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グンマー大戦  作者: WW
第10章
29/31

閉ざされた未来と救われた世界 2

 アカギ山はダルマを守るという使命を終えたからか、普通の山だった。視界は良好で、魔物の気配もない。道中何もいなかったことにむしろ不信感を覚えたくらいだ。


 二度目の朱橋を渡る。ここを通ったのが随分昔のように思えた。

 湖はひっそりとしていて、物悲しく見えた。それは自分の心のせいなのだろうと、レイは景色を見るのをやめた。


 境内には人影があった。一つや二つではない。鋼鉄の鎧を纏った青ダルマが二〇体ほどいる。そして、その中心に一人だけ人間がいた。

 それが誰なのか、レイは顔を見てすぐに分かった。


 青ダルマたちはレイの姿を見つけるなり、長槍を一斉に向けた。


「――瞬劫」


 レイはその隙間を抜けていく。そして、男の前で立ち止まった。


 目の前からレイが消えたことに青ダルマたちはざわめいたが、男が手を挙げると静まり返り、整列して境内を出て行った。


 膝裏まで届く白銀髪を一本に束ね、同色の髭を蓄える男は、レイを見ても驚かなかった。鋭い眼光に肌が粟立つのを感じる。気圧されそうな威厳と風格は、さすが一国を背負う王。


「そなたが義姉の忘れ形見か。なるほど、目元がよく似ている」


 少しだけ王の眼差しが和らぎ、昔を懐かしむようにそっと瞼を閉じる。だが、開いたときには戻っていた。

 王は背後の本堂を振り返って、声を落とした。


「ここには道を知る者しか来ることができないようになっていた。だから、地上人が攻めてこようと無意味だと高をくくっていた。まさか、内部に手引きする者がいたとは。しかもそれが、我が娘だったとはな」


 リネのことだ。発覚したということは、彼女にも重い罰が与えられるのだろう。だが、様子が違った。


「リネは本堂で自らの首を切った。…………幸い、一命は取り留めたが、意識が戻らない。まったく、馬鹿な娘だ。甘やかし過ぎたのかもしれないな」

「もっとハルナに目を向けるべきだった」

「返す言葉もない。ハルナは一緒ではないのか」

「置いてきた」


 そうか。王はぽつりと呟いて、口を引き結んだ。何かを躊躇っているようで、喋り出そうとする雰囲気を保ったまま、しばらく音はなかった。強い風が吹き抜けて、ようやく王は口を開く。


「そなたの母――私の妻の姉であるシラネは、ちょうどそなたくらいの歳にこの地を離れた。地上からやってきた同い年の少年とともにな。それは重い罪だ。我々はソウシ様の血を繋いでいかなければならない。だから、シラネは病死したことになっている」


 レイは王の話が読めてきて、自然と笑いが漏れた。


「つまり、俺は存在しない子供、ってわけだ」


 王の瞳がわずかに揺れる。


 それはずるいと思った。辛いのは切り捨てられた方であって、それを決めた張本人に悲しむ資格などない。


「地上にも、空にも、俺の居場所はない」


 どちらにも存在しない人間であれば、消えたところで何の損失もない。何の変化ももたらさない。


「今回の件も揉み消すのか?」

「リネは地上人に襲われ、重傷を負った。ダルマは守られ、変わらず本堂に保管されている。それがすべてだ」


 王女の手引きによってダルマが失われ、グンマーが危機に瀕した。国を守るべき人間が、国を売った。それを国民が知れば王家の失墜は免れない。この国は混乱に陥り、地上が介入し易くなる。そうなれば、グンマーはあっという間に落ちるだろう。

 だから、隠蔽するのは当然のことだ。ただし、それはグンマーの落下を阻止し、今まで通り天上に浮かばせることが前提の話だ。落ちてしまえば権威を保つ相手がいなくなるのだから。


「ダルマは破壊された」

「そうか。だが、そなたが戻ってきたということは、そういうことだろうよ」

「知っていたのか」

「代々、王にのみ語り継がれている。時を操ることのできる力は強大すぎるからな。シラネに瞬劫の才があったことは、国を大きく左右することだった」

「ソウシの魔法が切れたら、その代わりが必要だから」

「その通りだ。瞬劫の研究は遅れている。操る者がいない以上、進みようがないからな。だからこそ、このタイミングでシラネの息子がこの地を訪れたことは運命のように思えてならない」


 王はレイがソウシの代わりになることを知っていた。だから、国の一大事にもかかわらずこんなにも平然としていられるのだ。


「そなたには、すまないと思っている。だが、どうか、この国の礎となって欲しい」


 王は、レイがそのために来たことを知っている。あるいは、その役目を拒めないことを知っている。


「わざとハルナを王宮から出したのか? このときのために」

「いや、それは偶然だ」


 聞いておいて何だが、レイにとってそんなことはどうでもいいことだった。


 長話はここらで切り上げて、レイは自らの要求を言う。それは脅迫と言っても違わない。拒むことは、この国を落とすことと同義だ。


「ハルナにはこのことを言うな。それが、俺がダルマの代わりになる条件だ」


 ハルナが知れば絶対に反対する。レイを助けようとする。だが、それで辛い思いをするのは彼女自身だ。


 国かレイか、選べるのはどちらか片方だけなのだから。


 レイは王の返事も待たずに歩み始めた。その横を通り過ぎると、ようやく王は口を開いた。


「それは――守れそうにない」

「は――――っ?」


 思わず振り返ったレイは、その瞬間にもの凄い勢いで何かに体当たりされた。勢いのまま石畳に背中を打ちつけ、抗議の目を向ける。すると、そこにいたのは今一番会いたくない相手だった。


「馬鹿!」


 真っ赤に目を腫らして、ハルナが怒鳴った。ここまで無我夢中で来たのだろう。髪は乱れに乱れ、汗の浮かんだおでこが丸見えだった。顔は細かい傷と汚れにまみれ、服はボロボロだ。靴は片方なくて、彼女が走ってきた足跡が赤く残っている。


「なんで……」

「一緒にいてって、言ったのに!」


 レイの頬に涙が伝う。ハルナのこぼした温度に触れて、レイはその身体を抱き締めてしまいたくなる。けれど、そうしたら決心が鈍ってしまいそうで、唇を噛んで堪えた。


 レイは彼女の頬に手を添え、ゆっくり説明を始めた。グンマーを救う方法を。


 レイがダルマの代わりに本堂へ入り、瞬劫で自分と大陸の時間を極限まで引き延ばす。それによって、グンマーはあたかも浮いているかのように存在できるのだ。厳密に言えば、グンマーはソウシが作った直後から、限りなく遅いスピードで落ちている。それは人間が観測できる時間軸ではないため、落ちる心配は無用なレベルだ。


「俺しかこの国を救えないんだ。だから――」

「だったら、こんな国、滅んじゃえばいい!」

「そんなことをしたら、多くの人が死ぬ」

「いい! 知らない! 私は、私は…………」


 涙で言葉を詰まらせ、彼女はレイの胸に顔を押し当てた。


 分かっているのだろう。それが単なる我が儘であることを。グンマーの民を見捨てることも、レイ一人を犠牲にすることも、優しすぎる彼女には選べない。だから、レイは黙ってきたのだ。


「どうして……。ようやく、私たちは出会えて……お互いに、愛しているのに……どうして……」

「死ぬわけじゃない」

「死んでいるのと同じだわ! 私はもう、レイとお喋りすることも、抱き締めて貰うこともできないのよ。そんなの……耐えられないわ」


 次にレイが外界とコミュニケーションを取れるようになるのは、何百年も何千年も先のことかもしれない。あるいは、レイの寿命が尽きるまでそのときは訪れない可能性だってある。いずれにせよ、ハルナが生きている間に瞬劫を解くことはないはずだ。だから、彼女と会話できるのはこれが最後になる。


「レイにとって、地上も、ここも、守らなければならない場所ではないはずよ。どうして、そこまでするの?」


 そんなのは決まっていた。すべて、ついで、だ。


「ハルナがこれから生きていく場所を、未来を守りたいんだ」

「私が死ねばレイは助かるのよね? だったら――」


 レイは彼女の口を自分の唇で塞ぎ、言葉を遮った。


「頼む、生きてくれ」

「……そんなの、ずるいわ」


 ハルナはレイの胸元をぎゅっと握り締めて、震える唇を噛みしめた。


「これから、私に一人で生きていけって言うのね?」

「一人じゃない。俺はいつだって、ここからハルナのことを見守ってるよ」


 レイはもう一度口づけをしてから、彼女を退かせた。立ち上がり、背を向ける王に言う。


「ハルナを頼む」

「ああ……ありがとう」


 震える彼の声を聞いて、レイは口元に微かな笑みを浮かべた。


 今までやってきたことで、礼を言われたことなど一度もなかった。だから、知らなかった。感謝されることが、こんなにも心を満たしてくれるのだということを。


 このまま行こう。レイは本堂へ足を向ける。扉を開いて中へ踏み入る際、ハルナに裾を引かれた。


「瞬劫を使うまで、一緒にいてもいい?」


 一緒にいたら、瞬劫を使うタイミングをどんどん先延ばしにしてしまいそうで、断りたかった。だが、彼女の怯えた表情を見て、それを言えなかった。


 断られると思っていたのだろう。ハルナは少し驚いたように目を丸くし、すぐに微笑んだ。弱々しい笑みはとても儚くて、レイは自分がいなくなった後のことを憂いた。

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