20 襲撃
結月と二人で部屋を出ると、部屋の傍であの護衛が控えていた。
先程の音はこの護衛が控えていたのかと思うとともに話の内容を聞かれたことに少し心配する。
「急ぎお戻りください」
護衛にそう告げられて、結月と二人足早に通路を歩く。
視界に中務卿が見え、緊張が緩んだ瞬間、叫び声と共に大量の矢が飛んできた。
「伏せて!」
護衛が綾に覆いかぶさってきた。その上を何本もの矢が柱や蔀に突き刺さっていた。護衛に庇われなかったらあの矢は綾に当たっていたのかと思うと恐ろしくなる。
庭にいた警護の者たちの数人は矢が飛んできた方へ走っていくが更に矢は飛んできて二人が矢に当たって倒れたのが見えた。
「伏せたまま、あそこまで行けますか?」
護衛に言われ、綾は頷き這いつくばったまま動き出した。
「出るな!」
護衛はまた叫んでいた。伏せたまま視線を後ろに向けると藤壺から桐子が顔を出していた。矢はそこにも飛んできていて、桐子が急いで戸を閉めなければ当たっていたかもしれない。
護衛は庭にいた警護の者に指示を出している。別のところからも警護の者が来て藤壺を取り囲んでいる。検非違使たちが矢の飛んできた方へと走っていくのが見えた。
その間に綾たちは這いつくばったまま通路の端まで来ると中務卿と帝に手を聞かれて部屋の中へと連れ込まれた。
「お怪我はありませんか?」
中務卿に聞かれて、返事をしようとした。
「姫様、この血は?」
結月に言われて見ると綾の袿の袖に血がついていた。
「私ではありません」
「ということは、あの者か」
帝は庭を見ている。その先に、さっき綾たちを庇った護衛がいた。
「先程、私たちを庇ってくれました」
「あとで、手当をするよう言っておく」
帝に言われて安心する。あの護衛がどれほどの身分なのか分からないが、この状況で怪我の手当てを優先されるようなことはない。帝からの命があれば少しは早く治療してもらえるかもしれない。
「麗景殿は?」
綾は自分たちが狙われたということは麗景殿も危ないのではないかと心配になる。今、あそこは直貞親王がいる。
「東宮妃様が出られてすぐに襲撃に遭いましたが、みな無事です」
中務卿の言葉に一安心する。麗景殿の襲撃があったから、藤壺から出てすぐにあの護衛は早く戻るように言ったのか。
「東宮妃様、すぐに警護の者を手配しますのでそれまでこちらでお待ちください」
中務卿と結月が部屋を出ていく。
気がつくと帝と二人になっていた。
気まずい雰囲気の中、綾はどうして自分が狙われるのか、そして綾たちが麗景殿を出た後に麗景殿も襲撃されたのか考えていた。
綾たちの行動が知られている可能性も考えた。でも、不審な護衛たちは姿を消したはず。今、綾の傍にいる護衛はそのほとんどが身元のしっかりした者たちだと中務卿も言っていた。
(例の護衛の身元は知らないのよね。それに、あと二人くらい時々見かける者もいるけど、その人たちの名前も知らない)
「心配ではないのか?」
帝の言葉にはっとする。
いつの間にか綾の前にはお茶と茶菓子が置かれていた。
「私が狙われる理由がわかりません」
綾は素直な感想を述べた。
「狙われるか……そうだな、知りすぎた。そんなところだろうか」
「知りすぎた?」
「柾良親王の病のこと、直貞親王への疑惑。どうかな」
帝は悪だくみを考えていそうな表情を見せた。
「直貞親王様の疑惑は分かりますが、柾良親王様の病のことはまだはっきりとしていません。それでも私が狙われるのは別の理由からではないでしょうか」
「別の理由か……。東宮に会いたいか?」
突然の問いかけに綾はなんと答えていいのか迷った。
「正直に申してみよ。東宮妃が嫌なら、東宮妃を降りてもいい。そう手配しよう」
東宮妃が嫌かと聞かれたら、どちらかと言えば嫌だ。しかし、ここでの暮らしもまんざらでもないと思い始めていた。なにより、東宮自身が綾を望んでくれたのだから、東宮と話をしてみたいと思うようになっていた。
「はじめは、東宮様のお渡りもお召もなく、政治的な思惑で東宮妃になったのだと考えておりました。東宮様は別に想う方がいらして、私のところに来たくないのだと」
「ほう! そんなことを考えておったのか」
妙に嬉しそうにそれでいて楽しそうに帝は言う。
「東宮がそなたを妃に望んだという話は聞いておるか?」
「はい。先日、結月様にお聞きしました」
「大納言家の綾姫を東宮妃にしてもらえないのなら、臣下に下りたいと言いおったわ」
「臣下?」
東宮ならどれだけの妃でも望めるのにどうして綾でなければ臣下になるなど正気の沙汰ではない。
「皇太后様は以前から東宮には敦成と決めておった。私もその考えに反対する気持ちはなかったがその敦成が東宮の座をかけても欲しいと願った姫を見てみたいと思ったのだ」
「それが分かりません。どうしてそこまでおっしゃるのか」
「本人に聞いてみてはどうだ?」
「ですが、帝のお約束があるとかでお会いしていないのです」
クスッと笑い。しばらく考えていた帝は余興だと言い出した。
綾の眉間に皺が寄ったのは言うまでもない。
今度は何をさせられるのか?




