23 東宮
翌日、綾は早くから目が覚めてしまう。
「姫様、お早いですね」
香奈が身支度を整えてくれる。
「香奈、今日はあの衣がいいわ」
「ふふっ。そうですね。ようやく東宮様にお会いできるのですからしっかりと準備しないといけませんわ」
香奈も朝から機嫌がいい。
綾も少しでも早くと思い自ら衣裳を手に取る。衣裳係が数人がかりで綾を着飾らせた。
「どう?変じゃないかしら」
綾は心配になりみんなに聞いた。
「お綺麗ですよ。きっと東宮様も東宮妃様に心を奪われます」
綾は両手を頬に当てて感慨深げに思いを募らせる。
どうしよう。何を話そうかしら。それとも、どうして私を東宮妃に選んだのか聞いてもいいかしら?どんどん、膨らみ続ける妄想に、どっぷりつかっていると梅の香りがした。
あぁ、この香り。出来れば今日は会いたくなかったのよね。
そっと目を開けると、案の定、中務卿がいつの間にか目の前に座っていた。
「何度もお声をかけさせていただきましたが、お気づきになられなかったので……」
嫌味にも聞こえる。顔がいいだけで宮中の女房達に羨望の眼差しを受けているが、この男の腹黒さをよくも隠し通せていると感心する。そして、数日前まで熱をあげていた香奈は中務卿に冷たい態度をとるようになっていた。
よほど、昨夜の襲撃が恐ろしかったのだろう。
なんと、中務卿は香奈に綾の衣裳を着せて綾のふりをさせていたのだ。香奈が怒るのも当然だ。更に、昨夜襲撃があるかもしれないということを綾にも黙っていたのだ。どうりで、麗景殿には兄たちが、藤壺には通常より多くの護衛がいたことに納得する。
「なにか、用ですか?」
綾は早く帰れと念を送りながら言った。
「東宮妃様にお詫び申し上げねばならなくなり、こうして参上つかまりました」
なに、周りくどい言い方をするのだと眉間に皺が寄る。中務卿のこの言い方の時はよくないことがあるのだ。
「何をお詫びしないといけないのかしら。昨夜の襲撃は予見されていたことだったのでしょう。私も香奈も知らされていなかったわね」
綾は香奈に同意を求めながら中務卿を睨んだ。
「そうですね。私は姫様のふりをしろとまで言われ部屋に居たらいきなり賊が入ってきて驚きました」
香奈も中務卿に嫌味を言っている。
「どこから漏れるか分からないのでお話することが出来なかったのです」
扇子で口元を隠しながら、目を伏せる姿は憂いを帯びて普通の女房達なら一瞬で靡いてしまうだろ。だが、綾と香奈はもう中務卿の本性を知っているので、そんなことで気持ちが揺らぐことすらない。
「話出来なかったからと言って、私や香奈を危険な目に合わせてもいいのですか。あ~あ、そうですか~。中務卿はそういうお方でしたね~。よ~く分かりましたわ」
綾はわざと厭味ったらしく間延びした言い方をした。
「敵を欺くには味方からと申します」
いけしゃあしゃあと言い放つ中務卿はやはり憎たらしい。
「で、ご用は何ですか?」
もうすぐ東宮様が来られる。早く帰ってもらわなければ。
「実は、東宮様は来られなくなりました」
「なんですって!」
綾は叫んでいた。
昨夜は帝からお許しも出たと言っていたではないか。
「今朝、早くから皇太后様に呼ばれて、お戻りになられないようです」
「どうして、皇太后様に?」
また、何か問題でも起きたのかと心配になる。
「問題はないのですが、東宮妃様にお会いになることをどこかからお聞きになられて、約束が違うと言われました」
「約束?」
「後宮の問題が解決するまで東宮妃様にお会いにならないという約束です。帝には柾良親王様や直貞親王様のことはご報告しておりますが、皇太后様にはまだ話しておりません」
「どうして、話さないの?話してしまえば会えるじゃない」
「皇太后様は右大臣家の者です。ことのほか、柾良親王の病状に関心を示しておられます」
「病の原因は分かったじゃない。それなら解決も近いでしょう」
「病は完治しておりませんので、解決にはならないと仰っています」
原因が分かったことで治療が始まっていると聞いているが、原因そのものも伏せられているため、完治するとは思われてないようだ。
「柾良親王様のご病気のことはまだ秘密にしなければいけないのね」
「そうです。誰が仕組んだことなのかまだ分かっておりません。ちょうど、皇太后様が依頼されたご祈祷は昨夜で終わっております。今夜から再び動き出すのではと我々は考えております」
「直貞親王様はどうするの?」
「今夜のうちにでも藤壺女御様のところへお連れしようと準備をしております」
「分かりました」
当分、東宮様には会うことは叶わないのだが、不思議とそんなに悲しくはなかった。きっと、東宮様は問題を解決して会いに来てくれると予感がした。
今も、綾に会うために頑張ってくれているのだと思えた。それならもう暫く会えなくても我慢できる。そう思っていた矢先。
「本日は一段とお綺麗ですね。東宮様がご覧になられないのが残念です」
中務卿は余計な一言を言い残して帰っていった。
折角、気分がよかったのに一気に気分は落ち込んだ。やはり、中務卿にいつか痛い目に遭ってもらわないといけないようだと考えを巡らす。




