22 麗景殿
麗景殿に戻ると香奈と源柾則と名乗る者が出迎えてくれた。
柾則は中務卿の子息で中務大輔だと言った。
この間、綾と香奈を麗景殿まで送り届けてくれた人で香奈が現梅薫君と言っていた人物だ。改めてみると、父親に似て涼しげな眼差しに柔和な表情から、香奈は噂の梅薫君を前に落ち着かない様子だ。
柾則も香奈を前に落ち着かない様子で、更に左近中将と頭中将が一緒にいたことで畏まっていた。
「貴方が中務大輔ね。中務卿の子息の。先日はありがとう」
綾はお礼を言うと更に表情を硬くしていた。
「今日はどういった理由でこちらに?」
「父、中務卿に言われましてこちらの侍女殿を守るように言われたのですが……」
どうやら不手際があったようだ。兄も何も言わないところを見るとここは詮索しないほうがよさそうだ。
「中務大輔殿、お役目ご苦労様です。本日はもうお帰りになってもいいですよ」
頭中将が代わりに暇を出してくれた。
検非違使たちは部屋の外の護衛たちに合流して警護に当たってくれた。
「香奈、大丈夫だった?」
「中務卿に言われてこの部屋に先ほどの中務大輔様と一緒にいたのですが、急に外が騒がしくなって急いで直貞親王様を戸棚に隠して待ち伏せていました」
「素晴らしいご判断です」
頭中将が褒めると香奈は恐縮しまくっていた。
「香奈もうちの母上の教えを受けている者ですから、任せても大丈夫だと思っていたのですが存外あの方は上手く立ち回れなかったようですね」
冷ややかに言うのは兄、左近中将だ。
兄は香奈をかなり信頼している。その香奈を守れなかったことへの怒りもあるようだ。一体中務大輔は何を仕出かしたのか。
「それが外の警護の方たちが時間を稼いでくれたおかげで直貞親王様をお助けすることが出来ましたが危うく見つかるところでした」
どうやら、香奈は侵入してきた者を薙刀で一撃しいったようだ。その為、あとから続いた侵入者たちを護衛の者が捕まえることが出来たのだが、中務大輔は襲撃者たちを前に何も出来ずにいたらしい。
侵入者は部屋に居るのが綾だけだと思っていたようで、部屋に居たのが香奈だと分かると部屋中を探し回り、綾がいないことが分かるとすぐさま藤壺に向かったようだ。
「どうして、私が狙われるの?」
藤壺で襲われたのも綾を狙ったのか気になる。
「おそらくですが、東宮妃様を亡き者にしたいのだと」
頭中将が言う。
良智は表情を変えないのを見て、これは想定内の出来事なのだろう。
「では、藤壺が襲撃されたのは私がいたからですか?」
ここが重要だ。
「藤壺女御様の命を狙われるのは今までありませんでした。それで言うと東宮妃様を狙ったと考えるのがいいでしょう」
「私を消したいのですか?」
「このままでは東宮様が後宮の問題を解決するかもしれないと焦った者たちの仕業ではないかと我々は考えています」
「なにも解決していないのに焦っているのですか?」
綾たちは柾良親王の病のことや、直貞親王がここで匿っていることを知っているが、周囲には伏せられている。
表向き、何も解決していないのだ。何に焦ることがあるのか。
「柾良親王様の病が悪化したことになっています。そこへ藤壺女御様と直貞親王様も臥せっているとなれば、東宮様に力が集まるのは必至。そこで、手っ取り早く東宮妃を狙えば自分の妃すら守れないと糾弾することが出来ます」
そういうことね。
納得するとともに、ここにきて母の教えは先を読んだもので役立っていることに気がついた。自分の身を守るためって大切なことだったのね。
「この先も、私は狙われるのですよね。それなら、一刻も早く直貞親王様を藤壺女御様にお返ししたほうがいいのではないでしょうか」
また、いつ襲撃されるか分からない場所に大切な帝の御子がいてはいけない。
「左近中将、ここは直貞親王様を藤壺にお返ししましょう。東宮妃様を狙われているのなら藤壺の方が安全です」
頭中将が言うのももっともだと綾も思う。
「頭中将、綾を囮に誘い出しませんか?」
兄の良智がとんでもないことを言い出す。
「いやです!」
綾と香奈が全力で反対する。綾も狙われるのは御免だと思うが、香奈も同じ考えだったようで、この部屋に居て襲撃に立ち向かったのが相当堪えたみたいだった。
「良智殿、流石にそれは東宮様もお許しになられないでしょう。何か考えるとして、直貞親王様は藤壺にお戻りいただきましょう」
一先ず安心するが、直貞親王を藤壺の返して大丈夫だろうかと心配にもなる。
「警護の編成を考えましょう。藤壺にも少し配置するよう手配します」
頭中将が綾の心配を察してくれたようだ。
「ここの警護は私たちが任せられていますので東宮妃様にはしばらくこのお部屋から出ないようにお願いします」
兄の良智と頭中将が警護担当だと告げられた。
「部屋からも出てはいけないのね」
「きちんと取り調べはしていませんが、麗景殿を襲った者たちは金で雇われた者でした。藤壺で襲撃してきた者たちは取り逃がしました。誰が手を引いているのか分かるまではまた襲われるかもしれません」
「取り逃がしたって、あれだけの矢数が飛んできたのよ。一人や二人ではないはずよね」
綾は先ほどの出来事を思い出す。
次々と矢が飛んできたのを考えると五、六人はいたはずだ。それを取り逃がすことがあるだろうか。
「消えたようです」
「消えた?」
「はい。弘徽殿、承香殿あたりまで追いかけたようですが、見失ったと言っていました」
頭中将の表情から想定外の出来事だったのだろう。一体どこに消えたのか。
「綾、東宮様は綾を引き込んだことを悩んでおいでだよ」
「お心を痛めておられます。これ以上、東宮妃様になにかあれば東宮様はご自身をお責めになります」
良智と頭中将に言われて綾は塞ぎこんでしまう。
「私が狙われるのは東宮様のせいではないのに」
「東宮妃様、必ず捕まえますのでどうか、東宮様を信じてください」
「こんなことになっても、お会いすることは叶わないのですね」
綾は帝との約束はまだ続くのだと諦めかけていた。
「お会いすることは出来ます」
「出来るのですか?」
頭中将は頷く。
「柾良親王様の病の原因と直貞親王様をお助けしたことで帝はお許しになられました。明日にでも東宮様がお尋ねになられます」
綾は胸が高鳴るのを抑えきれない。
どんな方なのか、どんなお話をしようか、いろんな思いが駆け巡った。




