閉ざされた未来と救われた世界 1
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ハルナは傷の治療のために街へ向かって欲しい。レイはそう頼んだが、彼女は決して頷かなかった。かと言って、肩の傷を放っておけば化膿する、あるいは出血多量で死んでしまうかも知れない。しかし、それは杞憂だった。
ハルナが目を瞑ってしばらくすると、白い光が傷口に集中し始めた。まず血が止まり、次第に肉が隆起し、傷が塞がっていく。そうしてすっかり元通りになった彼女の白い肌。しかし、ハルナの顔色はむしろ悪くなっていた。
「ごめんなさい。治すのはとても疲れるの」
これまでの疲労と、血が多量に失われたことによる貧血が加わったせいだろう。立っているのがやっとの様子で、額に汗を浮かべている。
放って行くという選択肢はない。それにもうすぐ日が沈む。このまま進むより、体力を回復させた方がいいとレイは判断した。レイ自身、蓄積された疲労は無視できないものになっていた。
幸い、近くに身を隠せる場所があった。幾本かの樹木が寄り集まって一本の木になっており、地上から三メートルのところに穴が空いていた。レイ一人で様子を見に行く。二人が寝転がれるくらいの余裕があり、見たところ危険はなさそうだった。高さのおかげで外から見つかる可能性は低く、こちらからは敵の接近を感知しやすい。野営するには絶好の場所だった。
ハルナを抱え、節を蹴り上がって数歩で辿り着く。彼女を横たえて出て行こうとしたレイの袖をハルナが掴んだ。強く掴んだというよりは軽く引っかけた程度で、それが精一杯だと考えると無視できなかった。
「食糧を探しに行くだけだ」
朝食から何も口にしておらず、空腹だった。それはハルナも同じだろう。特に彼女はきちんと食べないと体調がよくならない。レイは水さえあれば一週間はいつも通り行動できるように訓練されているが、この状態ではさすがに持ちそうにない。
「そう言って、どこかへ行くのね?」
何度言っても聞かず、やけに疑り深い。女の勘は鋭いとよく聞くが、ここまでとは思わなかった。ただ、今だけを言うなら、食糧を探しに行くのは本当だった。少なくとも明日の朝までは一緒にいるつもりだ。
ようやく聞き分けてくれたものの、非常に不満そうな顔だった。嘘吐いたらこんにゃく生芋という恐ろしい言葉を背に受け、レイは飛び降りた。
火を使って位置を知られたくなかったため、果物を中心に集めた。幸いにも地上でも見るような果物があった。中には未知数なものもあった。特に、拳ほどもあるブドウのような粒がラズベリーのように群れているやつがグロテスクで、少し食欲が減退した。それが一番量が多いので一応収穫しておく。
適当に見繕ってハルナに見せると、グロテスクなやつはイングレンスという名前らしく、とても美味しいのだと言う。粒を一つもぎ取って皮を剥くと、赤い筋が細かに走った白い実が現れた。それを頬張る彼女は少しだけ顔色がよくなっていて、口元が綻んでいる。レイも恐る恐る食べてみる、口の中に入れた瞬間、雑巾を絞った汁に酢を加えたような味がして、すぐに外へ吐き出した。
ハルナはイチゴとメロンの中間のような味でとても甘いと言うから、彼女が味覚音痴なのか、グンマーの民しか食べられない果実かなのだろう。
口直しにリンゴに齧りつくと、これは当たりだった。口の中に甘みが広がる。レイは心の底からここが異世界でなくてよかったと思う。もしイングレンスみたいなものしかなかったら、餓死を選んだかもしれない。
「こんなにのんびりしてていいのかしら」
食べるのをやめて外へ視線を向けたハルナが言う。月の光に照らされる豊かな自然は、穏やかな静寂の中にあった。
あそこが崩壊したのは雷公鶴との戦いのせいなのだろう。
「おそらく、この大陸が急降下を始めるのは明日の夜あたりだ。落下自体は今も知覚できないほどゆっくりしてる」
「分かるの?」
「ソウシが俺にそう言った。あの戦いのとき、俺に話しかけて来たんだ。おかげで雷公鶴を倒せた」
その言葉にハルナは目を輝かせた。
「すごいわ! やっぱりレイは特別だったのね!」
とても喜んでいる様子に、レイはチクリと胸が痛んだ。
もちろん、嘘だった。ソウシはそんなこと一言も言わなかった。だが、落下に関することはすべて事実だ。理由は分からないが、レイはソウシの魔法を感じ取ることができた。
「けれど、どうしたらいいのかしら。ダルマがなければ、落下は止められないわ」
「策はある」
「本当に? どうするの?」
「それはまだ言えない」
明らかな不服顔で、ハルナは押し倒しそうな勢いでレイににじり寄る。
「考えをまとめられないんだ。もう少し時間を置かないと、うまく説明できない。とりあえずグンマ城へ行く必要がある」
訝しげに顔を寄せるハルナに、レイは冷や汗が背中を駆け落ちる。誤魔化しきれないかと観念しそうになったところで、彼女はさっと身を引いた。
「いいわ。そのときになったらちゃんと説明して」
レイが頷くと、彼女は再び果実に口をつけた。
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夜は少し肌寒かった。自然と二人は身を寄せ合って寝転んだ。
レイは絡めていた手を解いて、彼女の唇を指でなぞる。ハルナが静かに目を閉じたので、レイは唇を重ねた。伸びる糸を彼女が舐め切って、妖艶な表情で囁く。
「愛して」
それから二人はお互いの体温を確かめるように身体を重ねた。
レイは滲みそうになる涙を堪えて、彼女の愛を貪った。
レイの腕の中で眠りにつく直前、ハルナが言った。
「レイ、私を一人にしないで」
「ああ。当たり前だ」
安堵したように微笑んだ彼女は、穏やかな表情で目を閉じた。すぐに寝息が聞こえた。相当疲れていたのだろう。レイは彼女の寝顔を満喫する。彼女の顔をよくよく目に焼きつけてから、レイも仮眠のために瞼を閉じた。
彼女の顔を見るのも、体温を感じるのも、これが最後かと思うと自然と涙がこぼれた。
最高に幸せで、最高に悲しい夜の終わりは、もうすぐだった。
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夜明け前。ハルナを起こさないように慎重に起き上がったレイは、飛び降りる直前に一度だけ振り返った。とてもいい夢を見ているのだろう。顔が全体的に緩んでいる。彼女のこれからの人生もそうあって欲しいと祈った。
「さよなら、ハルナ」
これ以上ここにいては、名残惜しくなってずるずるいってしまう。レイはもう振り返らなかった。
膝を折って飛び降りた衝撃を殺し、すぐに駆け出す。途中で馬を見つけた。黒ダルマを見て逃げ出した一頭だろう。人に慣れているようだったので、問題なく乗れた。これで時間を短縮できる。




