第十二話 市場から物が消える日
翌朝。
城下市場は地獄だった。
「パンがない!?」
「昨日まで銀貨一枚だったろ!」
「肉が三倍になってるぞ!!」
怒号。
混乱。
長蛇の列。
市場から商品が消えていた。
「……早すぎる」
俺は人混みを見ながら呟く。
普通、物流封鎖は数日かけて効いてくる。
だが今回は違った。
「最初から準備してたな」
隣で魔王が言う。
「ええ。完全に計画的です」
ベルクたちは、俺たちが動く前提で備蓄を押さえていた。
そして一斉に市場から商品を引き上げた。
典型的な供給操作。
「つまり?」
「パニック誘導です」
人は“なくなる”と思うと買い占める。
すると本当に消える。
前世でも何度も見た。
トイレットペーパーとか。
「おい!」
市場の商人が叫ぶ。
「今買わねぇと明日には五倍だぞ!」
煽ってる。
完全に。
「最悪ですね」
「放置するとどうなる」
「暴動です」
食料価格は国家の生命線だ。
特に都市部は脆い。
「で、どうする?」
魔王がこちらを見る。
試すような目。
「簡単です」
俺は即答した。
「逆をやります」
◆
一時間後。
魔王城前広場。
突然設置された巨大な看板に、人々が集まっていた。
『本日より、魔王軍直営食料市場を開設する』
ざわめき。
「直営?」
「軍が市場を?」
当然だ。
前例がない。
「本当にやるのか?」
宰相が青い顔をしている。
「備蓄、そんなにないぞ」
「だから今まで嫌だったんですよ」
「何がだ?」
「兵糧横流し」
俺は笑った。
「倉庫の位置、全部分かってるんで」
沈黙。
宰相の目が見開かれる。
「あ……」
「回収済みです」
昨夜のうちに、魔王親衛隊を動かした。
横流しされる前の兵糧。
隠し倉庫。
全部押さえた。
「あと、港湾倉庫も封鎖しました」
「いつの間に!?」
「魔王様が」
全員の視線が魔王へ向く。
魔王は普通に頷いた。
「楽しかったぞ」
絶対脳筋制圧だったなこれ。
「というわけで」
俺は広場を見る。
「市場に流します」
次の瞬間。
荷馬車が到着した。
大量の麦袋。
野菜。
干し肉。
人々がざわめく。
「ほ、本当に売るのか……?」
「しかも安い!」
「昨日の半額だぞ!?」
当然だ。
利益度外視。
価格安定が目的だから。
「よし、並べー!」
兵士たちが販売を始める。
その瞬間。
空気が変わった。
安堵。
安心。
市場の緊張が、一気に緩む。
「……なるほど」
ベルクの声が聞こえた。
振り向く。
黒ローブの男が、広場の端からこちらを見ていた。
「備蓄放出ですか」
「パニック対策の基本ですよ」
「国家らしい発想だ」
「そっちは市場らしい発想でしたけどね」
ベルクは小さく笑った。
「ですが、長くは持ちませんよ」
「でしょうね」
備蓄には限界がある。
根本解決じゃない。
「では聞きます」
ベルクが目を細める。
「どうやって物流を回復させるんです?」
そこだ。
問題は。
今、商人たちは怯えている。
南部商業連合に逆らえば潰される。
だから誰も動かない。
「簡単です」
俺は笑った。
「儲かるようにします」
ベルクの眉が動く。
「……ほう?」
「今から、“魔王軍公認商人制度”を始めます」
ざわり、と空気が揺れた。
「公認?」
「はい」
俺は看板を立てる。
『公認商人募集』
その下には条件。
・護衛保証
・通行税減免
・優先取引権
・魔王軍による債務保証
市場がざわめく。
「待て」
ベルクが低く言う。
「そこまでやるのか?」
「やりますよ」
俺は即答した。
「独占って、“他に選択肢がない”から成立するんです」
なら。
選択肢を増やせばいい。
「小商人を育てる気ですか」
「ええ」
巨大商会だけが物流を握るから腐る。
だから分散させる。
「危険ですよ」
ベルクの声が冷える。
「素人商人が増えれば事故も増える」
「最初はそうでしょうね」
「市場は混乱する」
「でも活性化します」
沈黙。
そして。
ベルクは静かに笑った。
「……本当に壊しに来たんですね」
「健全化ですよ」
「商人から見れば同じです」
その瞬間。
広場の向こうから歓声が上がった。
「登録したぞ!」
「俺もやる!」
「今なら儲かるのか!?」
人が集まり始めていた。
小商人。
行商人。
個人輸送業者。
今まで大商会に押さえつけられていた連中だ。
「……なるほど」
ベルクが呟く。
「恐怖より利益を優先させたか」
「人ってそういう生き物なので」
前世でもそうだった。
結局、市場を動かすのは理想じゃない。
“儲かる”だ。
「ですが」
ベルクは最後に言った。
「これで終わりだと思わないことです」
「でしょうね」
「十三商会は、こんなものでは止まりません」
その言葉を残し、ベルクは去っていく。
そして俺は、少しだけ息を吐いた。
たぶん。
今、本当に始まったんだ。
戦争じゃない。
国家でもない。
市場そのものとの戦いが。
「面白いな」
赤い瞳が細まる。
「金そのものではなく、“信用”で市場を膨らませるわけか」
「はい」
「まるで魔法だな」
「実際かなり危険な魔法です」
下手すると国が吹き飛ぶ。
バブルとか。
金融崩壊とか。
取り付け騒ぎとか。
……うん、考えると怖い。
「ですが」
俺は言った。
「十三商会に勝つには必要です」
あいつらは信用を独占している。
だから強い。
なら、もっと便利な信用を作ればいい。
「で、どう始める?」
魔王が聞く。
「まずは小さくですね」
「小さく?」
「城下限定で試験運用します」
いきなり全国展開は危険すぎる。
「対象は商人」
「理由は?」
「一番メリットを理解するからです」
大金運ぶ苦労を知ってる。
護衛費も払ってる。
だから刺さる。
「あと」
俺は続ける。
「“両替”もやります」
「両替?」
「地方ごとに違う貨幣価値、あれ邪魔なので」
北銀貨。
西銅貨。
南交易銀。
価値バラバラ。
商人からすると地獄だ。
「交換比率を固定します」
「そんなことが可能か?」
「市場支配できれば」
要するに為替だ。
通貨交換を握れば、経済の中心になれる。
「……怖いな」
軍務卿が本気で引いていた。
「お前、本当に税務官か?」
「元です」
そのとき。
会議室の扉が開いた。
「失礼します!」
入ってきたのは、若い兵士だった。
「南部港より急報です!」
嫌な予感。
最近こればっかりだ。
「何があった?」
「南部商業連合の倉庫群が、昨夜一斉に閉鎖されました!」
空気が変わる。
「閉鎖?」
「はい! さらに商人たちが物資を買い占め始めています!」
……ああ。
なるほど。
ベルクたち、動いたな。
「市場封鎖か」
物流を止める気だ。
つまり。
これは宣戦布告。
武力ではなく――経済戦争の。




