴に……!」
やっぱり。
「金貨十枚で頼まれた!」
「どこで接触した?」
「酒場だ! 南港近くの!」
ベルクが小さく舌打ちする。
「末端ですね」
「でしょうね」
本命じゃない。
でも問題は別だ。
「……うまい」
俺は本気でそう思った。
「え?」
「今の、“本物でも信用は壊せる”って証明なんですよ」
偽物じゃなくてもいい。
疑わせれば勝ち。
それが恐ろしい。
「通貨の価値って、結局“信じるか”なので」
ベルクが静かに頷く。
「ええ」
「金属価値だけじゃない」
「信用価値です」
完全に金融戦争だ。
◆
その夜。
俺は回収した銀貨を机に並べていた。
「……妙だな」
「何がだ?」
魔王が聞く。
「全部、“微妙に”違うんです」
刻印。
削れ方。
純度。
全部わずかに違う。
「偽造?」
「いや、違います」
もっと嫌な感じだ。
「これ、多分“複数工房”ですね」
「工房?」
「はい。各地で別々に銀貨作っている」
つまり。
この世界、通貨管理が緩すぎる。
「統一規格がないのか」
「ほぼないですね」
地方領主。
商会。
鉱山。
みんな好き勝手鋳造してる。
「終わってるな」
「終わっています」
だから偽貨が入り込む。
だから信用が揺らぐ。
「つまり」
魔王が言う。
「根本原因は、“誰でも金を作れる”ことか」
「はい」
俺は銀貨を指で回す。
「通貨って、本来“統一されている”から信用されるんです」
そこで。
俺の中で、一つの答えが繋がった。
「……あ」
「どうした?」
「必要ですね」
「何がだ」
俺はゆっくり顔を上げた。
「中央造幣局」
沈黙。
「造幣局?」
「通貨を、“国家だけ”が発行する組織です」
ベルクが固まった。
「待ってください」
「何です?」
「それ、本気で言っています?」
「はい」
「地方領主が暴動起こしますよ」
「でしょうね」
だが必要だ。
バラバラ通貨では限界がある。
「あと」
俺は続ける。
「認証印も入れます」
「……まだやるんですか」
「当然です」
偽造対策。
信用保証。
全部必要。
「つまり」
ベルクが額を押さえる。
「通貨そのものを、“国家認証付き商品”に変える気ですか」
「はい」
すると。
魔王が、ゆっくり笑った。
「面白い」
赤い瞳が細まる。
「ならば始めるか」
「何を?」
「貨幣戦争を」




