第十一話 世界初の銀行
「却下だ」
即答だった。
「早くないですか!?」
南部港から戻った翌朝。
俺は魔王城会議室で、盛大に否定されていた。
「他人に金を預けるなど狂気だ」
軍務卿が腕を組む。
「そのまま持って逃げられたらどうする」
「信用問題ですね」
「終わりではないか」
「だから制度を作るんです」
だが反応は悪い。
まあ当然だ。
この世界では、“金は自分で持つもの”。
預ける文化なんてない。
「そもそも何の意味がある?」
宰相が疲れた顔で聞く。
「便利です」
「便利?」
「大量の金貨運ばなくて済みます」
俺は机に金貨袋を置いた。
重い。
めちゃくちゃ重い。
「大商人って、移動だけで護衛何十人も必要なんですよ」
「それはそうだな」
「でも紙一枚で済むなら?」
空気が少し変わった。
「紙?」
「預かり証です」
俺は羊皮紙を取り出す。
『銀貨百枚預かり』
そう書かれた簡単な証書。
「これを持ってれば、別の街でも同額を引き出せる」
沈黙。
数人の顔色が変わる。
理解した。
「……待て」
宰相が身を乗り出す。
「つまり、商人は大金を持ち歩かなくて済むのか?」
「はい」
「盗賊対策にもなる?」
「なります」
そこで軍務卿が眉をひそめた。
「だが、証書を偽造されたら終わりだろう」
「だから信用です」
俺は言った。
「発行元を信用させる」
「どうやって」
「魔王軍の名前で」
沈黙。
次の瞬間。
「……なるほど」
魔王が笑った。
あ、この人もう理解したな。
「国家そのものを信用に使うのか」
「はい」
前世の銀行も結局そうだ。
最後は国家信用。
「魔王軍が保証する預かり証なら、商人は使います」
「ふむ」
「しかも、預けた金をそのまま寝かせる必要もない」
そこで今度はベルクが反応した。
「……まさか」
「貸し出せるんですよ」
空気が凍った。
「預かった金を?」
「はい」
「正気ですか?」
「銀行ってそういうものなので」
いや、この世界にはないけど。
「商人に融資する」
「融資……」
「金を貸して、後で利子付きで返してもらうんです」
沈黙。
完全に世界観が揺れていた。
「待て」
宰相が額を押さえる。
「それでは、同じ金を二回使うことにならないか?」
「なりますね」
「狂ってる」
「でも経済は回ります」
これが信用創造。
現代人には当たり前でも、この世界だと完全に革命だ。
「金が市場に増えるんですよ」
「そんなことをして価値は保てるのか?」
「貸しすぎたら壊れます」
「危険ではないか!」
「だから管理が必要なんです」
俺は少し笑った。
「面白いでしょう?」
静寂。
その中で。
魔王だけが愉快そうだった。
「面白いな」
赤い瞳が細まる。
「金そのものではなく、“信用”で市場を膨らませるわけか」
「はい」
「まるで魔法だな」
「実際かなり危険な魔法です」
下手すると国が吹き飛ぶ。
バブルとか。
金融崩壊とか。
取り付け騒ぎとか。
……うん、考えると怖い。
「ですが」
俺は言った。
「十三商会に勝つには必要です」
あいつらは信用を独占している。
だから強い。
なら、もっと便利な信用を作ればいい。
「で、どう始める?」
魔王が聞く。
「まずは小さくですね」
「小さく?」
「城下限定で試験運用します」
いきなり全国展開は危険すぎる。
「対象は商人」
「理由は?」
「一番メリットを理解するからです」
大金運ぶ苦労を知ってる。
護衛費も払ってる。
だから刺さる。
「あと」
俺は続ける。
「“両替”もやります」
「両替?」
「地方ごとに違う貨幣価値、あれ邪魔なので」
北銀貨。
西銅貨。
南交易銀。
価値バラバラ。
商人からすると地獄だ。
「交換比率を固定します」
「そんなことが可能か?」
「市場支配できれば」
要するに為替だ。
通貨交換を握れば、経済の中心になれる。
「……怖いな」
軍務卿が本気で引いていた。
「お前、本当に税務官か?」
「元です」
そのとき。
会議室の扉が開いた。
「失礼します!」
入ってきたのは、若い兵士だった。
「南部港より急報です!」
嫌な予感。
最近こればっかりだ。
「何があった?」
「南部商業連合の倉庫群が、昨夜一斉に閉鎖されました!」
空気が変わる。
「閉鎖?」
「はい! さらに商人たちが物資を買い占め始めています!」
……ああ。
なるほど。
ベルクたち、動いたな。
「市場封鎖か」
物流を止める気だ。
つまり。
これは宣戦布告。
武力ではなく――経済戦争の。




