選んだもの、選ばなかったもの。それでも 3
「それをよこせええ!!」
力強い一撃に吹き飛ばされそうになりながら、レイは踏みしめた足で耐えた。ここで押し負ければハルナが殺される。大人しくダルマを渡せば命は助かるかもしれないが、彼女がそうしないだろう。最後までダルマを守ろうとするはずだ。
だから、負けるわけにはいかない。
鍔迫り合いを解き、瞬劫で切りつけようとするレイ。だが、紫電が二人の間に割って入った。辛うじて避けた二人は、鋭い眼光を黒ダルマへ向ける。ヒビの入った頭に浮かぶ二つの赤い目は、それを受けてなお感情を灯さない。
三竦みの状態にレイは歯噛みした。
グリフォンがいない今、ハルナを逃がす手立てはない。彼女自身、逃げようとはしないだろう。それに、人質に取られたらおしまいだ。かと言って、このまま睨み合い牽制し合って時間を浪費しても仕方がない。助けが来るとも限らないし、そもそもそれが味方かどうかも分からない。
そのとき、ふと思いついた。黒ダルマにダルマを渡せば終わりではないか。
「ハルナ! 黒ダルマの方へダルマを転がせ! それで終わる!」
その声に強く頷いたハルナはバックパックを放った。
「クソがああ」
ダルマに殺到する虚番。レイは瞬劫を使用して二人を蹴り飛ばし、ゼロワンの刀を受け流しながら三人目の鳩尾に拳を叩き込んで沈める。ダルマに直進するもう一人を追おうとするも、ユリによって阻まれた。
黒ダルマの下まで辿り着くことなく止まったバックパックを虚番の一人が回収する。これで振り出しに戻った。その刹那、バックパックを抱えた男の足が掻き消え、身体が地面に落ちた。何が起きたか分からない様子で呆ける彼の頭を枯れ木のような足が踏んだ。熟れた果実を潰すような簡単さで、彼の頭蓋は砕かれ、中身をぶちまけた。
黒ダルマは彼が大事に抱えるバックパックに見向きもせず、レイたちの方へ踏み出した。
「何故止まらない!」
「レイ、もしかして……」
続きは聞かずとも分かった。ダルマを無視した以上、黒ダルマの目的は決まっている。
――目の前の敵を全滅させること。
だとするならば、虚番を全滅させたところで意味がない。そのあとで黒ダルマを倒さねばならない。それは現実的ではないと思った。
ゼロワンたちと共闘して黒ダルマを倒す。だが、そのあとゼロワンたちを相手にしなければならない。それも現実的でないように思えた。
虚番と黒ダルマが相打ちになってくれるのが望ましい。ハルナは悲しむかもしれないが、それしかない。
ただ、ユリだけは何とか説得できないだろうか。そんな気持ちがレイの中に渦巻く。今までずっと一緒にいたのだ。できることなら助けたい。話し合えばきっとわかり合えるはずだ。ハルナたちが悪者でないことも、憎むべき相手ではないことも。
まずはハルナを安全なところへ逃がす。今なら虚番がハルナを追うことはない。黒ダルマの足を止めておけば、彼女が逃げ切れる可能性は高まる。
「ハルナ、逃げ――」
何かを感じたレイは、咄嗟に背後を振り返り刀を構えた。瞬間、二振りのククリナイフがレイを弾き飛ばした。
「っ――ユリ」
眼を赤く染め、白い靄を纏うユリ。彼女はククリナイフを握り締めると、レイの懐に飛び込んだ。
「てめえ、勝手な真似すんな!」
「私がレイを押さえておくから、黒ダルマを倒して。できるでしょ?」
挑戦的な声色にゼロワンは舌打ちして、双眸を黒ダルマへ向けた。
レイはユリの攻撃を辛くも凌ぎつつ、無理矢理鍔迫り合いに持ち込んで言葉を投げかける。
「やめろ、ユリ」
「私と来る気になった?」
「それは……」
言い淀むレイに、ユリはまなじりを尖らせる。アクセルを使用したユリに力で勝てるはずもなく、レイは押し返されて胸に浅い傷を負った。それを見てハルナが短い悲鳴を漏らすと、殺気に満ちた瞳でユリがハルナを睨む。
「お前がっ!」
ため込んでいた怒りを爆発させるように、ユリは踏みしめた足で地面を砕いた。
レイはユリの攻撃を真っ正面から受け止め、辛うじて耐える。全身の骨が軋むのも構わず、レイは身体を寄せる。
「頼むから武器を下ろせ。話し合えば分かるはずだ」
「分からないよ。最初から、分かり合えるはずがなかったんだよ。私が馬鹿だったんだ。だって、レイは――」
暗い笑みを浮かべたユリは目を細めた。
「グンマーの人間だもんね」
その言葉の意味が理解できず、レイの思考が空白を生んだ。その隙に、ユリはレイの腹部に膝を入れ、怯んだところで頭を殴り飛ばした。
レイは地面を抉りながら転がり、その勢いを利用して立ち上がる。揺らぐ視界を強く目を瞑って正し、せり上がる熱を地面に吐き捨てた。
紫電が空気を焼く音と剣戟の音が飛び交う中で、妙な静けさがレイの頭の中にあった。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。レイはグンマーから亡命してきた女性と、日本男性の――現グンマー国王妃の姉であるグンマシラネと、当時虚番のリーダーだった男との子供。グンマーと日本のハーフなんだよ」
レイはユリの言葉を反芻する。自分の出生をレイは知らない。だから、ユリの言っていることが本当のことなのか分からない。
だが、もし本当なら、いくつかの点に説明がつく。
ハルナがレイに好意を寄せたこと。近親婚を基本とするこの国では血縁が近いと惹かれやすい。半分とはいえ、王家の血が混じっているレイにハルナが惹かれるのは納得がいく。
アカギ神社の本堂に入れたのも、グンマソウシの声が聞こえたのも同じだ。
本堂でリネの言葉をハルナが遮ったことを思い出す。ハルナの方を見ると、視線が合った、だが、すぐに彼女は逸らし、自分の足下を見た。それで確信した。
ユリが青みがかった黒目を細めると、口元に笑みを浮かべた。アクセルの入ったケースを取り出し、振って音を鳴らす。
「これ、何だと思う?」
アクセル。飲めば数分だけ能力を飛躍的に増大させる。副作用として効果が切れたあとは能力が著しく下がる。効果中は瞳が赤みを帯び、全身を白い靄のような光が覆う。
その様は、ハルナが魔法を使う姿に似ている。
レイが瞬劫を使うとき、アクセルなしで同じ状態になっていた。
だとするならば――。
「これはね、グンマーの民の血と肉と骨から出来てるんだよ。遺伝子操作で私たちはグンマーの民に近づけて作られてる。そこに純正の遺伝子を取り込むことで、一時的に魔法が強制発動する。使えるのは強化の魔法だけだけどね。副作用があるのは当たり前だよね。無理矢理に魔法を再現してるんだからさ」
レイの心を読んだかのように、ユリは先回りして言葉を紡ぐ。
「安心して。レイのお母さんじゃないから。レイのお母さんはレイを産んですぐに死んじゃったんだって。これはそのときに一緒に亡命してきた護衛の人たちのらしいよ」
今までアクセルを服用していたときのことを思い出し、レイは吐き気に襲われた。思わず口を押さえたレイに、ユリは口端を吊り上げた。
「やっぱり、同族を食べるのは辛い?」
「どうして、今更俺にそれを言うんだ」
レイを説得して地上へ連れ帰ろうとするなら、それは逆効果だ。
「もう面倒くさくなっちゃってさ。子守にも飽きたんだよね」
ユリは弄んでいたククリナイフを握り直し、その切っ先をレイに向ける。
「ねえ、何で私がずっとレイの隣にいたと思う? 私がレイのこと好きだからだとでも思った? 違うよ? そういう命令だったからだよ。純正でないレイは地上では研究の役に立たなかったけど、グンマーに行けば何か起こるかも知れない。そのときまで側で守る存在が必要だった。たったそれだけのために、私は作られたんだよ。――それが私の、生きる意味だったんだよ」
ユリはアクセルを二錠口に含んだ。
政府から支給されるそれは、一度に服用できるのは一錠までと念押しされている。過剰に摂取した場合、相応の力を手にすることはできる。だが、その分副作用が大きくなる。あるケースでは、効果が切れると同時に生命機能が停止――死亡した。
疾風のごとく地を駆けたユリの一撃。レイは今までとは比べものにならない力に目を見開き、溜まらず軌道をずらして避けた。刃先が触れただけの地面は深く裂け、それは数メートルに渡っていた。
かすり傷でさえ致命傷になりかねない攻撃に、レイは額に浮かんだ汗を拭う。
「命令だから、あのとき俺を助けてくれたのか」
それは七歳の頃のことでもあったし、昨日のことでもあった。
レイは続けようとした言葉を飲み込んだ。
――あのとき言ってくれ言葉は嘘だったのか。
それはとても卑怯な問いだと思った。ユリではなくハルナを選んだレイには、尋ねる資格などなかった。
「そうだよ」
振り下ろされる一刀を受ける。身体をバラバラにされるような衝撃が駆け抜けた。刀を取りこぼしそうになるのを堪えて、レイは距離を取る。刀には微塵も傷がついていない。
すぐに間合いを詰められ、打ち合いになった。辛うじて致命傷を避けるのがやっとで、レイの身体に傷が増えていく。そのたびに血が舞い、ユリの身体が赤く染まる。
集中を欠けば殺られる。ククリナイフをさばき続けるレイだが、そのことに集中し過ぎたせいで足下がおろそかになっていた。
すかさず繰り出される足払いに体勢を崩したレイへ、刃が袈裟に振り下ろされる。
「――レイ!」
その刹那、横から体当たりするようにハルナが飛び込み、レイの窮地を救った。地面を転がって距離を取る二人。先に起き上がったのはハルナだった。
「馬鹿……何やってんだ」
「言ったでしょう。レイは私が守るって!」
笑みを浮かべてみせるハルナだが、その身体は小刻みに震えていた。怖くてたまらないはずなのに、彼女は盾のようにレイの前に立った。
「邪魔をっ――するな!」
殺意を灯した瞳で斬りかかるユリ。だが、その刃は届かない。
ダルマ弁慶や黒ダルマのときと同様に、見えない壁がククリナイフを受け止めていた。
「私だって、ただ見ていたわけではないのよ」
ハルナは今までの戦いで目の当たりにした障壁を解析し、再現して見せたのだ。
二撃、三撃も防いだ。だが、見様見真似で発現させた魔法は、所詮付け焼き刃でしかない。それは黒ダルマたちのよりも脆く、四撃目で微かな亀裂の走る音が鳴った。
顔色を変えるハルナを見て、ユリはニヤリと口元を歪める。
怒濤の連撃がハルナを襲う。一撃を受ける度に砕け、剥がされていく見えない壁。ついにそれは大きな音を立てて砕け散った。
振り下ろされる刃に向けてもう一度障壁を作ろうとするハルナ。戦いの駆け引きを経験したことのない彼女はその先を読むことができない。
ユリの本命である横蹴りをまともに受けたハルナはボールが跳ねるように勢いよく地面を跳ね、ようやく止まる頃には血まみれだった。
「ハルナ!」
駆け寄ろうとするレイへユリが斬りかかる。鍔迫り合いを演じることなく、レイは力任せに押し飛ばされた。
「ごめん、力加減ミスったかも。あれ、死んじゃったかな?」
目の上に手で傘を作って、ハルナの方を眺めるユリ。その視線の先で、ハルナの指先がピクリと動いた。
のそのそと起き上がるハルナはだらりとぶら下がる右腕を庇っていた。噛みしめた唇からは赤い筋が垂れている。




