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グンマー大戦  作者: WW
第9章
27/31

救ったもの、救えなかったもの。だからこそ 3

 全身に疲労感がのしかかり、その場に倒れ込んでしまいたい衝動に駆られる。だが、一刻も早くダルマをアカギ神社へ戻さなければならない。


 ハルナの下へ駆け寄ると、彼女は言葉よりも先に飛び込んで来た。レイは胸に彼女を迎え、強く抱き締める。


「レイ、おかえりなさい」

「ただいま。さっき行ってきますって言ったばかりだけどな」


 満面の笑みを浮かべるハルナに、レイは疲労が吹き飛んだような気がした。やはり、それは気がしただけで、ダルマを探すために歩き出すと足は棒のようになっていた。未だ炎の勢いの衰えない場所へ二人は歩みを進める。


 ゼロワンが雷公鶴を急襲した際には背にバックパックがなかった。そのため、ゼロツーの遺体の側にある可能性が高い。燃えていないでくれという願いを胸に向かっていると、レイは心臓を掴まれるような感覚を覚えた。

 咄嗟に瞬劫を使用し、ハルナの鼻先まで迫っていた銃弾を切り落とす。


「ヒュー。さすが、あんなバケもんを倒しただけあんな」


 燃えるような白銀髪。瞳の色は褪せた赤色。精根尽き果てたような姿で、しかし、目の奥にぎらつく光だけは健在だった。むしろ、それはさらに研ぎ澄まされているようにすら感じる。


「お前らが探してんのはこれだろ?」


 ゼロワンはバックパックからガラスドームを取り出す。そこにはレイが白い世界で会った人物とまったく同じ顔があった。


 グンマソウシ。それがなければ、グンマーは落ちる。


「それを渡せ」

「いいぜ」


 てっきり何かしら要求されると思っていたレイは、その言葉に拍子抜けする。


「俺を倒せたらな」


 やはり勘は正しかった。ボロボロになってもなお、戦闘狂のスタンスを崩さないことは感心すら覚えるが、今はそれどころではない。


「あとにしろ。今は一刻も早くそれを――」

「順序がちげえだろうが」

「それをアカギ神社に戻したあとなら、好きなだけ相手してやる」

「ちげえんだよ。それじゃあ駄目だろうが」


 ゼロワンは口角を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべる。


「てめえが本気にならねえと意味がねえんだ。命を賭けて戦う覚悟じゃなけりゃ駄目なんだ。てっとりばええのはその女を殺すことだろうがよ」


 ハルナに視線を移すゼロワンに、レイは鋭い眼光を向ける。


「さっきの奇襲が駄目なら、それは無理だわな。かと言ってこいつをダシにしても先に寄越せなんざ言いやがる。だったらもう、これしかねえよな」


 ゼロワンは目を見開き、ガラスドームを地面に叩きつけた。


「何やってんだ!」


 幸い、ガラスドームにはヒビ一つ入っていない。ソウシの頭部を長年保存し続けただけあって、頑丈な作りのようだ。


 だが、レイの安堵を嘲笑うかのように、ゼロワンが刀を逆手に持ち、振り上げる。その切っ先はガラスドーム。何の躊躇いなく振り下ろされたそれは、硬い音を立ててガラスを貫いた。ガラスドームの中が赤色に塗りたくられる。それだけでは飽き足らず、ゼロワンはそれを宙に放ると真っ二つに両断した。地面に血が広がり、二つに割れたソウシの頭が転がる。


 ハルナの悲鳴が後方から聞こえる。気づけばレイは、ゼロワンに斬りかかっていた。


「お前ええええ」

「いいぜ、その顔だあああああ」


 激しい打ち合い。疲労困憊の両者はもはや技の駆け引きなどなく、ただ力任せに刀を振るう。


「やっぱな! 本気になるにゃあ、憎悪だよなああ」


 鍔迫り合いに持ち込み、レイは尖った双眸でゼロワンを怒鳴りつける。


「自分が何したか分かってんのか!?」

「んなもんどうだっていいんだよ」


 押し返され、体勢を崩したところに今度はゼロワンの方から押し潰すような鍔迫り合い。


「てめえだけハッピーエンドなんざ、不公平だろうが」

「ハッピーエンド? この状況がか?」

「そうだろうが。てめえは守りてえもん守れてんだろうが!」


 さらに押し込まれ、レイは堪らず下がった。

 ハッピーエンドなはずがなかった。ユリが死んだ。ユリのことを守れなかった。それをハッピーエンドと喜ぶようなやつを、レイは許せない。


 そんなレイの心を見透かしたように、ゼロワンは唾を吐いて言った。


「てめえが守りたかったもんはその女だろうが。まさか、ゼロナインまで助けたかった、なんざ言わねえよな?」


 鋭い突きを打ち払い、レイはお返しとばかりに刺突を放つ。それは身体を傾けることでかわされ、流れるように足払いが繰り出される。レイは後ろへ跳び、着地と同時に追撃を凌ぐ。


「だったら何だっていうんだ!」

「あめえってんだよ!」


 ゼロワンの重い一撃に、レイの手元から刀が弾け飛んだ。離れたところに突き刺さったそれを取りに行く時間を与えてくれるほど、ゼロワンは甘くはない。


 振り下ろされる直前、レイは瞬劫を使う。だが、その瞬間に激しい頭痛が襲った。使用限界。これ以上使い続ければ、身体が壊れる予感があった。


 無理を押し通し、ゼロワンの手元を蹴り抜く。狙い通りに刀を飛ばせたが、それを見越していたのかゼロワンのタックルがレイの腹部に突き刺さった。

 地面を転がり、苦しむレイの上にゼロワンが馬乗りになる。


「ふざけんじゃねえ。てめえは望みのもんを守りきったってんのに、不満がってんじゃねえ。こっちは何も守れなかったんだ。あいつを、守ってやれなかったんだ!」


 ゼロワンの拳がレイの頬を打つ。その痛みがまるでゼロワンの心の痛みのように思えて、レイはされるがままに殴られた。


 八つ当たりだ。だが、レイにはゼロワンの気持ちが分かった。ゼロワンはゼロツーを守れなかった自分を許せないのだ。けれど、自分で自分を罰したところで、自己満足に終わることを知っている。だから、誰かに罰して欲しいのだ。お前は悪だと断じ、その罪をつまびらかにして、糾弾して貰いたいのだ。


「そうだな」


 レイは振り下ろされた拳を掴んだ。思い切り身体を揺らし、ゼロワンの身体を横に投げ飛ばす。元々、ゼロワンは動けるだけで不思議なくらいだ。抵抗なくその身体は回転した。今度はレイが馬乗りになって、ゼロワンの顔面に拳を叩きつける。


「お前が弱いから妹は死んだ! お前のせいで! お前のせいで死んだんだ!」


 ブサイクに腫れた顔を見て、レイはふらりと立ち上がった。刀を回収しに向かう。これくらいで気が済んだだろうと思ったのだが、ゼロワンはゆっくりと立ち上がった。


「それ、じゃあ……終われ、ねえ……だろうが」


 ゼロワンもまた、刀を取りに千鳥足で歩く。レイは刀を引き抜いた。まだやる気かと、呆れていたそのとき、刀を握ったゼロワンが動きを変えた。

 レイはその狙いをすぐさま読み取り、自らも駆け出す。


 ハルナを殺す気だ。レイは意識を刈り取られそうな頭痛に耐えながら、瞬劫で距離を縮める。もうすぐ追いつく。だが、ゼロワンの方が早かった。

 その刃が天高く振り上げられ、照り返す陽光がハルナの顔に浮かぶ。


 突然のことにハルナは動けずにいた。しかし、ゼロワンの後ろに迫るレイの姿を見て、自らも駆け出す。横を抜けようとするハルナに、ゼロワンはその背中へ刀を振り下ろす。


 ほぼ同時、レイは滑り込むようにしてゼロワンの胸へ突きを放つ。


 鮮血が飛び散った。レイの腕に抱かれたハルナはしがみつくようにしてその胸に身を寄せる。その背中に傷はない。


 レイの突きは寸分違わずゼロワンの心臓を貫いていた。


 吐血するゼロワンは、ハルナの背に当たる直前で止めた刀を力なく下ろした。


「……悪い」

「謝ってんじゃねえよ、ばーか」


 口端を吊り上げ、ゼロワンは笑って見せる。それが、彼の最後の言葉だった。地面に崩れ落ちた彼の表情は、少しだけ安らかに見えた。


「レイ、傷だらけじゃない……」

「どうってことない」


 傷の痛みは慣れているからいいが、頭痛のせいで精神的な疲労が限界だった。

 だが、弱音を吐いてはいられない。これからのことを考えなければならない。


「ダルマは……」


 レイの言葉に、ハルナが首を振った。


「どうしましょう。このままだと、グンマは――」


 突如発生した激しい揺れに倒れそうになったハルナを、レイは抱き寄せる。それは収まる気配なく、限界を迎えた大地が悲鳴を上げた。亀裂が走り、割れた地面が沈み始める。それは谷に向かって落ちていく。谷底を流れる川は水量を異常に増やし、荒れ狂う流れが容赦なく瓦礫を攫っていく。


 まるで世界の終わりのような光景に唖然とする二人だが、レイは視界に入ったものに息を呑んだ。亀裂はユリの遺体のあるところまで走り、崩れた地面を水が飲み込もうとする。


 飛び出しそうになるレイをハルナがすがりつくようにして止めた。


「放してくれ! ユリが!」

「駄目よ! 今行ったら、レイまで流されてしまう。それに、亀裂がもうそこまで来てる。このままここにいたら、死んでしまうわ。早く逃げないと」

「だが、ユリが――」


 何が起きたか分からなかった。気づいたら頬に痛みが走っていて、目の前に泣き顔を腫らしたハルナが、辛そうな顔で立っていた。


「ユリさんはもう死んでいるのよ! レイ、お願い。私のために、ユリさんのために、今は一緒にここを離れて」


 その言葉で、レイはようやく現実を受け止められた気がした。ユリはもう死んでいる。それは分かっていた。理解もしていた。けれど、心のどこかでまだ受け入れていなかった。もしかしたら、また死んだと思っていただけで、本当は生きてるんじゃないか。そんな思いが、どこかにあった。


 いや、もしかしたら。


 遺体を助けることで、ユリを助けられなかった償いをしようとしたのかもしれない。そんなもの、償えるはずがないのに。

 こんなことをユリが聞いたら、馬鹿だと笑うのだろう。笑って欲しかった。けれど、もうそれは叶わない。できるのは、彼女の死を背負って生きていくことだけなのだろう。


 レイは水に飲まれるユリの遺体を見送って、ハルナの手を握り締めた。握り返す彼女は遠慮がちに微笑む。レイもそれに応えて微笑した。


 ようやく手に入れた幸せを前に、やはりレイは素直に喜べなかった。


 だからレイは、自らに残された最後の役目に感謝した。



 きっとこれが、数々の命を犠牲にして生き残った自分への罰なのだと信じて。

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