第十話 金は魔力を喰う
燃えかけた紙。
そこに描かれていた魔法陣は、妙だった。
「……何ですこれ」
俺は紙を拾い上げる。
複雑な円環。
幾何学模様。
中央には見慣れない古代文字。
だが問題はそこじゃない。
「帳簿の裏に描かれてる……?」
普通じゃない。
どう見ても、隠していた。
「見せろ」
魔王が紙を受け取る。
その瞬間。
空気が変わった。
ぴしっ、と。
肌に薄い痛みが走る。
「……魔力が動いた?」
魔王の赤い瞳が細まる。
「古代式だな」
「分かるんですか?」
「少しな」
珍しい。
この人が“少し”って言うの。
「何の魔法なんです?」
すると。
魔王は数秒黙ったあと、低く呟いた。
「……契約術式だ」
「契約?」
「魔力を媒介にした強制契約」
ベルクの表情が変わった。
初めてだった。
余裕が崩れたのは。
「なぜ、それを……」
「やはりか」
魔王が笑う。
冷たい笑みだった。
「商会は古代魔術に手を出しているな?」
ベルクは答えない。
だが沈黙が答えだった。
「ちょっと待ってください」
俺は話についていけてなかった。
「経済組織ですよね? なんで魔法?」
「簡単です」
答えたのはベルクだった。
「“信用”を作るためですよ」
「信用?」
「商売で最も重要なのは契約です」
ベルクは静かに言う。
「約束を破らない保証」
そこで俺は気づいた。
「あ……」
銀行。
信用。
為替。
手形。
結局、経済って“信用の積み重ね”だ。
「つまりこの魔法は……」
「契約違反への強制力です」
背筋が寒くなる。
「破れば?」
「死にます」
「怖っ!?」
即死レベルだった。
「便利ですよ」
ベルクは淡々としている。
「裏切りが減る」
「いやいやいや!」
「金の世界では、信用は命ですから」
それは分かる。
分かるけど方法が怖すぎる。
「十三商会は、この術式で結ばれている」
魔王が紙を見る。
「だから国家を超えて協力できるわけか」
「ええ」
ベルクは認めた。
「普通の国家は、裏切りますから」
利害で動く。
戦争で敵になる。
だが契約魔法なら違う。
強制的に守らせられる。
「つまり」
俺は整理する。
「市場が国家を超えた理由って……」
「信用の技術を独占したからです」
ぞくり、とした。
それだ。
物流でもない。
金でもない。
本当に強いのは、“信用を保証する仕組み”。
だから世界規模で商売できる。
「……面白い」
気づけば、俺は笑っていた。
ベルクが眉を動かす。
「何がです?」
「いや、前世と同じだなって」
「前世?」
「あ、こっちの話です」
危ない。
普通に口滑った。
だが今はそんな場合じゃない。
「つまりこの世界、“信用インフラ”を握った奴が支配者なんですよ」
魔王がこちらを見る。
「インフラ?」
「社会基盤です」
道路。
港。
通貨。
そして信用。
全部繋がってる。
「今の十三商会は、“信用”を独占してる」
「ええ」
「だから世界経済を支配できる」
ベルクは静かに頷いた。
「理解が早い」
「じゃあ答えも簡単だ」
俺は即答した。
「こっちも作ればいい」
沈黙。
ベルクが固まる。
「……は?」
「信用制度」
俺は紙を指差した。
「独占されているなら、自前で作る」
「不可能です」
即答だった。
「なぜ?」
「信用は積み重ねだからです」
ベルクの声は低い。
「商会は百年以上かけて信用網を作った」
「なら俺らはもっと便利にする」
「……何?」
「商人って結局、“得する方”に流れるんですよね?」
ベルクが黙る。
図星だ。
「なら、安全で、速くて、安い信用制度を作れば勝てる」
「簡単に言いますね」
「実際シンプルですよ」
前世でも同じだった。
既存勢力は巨大。
でも。
便利な仕組みは世界を変える。
「例えば?」
ベルクが聞く。
試すような目だった。
「そうですね……」
俺は少し考える。
そして。
「まず、“預金”から始めましょうか」
空気が止まった。
「……預金?」
「はい」
俺は笑った。
「金庫代わりに金を預けられる仕組みです」
魔王が首を傾げる。
「自分の金を他人に預けるのか?」
「便利ですよ」
「盗まれるだろう」
「だから信用が必要なんです」
そこでベルクが、ゆっくり息を吐いた。
「……正気じゃない」
「よく言われます」
「誰がそんなもの使うんです」
「商人ですよ」
俺は即答した。
「重い金貨持ち歩かなくて済むなら、絶対使う」
沈黙。
数秒。
やがてベルクが呟いた。
「それが実現したら……」
その顔から、初めて余裕が消えていた。
「通貨の流れそのものが変わる」
その瞬間。
俺は確信した。
この世界。
まだ誰も、“金融”を理解していない。




