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グンマー大戦  作者: WW
第4章
12/31

最強と最弱 3

 不意に目の前にゼロワンが現れた。身を低くして、レイの足を狙っている。その太刀筋がはっきりと見える。その横には先端の尖った銃弾。どちらも小刻みに動いている。


 瞬劫だ。絶好のタイミングでの発動。しかし、様子がおかしい。次第にゼロワンと銃弾の動きが速くなっていく。


 ――もう時間速度が戻り始めている。


 レイはすぐに銃弾を両断し、ゼロワンの方へ刀を振り抜く――と同時、剣戟の音が響いた。


「なっ――」


 驚愕の声を上げたのはゼロワンだ。音速の一撃を受け止めたレイを見つめ、すぐさま後ろに飛び退いて距離を取る。歯噛みするゼロツーは二射目を構えるが、ゼロワンが制した。


「何故です!」

「今の見てなかったのか? こいつ、銃弾を切ってすぐに俺の刀を止めやがった。それも一瞬で――俺よりも速く」

「馬鹿な。兄様の速度はアクセルなしでも『SSS』。それを超える虚番がフィフティーを採番されるはずがないです」


 真偽に揺れるゼロツーに対して、ゼロワンは口を歪め、舌なめずりをした。その表情には見覚えがあった。強者特有の顔だ。ユリが時折見せた、自分より強いかも知れない敵と相対したときの顔に似ている。


「おい、フィフティーだったか。今のなんだ。それがてめえの真の実力ってやつか?」


 ゼロワンの目の色が変わった。燃えさかる闘志が、彼の表情を生き生きと彩る。


「おもしれえ。心底気にくわねえ。本気出せよ。じゃねえと――俺が一番つええってことに、ならねえだろうがああああああああ」


 ゼロワンが吠えながら地を蹴った。


 速い。だが、先ほどのような桁外れのものではない。辛うじて見える太刀筋をレイは紙一重のところでいなし続ける。脳の血管が破裂しそうに痛んだ。いつこの集中力が切れて太刀筋を見誤るか不安が募る。それでも、やるしかない。


「レイっ!」


 切迫した声色。心配してくれていることがひしひしと伝わってくる。

 不思議だった。生を諦めたはずが、まだ生にしがみつこうとしている。

 自分が死んだら彼女は悲しんでくれるだろうか。泣いてくれるだろうか。胸が締め付けられるようだった。その答えを知るのは怖い。


 だから――。


 二人でここを生き延びよう。


 音が飛ぶ。二度目の瞬劫。だが、先ほどよりも時間の流れが速い。リザードマンのときを入れれば今日は三度目。明らかに効果が弱まっている。


 それでも、この瞬間だけは。


 レイの方が――――速い。


 ゼロワンの手首に刃が食い込んだところで時間の流れが戻った。そのまま切り飛ばそうと振り上げるが、手首を捻った一撃に弾かれる。


「喜べクソったれ。俺に傷を付けたのはてめえが初めてだ」


 骨を断つには至らなかった。それでも損害は与えられた。ゼロワンは顔を顰めて刀を右から左へ持ち替える。


「だがよ、どんどん遅くなってるってこたぁ……何度も使えねえんだろ?」


 レイは悟られまいと表情を消した。そのことにゼロワンが確信を持てば、次は全力で攻めてくるだろう。そのときに瞬劫が発動する確証はない。


「だんまりかよ。ま、言えるわけねえよな。それより気になってることがあるんだがよ。てめえ、アクセルなしでどうやって強化してんだ?」


 的外れな質問にレイは呆気にとられ、表情を崩してしまう。それを見て眉を顰めたゼロワンが、不愉快そうに声を荒らげた。


「しらばっくれんじゃねえ。他の奴には見えなくたって、俺には見えてたんだぜ。速度が跳ね上がる瞬間、てめえの目が赤くなってたことをよ!」

「赤く……なっていた……」


 自覚はなかった。アクセルを使ったときのような感覚はなかったし、疲労感という点を除けば、能力が著しく下がる副作用も出ていない。だが、ゼロワンの言っているように瞳が赤みを帯びていたというのなら、間違いなくアクセルの効果だ。


 分からない。いずれにせよ、レイのすることは変わらない。

 ゼロワンの手首は一向に治る気配を見せない。レイの視線に気づいたのか、ゼロワンは自嘲気味に笑った。


「俺の治癒能力は『F』。虚番の中で最下位だ」


 当然、そのランクはレイよりも低い。


「だがよ、治癒能力なんざ当たらなけりゃ必要ねえ。要は攻撃を当てられる前に殺りゃあいいわけだ」


 ゼロワンの双眸が鋭く尖る。刃物のように研ぎ澄まされた殺意に、レイは己が心臓を掴まれたような錯覚を抱いた。


「自惚れんな。五〇位が一位に勝てる道理なんざ――」


 来る。そう思ったときには刃が胸を貫いていた。


「――ねんだよ」


 耳元で投げられたそれはどこまでも非情で、力強く、信念の通った言葉だった。


 刀が引き抜かれ、傷口から血が噴水のごとく飛び出た。

 全身の筋肉がまるで言うことを聞かない。膝が折れ、抵抗することもできず地面に崩れ落ちた。滑りのある温度が広がっていく。緑の匂いがあっという間に鉄のそれに変わった。


 おびただしい量の血液に、心臓を貫かれたのだと悟った。末端から感覚が失われ、冷たくなっていくような気がした。それが死に近づいている証しなのだと知って、何故か安堵した。

 もうすぐユリのところへ行ける。そうしたら、まずは謝らなければならない。ユリを守れなかったこと。それから、生き延びられなかったこと。きっとすごく怒られる。


 心残りはハルナを逃がせなかったことだ。それだけが本当に悔やまれる。できれば、もっとグンマーを案内して欲しかった。もっと知りたかった。この土地のことも、彼女のことも。


 何だか、胸がざわついてきた。


 この後、ハルナはきっと碌な目に遭わない。何かに利用されるのか、それともダルマとともに持ち帰られるのか。研究材料にされてしまうかもしれない。身体中をいじられ、耐え難い苦痛を受け、精神を犯される。人としての尊厳など与えられず、モルモット同様の扱いを受けるのだろう。

 カロン部隊のみに与えられた重要な任務なのだから、ハルナの価値は計り得ない。


 生きものを愛し愛され、敵であろうと不殺を望んだ彼女。

 地上から来たよそ者のレイを助け、食事を振る舞い、悲しみを分かち合ってくれた彼女。

 優しすぎる彼女。


 遠くで悲鳴が聞こえた。レイの名を呼ぶ声。応えたくても、もう喉が動かなかった。


 失意の中で思う。

 誰かが守ってあげないといけない。

 世界中にはびこる悪を退け、彼女の身も心も汚れないように。


 けれど、それは自分の役目ではなかった。


 誰か、彼女を助け――


『誰か、などという都合のいい存在が来るわけないでしょう』


 それは男の声だった。青年のようでありながら、静かで穏やかな声色。耳からではなく、頭の中に直接響くようだった。聞いていると、何故かとても懐かしい気分になる。


 ――誰だ。


『そんなことはどうでもいいでしょう。それよりも、自分ではない誰か、なんて酷い願いだと思いませんか』


 ――できれば助けたかった。だが、もうこの身体は動かない。


『それで?』


 ――託すしかない。代わりに、ハルナを守ってくれる誰かに。


『あなたが一番よく分かっているのではないですか。そんな都合のいい奇跡なんて起こらないことを』

 ――それでも。願うしかないだろ。

『何故ですか』


 そんなことは決まっている。ハルナを助けたいからだ。

 彼女が約束してくれたように、レイもまた、彼女に降りかかる悲しみをすべて取り払ってあげたいと思ったからだ。

 レイの心中を読み取ったかのように、男は言った。


『だとしたら、願いが間違っているのではないですか』


 ――間違って、いる? 助けたいと思う気持ちが?


『いえ。そうではありません。彼女を助けたいと思うのなら。彼女を助ける誰かが、どこにもいないのなら。あなたが、その手で助けるしかないでしょう』


 口を開き掛けたレイを遮るように男は続ける。


『願いとは己が心に火をくべることです。わずかな灯火でも、絶やさなければ望みは繋がれる。たとえ絶えてしまっても、また灯せばいい。絶望の淵に立たされようと諦めず願い続ければ、いつか希望を掴み取ることができる』


 それは命が尽きるまで抗い続けることだ。死を前にしても生を諦めないことだ。妥協せず、這いつくばってでも前に進むことだ。


 何度も何度も何度も。

 叶わないと知ってなお、理想を抱き続ける地獄。それは死よりも辛く、険しい道だ。

 できるだろうか。その不安を男は笑って一蹴する。


『私に出来たのですから、あなたにもできますよ。それに、レイという名は、何もないという意味ではなく、一縷という意味を込めて、あなたを大切に思う人がつけてくれたのではないですか。どんなときでも、希望を手放さないように』


 Ray――英語で光線の意味を持つその単語は、一縷という意味も併せ持つ。


 ユリの顔が浮かんだ。子供の頃、彼女につけられた名前だから、そんな風な意味があるとは思えない。それでも、もし、そう考えてくれていたなら。そういう人間であって欲しいと彼女が願ったなら。


 応えたいと思った。

 助けたい。他の誰でもない自らの手で、ハルナを。


『名とは存在を定義するものです。同時に、世界を一つではなく、無数の個体からなる集合体として区別し、認識するためのものでもあります。名を知らなければ、真の力は発揮できません。その刀の名をお教えしましょう。幾多の戦いを駆け、最期の一瞬まで我が信念とともにあったその名は――』


 ぴちゃりと、水面を叩く音が響く。その場のすべての視線が一カ所に集まった。


「嘘だろ、おい」


 ゼロワンの乾いた笑み。

 レイも同感だった。身体が軽い。胸に手を当てると、傷はどこになかった。肩も同様。それが自分の治癒能力でないことは明らかだ。あの男の仕業だろうと、レイは顔も知らない誰かに感謝する。正体を知りたい気持ちは、それよりも強い想いに上塗りされた。


 これで、ハルナを助けることができる。


 ハルナはゼロワンに腕を掴まれ、強引に連れて行かれようとしていた。その頬は涙に濡れ、嗚咽を漏らしながらレイの名を呼ぶ。


「今、助ける」


 銀光閃く刀を握り締め、その名を口にする。


「――瞬劫雷切(しゅんこうらいきり)


 雷神を切ったと言われる雷切。そして、奇しくもレイの能力と同じ名を冠するその刀は、雷が駆け抜ける瞬きの刹那を引き伸ばし、光速を超えた一刀で雷をも切り伏せる名刀。


 レイの瞳が鮮血のように赤く染まる。

 世界からば一ミリ秒にすら満たない時間。だが、レイにとっては一秒よりも長い時間。


 光速にも及ぶ一振り。風を裂く音すら遅れる一閃。


 しかし、虚番の頂点に君臨する強者は、その速度にすら肉薄する。


 剣戟の音が轟き、二人を中心に風が吹き荒れる。

 ハルナの悲鳴。だが、それに気を配る余裕などレイにはなかった。


「おいおい、生き返ったかと思えば、さっきより速度上がってんじゃねえか!」


 赤い瞳をギラつかせ、ゼロワンは口端を吊り上げる。獰猛な双眸が歓喜に打ち震えるように揺れる。全身を包む白い光は、靄と呼ぶには輝きが強過ぎる。


「アクセルは久しぶりだからよ――――手加減なんざできねえぜくそったれがあああ!」


 凄まじい重圧。肌を切られるような痛みが全身を駆け巡る。瞬劫を持ってしても肩を並べるのがやっと。それでもこの瞬間、レイは虚番一位と同じ土俵に立っていた。


 一合、二合、三合と幾度も切り結ぶ。その一振り一振りが必殺。剣戟の余波が草を刈り、地を裂き、湖の水面さえ揺らす。常人には知覚さえ出来ない世界で、二人は刹那の攻防を繰り返す。

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