第十六話 噂より速く
情報は、広がる。
しかも恐ろしい速度で。
「南市場、麦価格下落!」
「東街道の盗賊討伐完了!」
「西部鉄鋼、在庫回復!」
城下では、毎朝「市場通信」を待つ列ができ始めていた。
「……すごいですね」
宰相が呆然と呟く。
「ただの紙だぞ?」
「違いますよ」
俺は窓の外を見る。
「あれ、“信用”です」
認証印付き市場通信。
最初は半信半疑だった。
だが今では、
相場確認
輸送情報
商人評価
価格変動
全部の基準になり始めている。
「つまり」
魔王が言う。
「市場の共通認識を作っているのか」
「はい」
それが強い。
市場は情報がバラバラだと混乱する。
逆に、“皆が同じ情報を見る”と安定する。
「……怖いな」
軍務卿が本気で引いていた。
「お前、いつか国ごと操りそうだ」
「失礼ですね」
俺は即答する。
「もう操ってます」
沈黙。
「冗談ですよ?」
いや半分くらい。
◆
だが。
当然、十三商会も黙っていなかった。
「新しい噂です!」
兵士が駆け込む。
「“魔王軍が銀貨の価値を下げる”と!」
「またか……」
今度は通貨不安。
次から次へと来る。
「市場の反応は?」
「両替所に人が殺到しています!」
あー。
取り付け騒ぎ寸前だ。
「銀貨を物資へ変えようとしてます!」
典型的パニック。
人は“金の価値が落ちる”と聞くと、現物へ逃げる。
「……動き早いですね」
「敵も学習してるな」
魔王が笑う。
楽しそうだなこの人。
「どうする?」
「今回は先手打ちます」
俺は立ち上がった。
◆
中央広場。
俺は、巨大な木箱の前に立っていた。
その周囲には兵士。
商人。
群衆。
全員、不安そうだ。
「聞いてください!」
ざわめきが止まる。
「今、“銀貨が危ない”という噂が流れています」
人々が顔を見合わせる。
「結論から言います」
俺は木箱を叩いた。
「デマです」
そして。
箱を開けた。
中に積まれていたのは――銀貨。
大量。
山のような。
どよめきが起こる。
「うおっ……」
「本物だ……」
「こんな量……」
「魔王軍の銀準備です」
俺は言った。
「必要なら、いつでも交換できます」
沈黙。
それが重要だった。
通貨は“価値がある”から信用されるんじゃない。
“交換できると思われる”から信用される。
「つまり」
ベルクが後ろで呟く。
「実物を見せて安心させるのか」
「はい」
「……古典的ですね」
「でも強いですよ」
前世でも銀行はそうだった。
取り付け騒ぎは、“大丈夫だと思わせた側”が勝つ。
「さらに」
俺は続ける。
「本日より、預かり証との交換保証を始めます」
ざわっ、と空気が揺れる。
「交換保証?」
「預かり証は、いつでも銀貨へ交換可能です」
ベルクの目が細くなる。
「待ってください」
「何です?」
「それ、完全に“銀行”ですよ」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「違います」
ベルクの声が低くなる。
「そこまで保証すると、“紙が通貨になる”」
沈黙。
人々はまだ意味を理解していない。
だがベルクだけは分かっていた。
これがどれだけ危険か。
「紙が……通貨?」
宰相が呟く。
「ええ」
ベルクは俺を見たまま答える。
「預かり証が信用され始めたら、誰も銀貨を持ち歩かなくなる」
その通りだ。
「しかも」
ベルクは続ける。
「発行量を制御できる側が、市場そのものを握る」
その瞬間。
会場の空気が変わった。
皆、何となく理解した。
これがただの便利制度じゃないことを。
「……なるほど」
魔王が静かに笑う。
「つまり余は、“金を刷れる”ようになるわけか」
「厳密には違います」
俺は即答した。
「信用を発行するんです」
沈黙。
ベルクが額を押さえる。
「本当に危険だ……」
「褒めてます?」
「違います」
その声は本気だった。
「あなた、自分が何を始めてるか分かってます?」
少しだけ考える。
物流。
通貨。
信用。
情報。
全部、繋がってきている。
「……世界経済?」
俺がそう言うと。
ベルクは、ゆっくり息を吐いた。
「ええ」
その目には、明確な警戒が浮かんでいた。
「あなた、本当に“黒幕”になれますよ」




