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翌日、涼音はバーで歌手として活動するまめの変装の準備を進める傍ら、最大の課題に直面していた。
涼音は大親友の林 萌萌をカフェに呼び出し、この計画を実行するための作戦会議を開いていた。
「……で? 夜な夜ナ屋敷を抜け出してバーで歌うのはいいとして、安全面はどうするわけ? 涼音、あんた黙ってたら守ってあげたくなる儚げ美女なんだから、夜の街なんて狼だらけよ!?」
カフェの個室で、 萌萌が身を乗り出して身を乗り出して心配そうに眉をひそめていた。
「大丈夫。だからプロのボディガードを雇うことにしたの」
「ボディガード!? お金は大丈夫なの?」
「今まで貯めたお小遣いがあるから問題ないわ。それと……萌萌、例の件もちゃんと依頼に入れておくから」
「例の件って……まさか、お酒!?」
萌萌がガタッと肩を揺らした。
「そうよ。私、お酒を一滴でも飲むと……『抱きつき魔』兼『キス魔』に変貌しちゃうでしょ? 自覚はあるの。だから絶対に一滴も飲まないし、万が一の時もボディガードに守ってもらうわ」
「本当によ!? あんたの酒癖、普段のサバサバした性格から想像もつかないくらい甘えん坊の怪物になるんだからね! ボディガードの人にも『絶対に酒を飲ませるな』って念押ししておきなさいよ!」
萌萌の熱い念押しに苦笑いしながら、涼音は変装を終え、その足で街で一番手堅いと評判のプライベート・セキュリティ会社へと向かった。
◇
重厚なビルのフロアに入ると、対応に当たったのは丁寧な物腰の事務担当者だった。
涼音は身分を隠しつつ、細かな依頼条件を提示した。
週に3回、夜7時に指定の場所へ車で迎えに来ること。バーで歌っている間は客を装って店内で見張り、万が一の時には確実に守ること。そして――「絶対にお酒を一滴も飲ませないこと」。
「内容はお預かりいたしました。条件に合う要員を調整し、後ほどお返事いたします」
事務担当者が深々と礼を送り、涼音はその場を後にした。
すれ違いざま、ガラス張りの廊下を歩いていく一人の男と肩がかすめそうになる。
仕立ての良いスーツを纏い、背が高く、氷のように冷ややかな雰囲気を纏った男――傅 墨言だった。
一瞬だけ二人の視線が合ったものの、涼音はそのままエレベーターへと乗り込んでいった。
「……今の客か?」
墨言は立ち止まり、事務担当者に問いかけた。
「ええ、社長。少々変わったご依頼でして……週3回、夜のバーで歌う女性の送迎と、客を装った店内での警護です。それと、酒を一滴も飲ませるなという厳命付きの依頼でして」
事務担当者が苦笑しながら伝えると、墨言は廊下の先をじっと見つめた。
あの儚げで繊細そうな後ろ姿。一見すると、夜の街など到底似合わない上流階級の深窓の令嬢だ。それなのに、夜のバーで歌うためにわざわざ秘密裏にボディガードを雇うという。
(面白い……何か深い事情がありそうだな)
本当はこの会社の社長であり、街一番の富豪・傅家の長男でもある墨言。退屈な日常に飽き飽きしていた彼の胸に、ふっと好奇心が芽生えた。
「その依頼、俺が受ける」
「えっ!? 社長ご自身がですか!?」
驚く部下を余所に、墨言は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「ああ。車の用意とスケジュールの調整をしておけ」
素知らぬ顔で彼女の「秘密」に付き合ってやるのも、悪くない――。そう決めた墨言の瞳が、静かに光っていた。




