78話 小さな覚悟
時間は少しだけ遡る。
―――◇―――◇―――
「た、助けてく」
グシャ
『チッ、また一人殺られたか』
仲間内でも強い部類にいる男が、頭をザクロみたいに真っ赤に咲かせてから地面に倒れ、暫くするとポリゴン化して消えていった。
そいつを瞬く間に殺した【ヤツ】が持つ巨大な爪は、強固な鎧すら容易く切り刻む。
「円形陣を解くな!個別に狙われるのがオチだ!」
いつもなら俺の命令に従う奴らが、あまりの混乱さに慌てまくり隊列を乱しては狩られていく。
『クソッタレが!! どうしてこうなった!?』
幸運にも無料で手に入れた情報から、あの村で待ってさえいれば良かったはずなのに、つい仲間が欲を出して『ついでにやろうぜ』と言ったのが裏目になった。
だがそれだけでは納得が出来ない。
『理由は簡単だ、全部あのクソ女のせいだ!』
アイツに殺られてから何かがおかしくなったのは間違いない。
「た、助けてレブさん!!」
「痛え!痛えよ!」
「腕が……俺の腕が!?」
周りの阿鼻叫喚は収まるどころか、どんどん酷くなっていく。
『……ここまでか』
「テメエら、これ以上維持はできねぇ! 各自散開して村へ戻れ! そうすりゃ奴の狙いもブレる!
死にたくなかったら足を引きずってでも走りやがれ!」
死ぬのぐらいはどうってことはない。
痛いのだって耐性があるし、痛覚設定を緩めているから耐えられるはずだった。
……なのに、
『痛覚設定が強制的に最大にされた攻撃に、死んだら五つもレベルダウンするなんて聞いたことがねぇぞ』
強制戻りした奴らと会話はできないが、強制戻りで表示された一覧に載った奴が皆、レベルを五つ下げていた。
それに、俺が受けた攻撃だって掠り傷レベルだったのにも関わらず、そのダメージは脳天に突き抜けるほどの痛みで思わず叫びそうになるほどだった。
「フザケンナ!」
絶対に生き延びてやる。ヤツの攻撃も見えてきたから、もう一度仕切り直して戦えば勝てるはずだ。
……例えそれがコイツ等全員を盾にした結果だったとしても。
―――◇―――◇―――
「ここが村の入り口……」
色々なことがあったとしても、とにかく村へ行く必要があると判断したわたし達はゲーニスの入り口まで来ていた。
しかし、村の入り口には木材と鉄の鎖で組み立てられた堅固な関が。そしてその前には、見るからに屈強そうな戦士が数人、門番として立ちはだかっていた。
「……前はこんな物なかったぞ?」
ハルの声が聞こえたのか、門番がこちらを見ると威圧的に話しかけてきた。
「おい、お前たちは異邦人の冒険者だな?」
「……そうだが」
「ならばここから先へは通すことはできない! 早々に立ち去ってもらおうか」
こちらの話を全く聞く気がない応答には、取り付く島もない。
「ちょっと良いかしら? 私達は王家からの依頼でシーレフからアルブラに向かう所なの。ここを通りたいだけなのだけど?」
「お前は……違うようだな、あと横の男性も。その二人だけであれば通っても構わない。だが、残りの三人は通すわけには行かない。
二人だけ通るか、もしくは皆でここに待機、それか引き返して別の道から向かって欲しい。以上だ」
マチュアさんとロイズさんを見て、門番の男性は二人にだけ関を通る許可を出す。
「なぁ、とりあえずそれは置いておくとして、中に怪我をした人がいると聞いているんだが」
ロイズさんがそう話しかけると、門番の一人が「ああ、そうだ」と頷く。
「私と今の男性、あと後ろにいる女性は見ての通り神官なの。怪我をした人が大勢いると聞いてきたわ。差し支えなければ、怪我をした人達の治療だけでもさせてほしいの」
「その申し出は正直なところ有難い。だが、やはり異邦人の冒険者は通すわけにはいかないんだ、分かって欲しい」
『この人達もあくまで命令として、わたし達異邦人を通すわけにはいかないだけ……だったら』
「ロイズさん、マチュアさん。二人は先に村の中へ入って怪我をされた方の治療をして下さい」
「だけど……」
「お願いします! 今行かない事で取り返しがつかないようなことが起こるのだけは避けて欲しいんです」
「わかった、マチュアも良いね」
「うん……」
わたしの思いが伝わったのか、ロイズさんがマチュアさんを促して関へ進むと
ギィィ……
「では貴方達は中へお願いします」
門番の一人が合図を送ることで、重厚な音と共に関の扉が開く。
「先に行ってるわ、治療が済み次第ここの責任者に掛け合うから待ってて!」
そう行ってマチュアさんとロイズさんは中へ進んで行く。
『あとは……』
二人が行ったことで変わるかもしれないけど、人手は少しでも多い方が良いはず。だったら……
「あの……すみません」
「なんだ?」
さっきのやり取りから、たぶん今わたしの近くにいるこの人がここの責任者だと思う。この人さえ説得できれば……
「お忙しいのは重々承知しています。ですが、いまこのような事態になった原因だけでも教えて頂けないでしょうか」
「知ってどうする」
さっきまでに比べれば少しはトゲのない返答になったような気もするけど、まだまだ警戒はされたまま。
『とにかく普通に会話ができるレベルにしないと話も進まない。だから』
「……わかりません。ですが、もしかしたらお手伝いが出来るかもしれません」
「出来たとしても今は無理だ。俺も含め、残念ながら異邦人は警戒の対象でしかない……信頼関係が崩壊してしまっているんだ。例えそれが無手の相手であったとしても、勘ぐってしまうんだよ」
あぁ……完全にこちらを、異邦人全てを拒否している。今のわたしが見たままの状態、武器を持っていないとしても『何かされるのではないか』と思われてしまうんだ。
『いったい誰が、何をしたのよ!?』
これ以上聞いても教えてくれるかどうか……
『だったら手段を選んでいる暇もない』
わたしは意を決すると再び話しかける。
「今からわたしがあなた方へ危害を加える気がない事、そういったものを何も身につけていない事を証明します。ですからそれを見て判断して下さい。
わたしがしたい事はただ一つ、我々異邦人のせいで怪我をされた方を治療したいだけです」
そう言い切ると、わたしは少しだけ躊躇った後、身につけている神官服を脱ぎ捨てた。
「お、おい!なにをするつもりだ」
門番の男性が驚きの声を上げている間にも、手袋・ブーツを外してスカートも脱ぎ去ると、タンクトップにスパッツだけの状態になる。
「リア、やめろ!」
「ハルは黙ってて……こ、これでもまだ足りなければ」
そう言ってタンクトップに手をかけると、
「止めなさい!」
関の横にある櫓の上から、一人の騎士が飛び降りるとこちらへ向かって来る。
「隊長、これ以上は見ていられません。あなたももう止めなさい」
凛とした声が響くと、タンクトップを掴むわたしの手を強引に引き離す、女性の騎士が現れたのだった。




