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グンマー大戦  作者: WW
第9章
26/31

救ったもの、救えなかったもの。だからこそ 2

 雷公鶴を仕留めるには至らなかったものの、ゼロワンの奇襲のおかげでレイを襲おうとした雷の塊は消えていた。難なく着地し、懐に入ったレイは雷公鶴の身体を蹴り上がる。首を狙った一閃。今度こそ仕留めたかに思えたが、雷公鶴はそれを自らの翼を身代わりに防いだ。両翼を失った雷公鶴だが、それは致命傷たり得なかった。


 雷鳴がレイを直撃する。瞬劫雷切で防ごうとするも、青の奔流はその勢いを衰えさせることなく増大し、ついにその処理量を上回った。レイの全身を衝撃が駆け抜け、意識が飛びそうになる。地面に身体を打ちつけた痛みで辛うじて意識を保てた。


 まだ生きている。しかし、どれだけ力を入れても身体が動かない。勝ち誇ったような咆哮がすぐ近くから轟く。


 負けたのだと、レイは思い知った。


 足音が聞こえて、涙に濡れた顔が近づいた。


「レイ! レイ!」


 絞り出すような悲鳴に、レイは返事をしようと口を開く。直後、息苦しさが襲い、吐血した。声が出ないことに気づき、レイは視線だけをハルナへ向けた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ボロボロと涙を流しながら謝ってくるハルナに、レイは力を振り絞って首を振って見せた。緩慢な動作だが、ハルナはそれを認識出来たようだ。彼女もまた、首を横に振る。


「違うの……私は……」


 嗚咽を堪えきれない彼女は、何度も言葉に詰まりながら、それでも言葉にした。


「私は知っていたの。こうなることを……知っていたの。だから、あのとき、あなたに警告したの。した、つもりだったの」


 あれはやはり、ハルナだったのか、と。レイはグンマーに来る途中で見た夢を思い返す。しかし、レイが聞いたとき、彼女は違うと言っていた。自分はグンマーから出たことはないと。

 レイの視線に気づいたのか、ハルナが続ける。


「あそこはもうグンマーの領域だったから、レイにだけ違う映像を見せたのよ。直接言わなかったのは……怖かったの。言葉にしたら、その運命に引き寄せられてしまうんじゃないかって。それに、レイに嫌われたくなかった。だから、私が運命を変えようって、レイの側にいて、死の運命を覆そうって、そう思ったの。…………結局、こうなってしまったわ」


 彼女はまるで自らの罪を懺悔するように語る。


「あのとき、強制的にあなたをここへ来られないようにすべきだった。でも、ごめんなさい。私、できなかったの。だって、私、ずっと、あなたに…………会いたくて」


 確かに、グンマーに来なければレイがこうなることはなかっただろう。ハルナと行動していなければ、今頃ユリたちとダルマを手に地上へ降りていたかもしれない。


 けれど、レイはそれらの道に進みたいとは思えなかった。そこはハルナのいない世界だ。想像がつかなかった。たった二日間一緒にいただけなのに、彼女のことがとてつもなく愛おしい。それは血のせいなのかもしれない。レイはグンマーの血を半分持っているから、こんなにも惹かれたのかもしれない。


 それでも構わなかった。


 何の力が働いたにせよ、ハルナのことを想う心は変わらない。それよりも、彼女のいない未来を想像することの方が嫌だった。恐ろしかった。


 今なら分かる。きっとこの感情を愛と呼ぶのだろう。

 隣にいて欲しい。隣にいたい。

 ただそれだけの想いを、愛していると言うのだろう。


 レイが穏やかな表情で首を振ると、ハルナは再び堰を切ったように泣きながらレイの身体を抱き締めた。


 痛みはなかった。ただ、この手で抱き締められないことが心残りだった。


 雷公鶴の電撃が大地を焼き払う。そんな現実など存在しないかのように、二人はお互いの温度を感じ続けた。


『終わりですか』


 男がつまらなそうに言った。


 ――ああ、終わりだ。


『その手には神殺しの刀があるのに、ですか』


 ――だったらお前がやれよ……グンマソウシ。


『首だけの私に、何をしろと?』


 ――俺は、どうすればいい。


『それはあなたが決めることです』


 ――俺にはもう何も出来ない。


『そうやって諦めているのは、あなただけですよ。君を抱き締める彼女は、まだ諦めていません』


 レイの視界がぼやけ、すぐに収束した。そこは白塗りの世界。レイは地に足をつけて立っている。だが、地面の感触などない。立っていると認識しているだけだ。


 目の前に誰かがいた。それはガラスドームの中に入っていた白銀髪の男の顔をしていた。少し垂れた目は優しい印象を受け、口元には穏やかな笑みをたたえている。


「グンマソウシ……」

『こうして会うのは初めてですね』


 ソウシはつかつかと歩み寄り、レイの顔を覗き込んだ。その無遠慮な様に面食らっていると、彼はおかしげに笑う。


『まったく私に似ていませんね』

「そんなこと、どうでもいいだろ」

『そんなこと、ではありません。私の血をどれだけ受け継いでいるか、という判断基準になります』


 そう言われれば確かに、ハルナはソウシに少しだけ似ている。


『母親が私の血族なのですね。そのおかげで、私の力をある程度受け継げていますね』


 子供は母の子宮の中で育つ。ソウシの血肉に浸って育てられるようなものだから、普通の人間の子宮よりもソウシの血が色濃く出る。


『しかも、あなたは瞬劫を継いでいる。幸か不幸か、この地に瞬劫を使えるのは私とあなたしかいないようですから、とても特別なことですよ』

「そんなことより――」


 レイの口に指をあてて言葉を遮り、ソウシはにこやかに笑う。


『分かっていますとも。瞬劫の使い方をお教えします。これはとても強力な魔法です。その上、応用も利く。この大地を宙に浮かせているもの、瞬劫の力なのですよ』


 レイは一通りの説明を受けたものの、理解するのに時間を要した。


『このすべてを使いこなせとは言いません。そもそも、今のあなたの力では自身の時間を少し早める程度が関の山でしょうから』


 それでは意味がない。レイの不満顔を見て、ソウシは愉快そうに笑い声をあげる。


『足りないなら、足せばいいでしょう。その方法をあなたはすでに知っている』


 背を向けて去ろうとするソウシを、レイは呼び止める。彼は立ち止まったが、振り返らなかった。


「お前の魔法には、人を蘇らせるものもあるのか?」

『ありませんよ。正確には、禁忌故に研究できない、と言うべきでしょうか』

「じゃあ……」

『生と死は神の領域です。そこを犯せば、神の怒りは免れないでしょう』

 肩を落とすレイに、ソウシは諭すように言う。

『だからこそ、人は生きることにしがみつかねばならないのです。それだけが我々に許された、自由なのですから』


 急にその背中が遠くなる。景色が伸び、彼方へ消えていく。訪れた暗闇の中で、彼はこう言い残した。


『もう会わないことを祈っていますよ』


 おどけたような声色だった。ただ、レイもそうあることを願った。


 自らにつけられた名前の意味を、思い出す。


 もう失うわけにはいかない。


 だったら、諦めずに挑み続けるしかないのだ。踏ん張って、食らいついて、灯火に一縷の希望をくべ続けるしかないのだ。


 瞬きをすると、ハルナの顔が視界に映った。どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、まだ生きているということは、ほんの一瞬のことだったのかもしれない。


 ハルナは思い詰めた表情で、口を一文字に閉ざしていた。だが、レイの視線に気づくと、その重い口を開いた。


「……アクセルがあれば、レイは戦えるの?」

「あ、あ……」


 アクセルを使えば治癒速度が上がり、動ける程度にはなるかもしれない。だが、雷公鶴を倒せるかと言われると頷けなかった。


 ソウシは足せばいいと言っていたが、レイがアクセルを服用してもユリやゼロワンのような上昇幅はない。


 するとハルナは自らの服を緩め、肩を露出させた。くすみのない綺麗な白い肌が、妖艶な曲線を描いている。レイは咄嗟に視線を外したが、ハルナはレイの顔をその肩に寄せた。


「……食べて」

「へ…………」


 間抜けな声を漏らして唖然とするレイに対し、ハルナは至って真剣な表情で言う。


「アクセルはグンマ民の血肉からできているのよね。だったら、私の肉を食べれば――私の細胞にある純正の遺伝子を取り込めば、同等以上の効果があると思うの」


 確かに、理屈ではそうだ。しかし、グンマーの民の肉を食らった話など聞いたことがない。何の効果もないかもしれない。それに、ハルナを傷つけることに抵抗があった。


「お願い。私はまだ、あなたと生きていたい」


 ハルナの目は揺れることなく、真っ直ぐにレイを見ていた。宝石のような深紅の瞳には、力強い意思が光を放つ。


 それは彼女が託す、一縷の望みなのだ。


 レイは頷いて、彼女の肩に口を近づける。鎖骨の上の柔らかい部分に口を広げ、歯をあてがった。ハルナは自分の服の袖を折って咥える。


「いく、ぞ……」


 ハルナがこくりと頷いたのを見て、レイは思い切り噛みついた。彼女の身体がびくりと震え、噛みしめた布の奥から悲鳴が漏れる。背中に回された指が爪を立て、レイの皮膚を抉る。ハルナの痛みに比べればどうということはない。レイはひと思いに噛み千切った。何度か咀嚼するも、すぐに耐えきれなくなって無理矢理飲み込んだ。彼女の肩から飛び散る血を飲みながら回復を待つ。


 それは地獄のような時間だった。今すぐ突き飛ばしたいだろうに、ハルナはレイの身体を強く抱き締めて耐えていた。流れ続ける涙がレイの肩を濡らす。それはレイも同じだった。


 効果はすぐに現れた。手足の感覚が戻り、次第に自由に動くようになった。すぐに口を離し、自分の服を切り取ってハルナの肩を止血する。


「悪い……」

「……だい……じょうぶ、よ」


 ハルナは引き攣った笑みを浮かべて、おどけるように言った。


「わた……し、の、おに、く……おいし、かっ……た……?」


 レイは喉をせり上がってくる熱に何も言えず、彼女の身体を強く抱き締めた。ふがいないと思った。とてつもなく痛いはずなのに、ハルナはレイの罪悪感を和らげようと冗談を言う。

 レイはハルナの身体を解くと、その唇に口づけをした。


「愛してる」

「……私も、よ……レイ」


 立ち上がるレイに、ハルナは声の震えを押さえつけて言った。


「あなたは、一人じゃないわ」

「分かってる」

「髪、可愛いと思うわ」


 呆けるレイの前髪の一房が、白銀色に変わっていた。瞳は燃えるような赤色。

 ハルナにパンダみたいね、と指摘されるも、レイからは見えないので反応し難い。褒め言葉なのかという疑問に、彼女は悪戯っぽく笑って見せるだけだった。それは無理した笑顔ではなくて、レイは少しだけ安堵した。


「いってらっしゃい。世界を救いに」

「いってくる。世界を救いに」


 レイは心の中で否定する。世界を救いになんて行かない。


 守りたいのはハルナとの未来だ。世界なんて、そのおまけに過ぎない。


 口の中に残る鉄の味を飲み込む。今までにない感覚だった。全身に力が漲る。今なら、神だって殺せる気がした。


 降り注ぐ雷を瞬劫で見切り、雷切で掻き消す。瞬劫で引き延ばせる時間が圧倒的に延びていた。

 距離を縮めながら、レイはソウシの言葉を反芻する。


『万物は時間という軸で観測されます。生成され、存続し、破壊され、空白となる。そこに再び生成される、というような流れを繰り返す。永遠と思える存在であっても例外ではありません。その環から外れることはできません。そう見えるとしたら、それは観測者より長い時間軸にいるというだけです。この世界に生成された以上、必ず終わりはやってくる。

 瞬劫をあなたは、瞬く間を長い時間に引き延ばすと解釈しているようですね。それは正しいですが、力の半分でしかありません。

 瞬劫とは時間の流れを操作する術です。瞬く間を長い時間にできるのなら、長い時間を瞬く間に縮めることも可能なのは道理。これは最も生と死に近づいた魔法だと言ってもいいでしょう。

 ですから、無闇に使ってはなりません。神に目をつけられたくはないでしょう?』


 レイが辿り着く前に、雷公鶴は身体を青白く発光させた。その全身が雷と化し、両翼を取り戻す。高らかに放たれた咆哮とともに、雷公鶴の姿が尾を引いて消える。


 同時にレイは瞬劫を使った。こちらへもの凄い速度で向かってくる鶴の形をした稲妻を視界に捉え、刀を構える。相手もこの一撃に賭けるようで、青い閃光が一直線に空を駆け抜ける。


 レイはその全霊を刀で受ける。先の戦いで瞬劫雷切では雷公鶴の電撃を切り続けることができないのは経験済みだ。だからそれは、切るための行為ではない。


 経るはずだった長い時間が瞬く間に流れゆく。存続を終えたものは破壊され、空白へ帰す。それは死までの時間を一瞬で流す魔法。


「――――壊劫(えこう)


 瞬間、雷公鶴の姿が崩壊を始めた。輪郭が崩れ、宙へ溶けていく。


 瞬劫が切れるのと、雷公鶴が完全に消えるのはほとんど同時だった。


 元の流れに戻った世界。そこに雷公鶴の姿はない。

 あるのは、それがもたらした甚大な被害だけだった。

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