第二十話:交渉 ― レヴァンティアの値段
レヴァンティア王城。
広間へ続く回廊には人影こそ少ないが、整えられた足音だけが規則正しく響いていた。
窓の外には、秩序を取り戻した市街。
荷車は途切れることなく行き交い、兵と商人が同じ流れの中で動いている。
この街は――勝っている。
その王城の一室へ――
白旗を掲げた一団が通される。
「……来ました」
レオンが低く言う。
「予想より早いな」
レオンは窓辺に立ったまま、振り返らない。
「敗者は、決断が早い」
その背後。
重厚な椅子に腰掛ける男――王が、静かに口を開いた。
「……売るのだな」
確認ではない。
意思の共有だった。
レオンは短く答える。
「はい」
「敵であっても、か」
「だからです」
間を置かずに返す。
王はわずかに目を細めた。
「国を太らせる気か」
「飢えた国は暴れます」
レオンは窓の外を見たまま言う。
「だが、腹を満たした国は――依存する」
沈黙。
その言葉の意味を、王は理解していた。
「……なるほどな」
低く笑う。
そのとき――
「兄上、それは――」
控えていた若い男が一歩出る。
第二王子、アルベルト。
「敵を助ける行為です」
まっすぐな視線。
まだ熱を持った声。
レオンはゆっくりと振り返る。
「違うな」
「延命だ」
アルベルトの眉が寄る。
「同じことです」
「違う」
レオンは淡々と否定する。
「死なせたら終わる」
「だが生かせば、何度でも搾れる」
空気が、わずかに冷える。
アルベルトは言葉を失う。
王は、そのやり取りを黙って見ていた。
やがて――
「続けろ」
一言だけ告げる。
判断は下された。
・会見
粗末な天幕。
だが中に流れる空気は、どの王城よりも張り詰めていた。
「……本日は、時間をいただき感謝する」
使者が深く頭を下げる。
所作は完璧だ。
だが、その呼吸は浅い。
「要件は分かってる」
レオンは椅子にもたれたまま言う。
「食料と物資だろ」
使者の喉が、わずかに鳴る。
「……その通りです」
「で、いくら出す?」
あまりに直截。
一瞬、空気が止まる。
「……まずは、量の取り決めを――」
「ある」
遮断。
「必要な分、全部だ」
使者の目が揺れる。
「……価格は、市場に準じ――」
「市場はここだ」
レオンは静かに言い切る。
「そして、ここを決めるのは俺だ」
沈黙。
主導権が、音もなく奪われた。
・条件
「倍だ」
短く告げる。
「……は?」
「通常の二倍」
「それは……あまりに――」
「なら三倍でもいい」
間を置かない。
「選べ」
視線が突き刺さる。
「買うか、飢えるか」
使者の拳が震える。
「……我が国は大国です」
絞り出す声。
「いずれ体勢を立て直し――」
「いいね」
レオンは頷く。
「その時はまた来い」
「ただし、その時の値段は上がってる」
事実として告げる。
それが何より重い。
・譲歩
「……条件を提示する」
使者が顔を上げる。
「金に加え、報復を行わないこと、関税の優遇、交易路の開放――」
「いらない」
即断。
「現金だ」
「……っ」
・本音
使者が、ふと問いを落とす。
「……なぜ、我々に売るのですか」
「敵でしょう」
レオンは少しだけ考え――
答える。
「死なれると困る」
「……は?」
「客だからな」
沈黙。
理解が、遅れて広がる。
「……あなたは」
使者の声が揺れる。
「戦争を、何だと思っている」
レオンは迷わない。
「商売だ」
・契約
長い沈黙の後。
使者は、深く息を吐いた。
「……分かりました」
「条件を受け入れます」
副官が小さく笑う。
「賢明だ」
「……背に腹は代えられません」
・署名
契約書が差し出される。
震える手で、名が刻まれる。
その瞬間――
戦の形が、また一つ変わった。
・外
天幕を出ると、列をなす荷車。
見張る傭兵。
「どうでしたか?」
部下が聞く。
副官が肩をすくめる。
「上客だ」
「いくらで売った?」
「倍だ」
口笛が鳴る。
・レオン
レオンは遠くを見ていた。
レヴァンティアの城壁。
その内側で、人と物が動き始めている。
「……次が来るな」
「他の国ですか?」
副官。
レオンは頷く。
「飢えは平等だ」
一瞬、間を置く。
「だが、値段は平等じゃない」
・王城
会見の報が届く。
アルベルトが低く言う。
「……本当に、これで良いのですか」
王は静かに答えた。
「良い悪いではない」
「勝つための形だ」
「だが――」
アルベルトは言葉を詰まらせる。
王はゆっくりと立ち上がる。
「覚えておけ」
その声は重い。
「国は、正しさでは動かぬ」
「動くのは、利益だ」
沈黙。
弟アルベルトは何も言えなかった。
その日。
戦場は消え、剣は下ろされ、
代わりに積まれるのは、袋詰めの金。
血の代わりに流れるのは、金。
そして、それらすべての流れを握るのは――
弱小国だったはずのレヴァンティアの第一王子だった。




