第十三話 信用は金より重い
公認商人制度は、予想以上の勢いで広がった。
三日で登録百七十二。
一週間で四百超え。
特に多かったのは、小規模商人だった。
「今まで参入できなかった連中ですね」
俺は登録帳簿を見ながら呟く。
「護衛代が高すぎたんですよ」
大商会は、自前の護衛団を持っている。
だから安全に運べる。
だが小商人は違う。
盗賊に襲われれば終わり。
関所で搾られれば赤字。
つまり最初から勝負にならなかった。
「だから軍が保証するだけで、一気に増えるのか」
宰相が感心したように言う。
「はい。参入障壁が下がったので」
「……たまに意味が分からん言葉を使うな」
しまった。
前世語が漏れた。
「つまり、“始めにくさ”です」
「なるほど」
「今まで市場が一部商会に独占されてたのって、結局ここなんですよ」
金。
護衛。
信用。
全部必要。
だから新規が育たない。
「でも」
俺は帳簿を閉じた。
「問題はここからです」
「何だ?」
「信用」
その瞬間。
空気が少しだけ重くなる。
「例えば」
俺は一枚の報告書を出す。
「昨日、公認商人が荷物持って逃げました」
「……は?」
「銀貨三十枚分です」
宰相が頭を抱えた。
「早速か……!」
「当然ですよ」
制度を作れば悪用も出る。
前世でも同じだ。
「で、どうする?」
魔王が聞く。
「簡単です」
俺は笑った。
「公開します」
「公開?」
「逃げた商人の名前を全部貼り出す」
沈黙。
「それだけか?」
「十分ですよ」
俺は言った。
「商人にとって一番怖いの、“信用を失うこと”なので」
どれだけ金を持っていても、
取引してもらえなければ終わる。
「つまり罰金ではなく、“市場から追放”するのか」
「はい」
現代で言えばブラックリスト。
信用社会の基本だ。
「逆に、優秀な商人は評価を上げます」
「評価?」
「取引実績ですね」
俺は新しい帳簿を広げる。
『公認商人信用記録』
納期。
取引量。
事故率。
未払い。
全部書いてある。
「……気持ち悪いほど細かいな」
軍務卿が引いていた。
「数字大事なんで」
「だが、そんなもの意味があるのか?」
「めちゃくちゃあります」
俺は断言する。
「信用って、“見える化”しないと共有できないんですよ」
前世でもそうだった。
銀行。
クレジット。
融資。
全部、信用記録が基礎だ。
「つまり」
宰相がゆっくり理解し始める。
「優秀な商人ほど、仕事を受けやすくなる?」
「はい」
「逆に信用が低い者は弾かれる」
「そうです」
市場が“自動で”選別を始める。
それが強い。
「……恐ろしいな」
軍務卿が本気で呟いた。
「お前、数字で人を管理する気か?」
「管理じゃないですよ」
俺は少し笑う。
「市場に判断材料を渡すだけです」
そのときだった。
会議室の扉が開く。
「失礼します!」
飛び込んできたのは若い兵士。
「公認商人同士で乱闘騒ぎです!」
「……は?」
「護衛契約の奪い合いで!」
あー。
始まったか。
「場所は?」
「西市場です!」
◆
西市場は大混乱だった。
「その護衛契約は俺が先だ!!」
「ふざけんな! 条件飲んだのはこっちだ!」
「銀貨二十枚で請ける!」
「じゃあ十五だ!!」
……値崩れしてる。
完全に。
「何これ」
「競争ですね」
隣でベルクが呟いた。
いつの間にいるんだこの人。
「来てたんですか」
「面白いので」
絶対敵側なのに観察しに来てる。
「ですが、これは危険ですよ」
ベルクは市場を見る。
「価格競争が始まれば、小商人は潰し合う」
「でしょうね」
「護衛の質も下がる」
「下がるでしょうね」
「……止めないんですか?」
そこで俺は少し考えた。
確かに放置は危険だ。
過当競争は市場を壊す。
前世でも何度もあった。
「なら」
俺は呟く。
「最低保証制度を作るか」
ベルクが固まる。
「……今、何と?」
「最低価格です」
俺は市場を見ながら言う。
「安売りしすぎると全員死ぬんで」
「待ってください」
ベルクの顔が、本気で引いていた。
「あなた、本当に何なんです?」
「税務官ですが?」
「違います」
ベルクは断言した。
「普通、競争を促した人間は“放置”する」
「いや壊れるので」
「だからって市場に介入するんですか!?」
「しますよ」
市場は放っておくと暴走する。
独占も。
過当競争も。
だから調整がいる。
「……信じられない」
ベルクが呟く。
「自由市場を作りたいのか、管理市場を作りたいのか、どっちなんです?」
その質問に。
俺は少しだけ考えた。
そして。
「ちゃんと回る市場ですね」
気づけば、そう答えていた。
沈黙。
ベルクが、初めて言葉を失っていた。
「利益だけ追うと壊れる。でも縛りすぎても死ぬ」
だから必要なんだ。
バランスが。
「……危険だ」
ベルクは静かに呟く。
「あなたみたいな人間が、一番危険だ」
その目には、少しだけ恐れが混じっていた。




