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グンマー大戦  作者: WW
第4章
13/31

最強と最弱 4

 刀を交える度にゼロワンの表情は生き生きしていく。強者と戦うことでしか自らの生を実感できない狂戦士のごとく、その刃は鋭さを増す。


 互角に渡り合っていたはずの二人。だが、次第にその天秤が傾き始める。押され始めたのはレイだ。ゼロワンの一振りに乗せられる力はレイよりも上。同じ速度であればゼロワンの方が勝るのは必定。


 それでも、レイは冷静だった。勝機はまだある。

 たとえ肉体の性能で負けていたとしても、武器の性能はこちらが遙かに上。打ち合いに向かない日本刀を尋常ならざる速度でぶつけていれば、先に限界を迎えるのはゼロワンの方だ。


 しかして、そのときは訪れた。


 レイの薙ぎを受けたゼロワンの刀に亀裂が走る。顔を顰めるゼロワン。退こうとする彼の懐に踏み込んだレイは、流れるように逆袈裟へ振り上げる。その一閃は相手の刀を砕き、ゼロワンの身体に深い傷を刻み込んだ。


 血飛沫とともにゼロツーの悲鳴が上がる。最強の敗北を前にしたカロン部隊は動揺し、混迷を極めていた。

 当人のゼロワンは痛みに顔を歪め、折れた刀を放り捨てる。脚部のホルダーからコンバットナイフを抜き、ようやく治癒を終えた右手で構えた。さらに左手で錠ケースを取り出す。


「兄様、駄目です!」


 ゼロツーはゼロワンの手から錠ケースを叩き落とし、身体に絡みついた。


「これ以上は許さないです」

「うるせえ! 邪魔すんな!」


 暴れるゼロワンを取り押さえるのに必死で、ゼロツーはレイたちに気を配る余裕がない。

 殺るなら今が絶好の機会。

 踏み出したレイの腕を何かが掴んだ。


「レイ、今のうちに逃げないと」

「駄目だ。今ならあいつらを殺せる」

「それではあなたも死んでしまうわ」

「それでお前を守れるなら、俺は構わな――」


 乾いた音が響いた。頬に走るわずかな痛みに、レイは間の抜けた声を漏らす。自分が叩かれたことを知り、ハルナの顔を見つめた。彼女は目を赤くして、涙をためていた。何か言えばその堰が切れてしまいそうで、レイは黙って彼女の言葉を待つことしかできない。


「そんなことをされても、私は嬉しくない!」


 嬉しいとか嬉しくないとか、そういった感情の問題ではない。合理性の問題だ。レイが残れば、少なくともハルナは窮地を脱することが出来る。

 けれど、彼女の深紅の瞳に宿る強い輝きからは揺るがぬ決意がくみ取れて、説き伏せることなどできないと悟った。


「レイ、あなたはこの世界に一人しかしないのよ。もっと自分を大切にして」

「俺の代わりは、いくらでも――」

「違うの。そうじゃないの。確かにあなたの代わりでも世界は変わらず回るかも知れない。けれど、それは変わらないように見えているだけ。違いから目を背けて、誤魔化しているだけなの。忘れないで、レイ。誰かにとってのあなたという枠は、あなたでなければならない。少なくとも私は、あなたのことをそう思っているわ。あなたはどう? ユリの代わりは、私で務まる? 私の代わりは、他の誰かで務まる? もし、そうだったなら――」


 ハルナは微笑みを浮かべる。その表情は触れたら散ってしまいそうで、けれど、触れなければ消えてしまいそうな儚さを帯びていた。


「――私は悲しいわ」


 彼女から静かにこぼれた滴を、レイは指先で拭う。わずかに頬を赤らめて照れくさそうに唇を噛むハルナ。


 彼女はユリとは別人だ。性格も違う。顔も違う。体格も、能力も、役割も、過ごした時間も、何もかもが違う。

 ユリはユリで、ハルナはハルナだ。代わりではない。同じじゃない。二人とも特別な人だ。

 けれど、それは彼女たちに価値があるからだ。代替できない価値が。それが自分にもあるなど、レイは到底思えなかった。


 それでももし、ハルナがそう思ってくれているのなら。


 胸の奥がじんわりと温かくなった。レイは胸を押さえる。ここで死ぬという考えは、もうどこにもなかった。一緒に生き延びるための方法を脳が計算し始める。

 ハルナをこの腕の中に抱き締めたい。ずっとそうして、放したくない。その気持ちを押し止めて、レイは刀を握る力を緩めた。


「分かった。逃げよう」

「ええ」


 走り出そうとしたハルナの足下が弾けた。


「きゃっ」

「ちっ――」


 瞬劫で続く銃弾を切り伏せる。


「女の方は死ななければいいです。男の方は殺してください!」

「俺の邪魔をするなああああ! 銃を下ろせええええ!」


 統制を取り戻したかに見えたカロン部隊だが、ゼロワンとゼロツーの相反する指示に困惑していた。それでも逃亡だけは阻止しようと発砲を続ける。


 八つの照射を防ぐのに手一杯で、逃げ足が鈍る。おまけに瞬劫を使う度に視界が揺らぎ、頭痛が激しくなる。息が上がり始め、足下がふらついてきた。このままでは逃げるより先に倒れてしまう。


 歯噛みするレイの眼前に、さらなる苦難が姿を現した。

 雷鳴とともに降り注いだ光の束。穿たれた地面の中には黒の外套。


「こんなときにっ!」


 黒ダルマは血を塗ったような赤い丸目でカロン部隊の方へ顔を向ける。そして、その手が振りかざされると同時、大地が揺れ、幾本もの円錐が飛び出した。草原を一瞬で針山に変えた黒ダルマは、今度はレイたちを振り返った。


 その背後からゼロワンが飛びかかる。


「邪魔だっつてんだろうがあああ」


 咆哮とともに繰り出された音速を超える突き。だが、その刃が黒ダルマに届くことはなかった。両者の間に透明な壁でもあるかのように、ゼロワンの刀は宙で止められていた。


「くそっ、何だこりゃ」


 何度も切りつけるが、壁は壊れる気配がない。

 黒ダルマがゼロワンに向けて手をかざす。同時、ゼロツーがゼロワンに飛びついた。


「何しやがる!」

「す、すみま、せ……」


 覆い被さるゼロツーを退けたゼロワンは、その背から流れる大量の血に表情をなくした。


「お前……」

「にい、様、お怪我は」

「俺は何ともねえ。それよりお前が」

「それは、よかった……です」


 再び手をかざす黒ダルマ。ゼロワンはゼロツーの身体を抱えて、大きく距離を取った。

 それで諦めたのか、黒ダルマはレイたちの方へ身を翻す。


 ユリの仇。復讐心に灯が灯る。だが、横にいる彼女を横目に見た。今はハルナを守ることが最優先だ。レイは燃え上がる怒りに無理矢理蓋をした。


「ハルナ、あれから逃げられると思うか?」

「むしろ、あの子を利用して逃げるのよ」


 そうしたいのは山々だが、敵はゼロワンたちではなく、こちらに向かっている。そう口にする前に、ハルナは黒ダルマの方に身体の向きを変えた。


「レイ、行くわよ」


 手を握られ、黒ダルマの方へ引っ張られる。誰からも分かる自殺行為。だが、ハルナは確信を持った響きで言った。


「大丈夫よ。ダルマシリーズはグンマの民には危害を加えないように設計されているの。それに、私ならそのアルゴリズムに介入できるわ」


 どうせレイに逃げる算段はない。ならば、ハルナのことを信じようと思った。

 瞬間移動でレイたちの前に現れた黒ダルマはその手をレイに向ける。


「この人は敵ではありません」


 その言葉に反応し、ハルナへ視線を注ぐ黒ダルマ。すぐにその手を下ろした。


「ね?」


 得意げに言う彼女だが、レイの顔は強ばっていた。ユリを殺した仇がすぐ目の前にいて、それを従えるハルナが横にいる。天災を意のままに操ることのできる彼女は、果たしてただの人間なのだろうか。


 レイの思考を銃声が遮った。咄嗟にハルナの身を庇うが、銃弾は彼らの下まで辿り着くことはなかった。黒ダルマの透明な障壁が全弾防いでいるのだ。


「レイ、私の手を決して放さないで」


 真剣な眼差しにレイが頷くと、ハルナは黒ダルマの外套を掴んだ。

 銃弾の嵐の中で、彼女の凜とした声が響く。


「私たちをクサヅへ」


 黒ダルマが頷いたように見えた次の瞬間、それを中心に光の球体が広がり、あっという間にレイたちを包み込んだ。

 視界がホワイトアウトし、方向感覚が完全に消えた。宙を漂っているような不思議な感覚に襲われる。しかし、不安はなかった。


 しっかりと握られた手から伝わるハルナの存在が、安心感を与えてくれていた。

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