第12話
~インカータ sideセレス~
(後ろには、グレイさんがいる……!)
渡された拳銃を両手で握りしめる。
自分が緊張していることを、拳銃を握る手が湿っていることから気づかされる。
背後では、グレイさんとヴォルティスが目に追えない早さで討ち合っている。
(私なんかが加勢したところで足手まといになるだけだ..。なら、せめて背中だけは……こいつらの足止めだけはしてみせる!)
「このくそ女が!ぶっ殺してやる!」
怒号とともに、いの一番に攻撃を仕掛けてきたのはディスタだった。
腰に差していた長剣を魔力で纏い、突き出してくる。
(早いけど....さっきのと比べたら全然問題ない!)
私は首を捻って剣先を避け、すかさず魔力で強化した蹴りをディスタの顔めがけて放つ。だが、ディスタはニヤリと笑い、硬く強化した左腕で私の蹴りを受け止めた。
「甘ェんだよ!!」
ディスタが叫んだその瞬間——私の背後と右側面から、二つの黒い影が同時に飛び出してきた。
「——ッ!?」
右から鉄パイプが私の脇腹を薙ぎ払い、背後からは逆手に持ったナイフが首筋を狙ってくる。
私はディスタを蹴った反動を利用して、床に転がって間一髪で攻撃を回避した。
ガキンッ! ズガァッ!
私が一瞬前までいた空間を凶器が交差する。
しかし、息をつく暇すらない。
転がった私の視界の端で、さらにもう一人の男が銃口を向けているのが見えた。
パァン!!
「ッ……!」
咄嗟に近くのひしゃげた机の裏へ滑り込んだが、銃弾が私の太ももを掠め、ズボンが血で赤く染まる。
痛みに顔を歪める間もなく、隠れた机の天板に次々と銃弾と刃が叩き込まれ、木端が雪のように舞い散った。
「ヒャハハ! ネズミみたいに逃げ回りやがって!」
「囲め囲め! 穴だらけにしてやれ!」
(怖い、怖い怖い怖い……ッ!)
手足がガタガタと震え、視界が汗で滲み、ぼやけていく。
四方八方からの殺意。
休む間もなく飛んでくる攻撃。
一人を対処すれば、その死角から別の敵が襲ってくる。
対処が全く追いつかず、私の頬や腕に小さな切り傷が次々と増えていく。
「おらおら! だんだん動きが鈍くなってんじゃねェか!」
「一人で6人相手にできるわけねェだろが!」
嘲笑う声が、私を真綿で首を絞めるように追い詰めていく。
(……どうしよう。このまま防戦一方で体力を削られれば、グレイさんの戦いが終わる前に私が殺される!)
逃げ場はない。机の裏に隠れたままでは、いずれハチの巣だ。
(なら……ここで、全部賭けるしかない!)
私は激痛の走る足に限界まで魔力を込めた。
「おい、弾切れだ! 引きずり出せ!」
男たちが油断し、リロードのために動きを止めた。
ディスタがトドメを刺そうと、ニヤつきながら長剣を構えて机に近づいてくる。
その、一歩を踏み出した瞬間。
「……死んでたまるかァァァッ!!!」
私は隠れていた重い机を、下から蹴り上げるようにしてディスタの顔面めがけて全力で蹴り飛ばした。
「なッ!?」
飛んできた机に、ディスタは一瞬だけ面食らい、慌ててバックステップを踏んで回避する。
「そんな子供騙しみたいな攻撃——」
——喰らうかよ、とディスタが言い終わるより早く。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
私は蹴り飛ばした机の後を追うように高速で飛び出し、空中に浮かんだその机を足場にしてさらに高く跳躍した。
「ちぃッ! 小賢しい真似を!」
ディスタが上空の私を迎撃しようと長剣を振り上げる。
だが、落下軌道に乗った私の方がわずかに早い。
私は全身の魔力と体重を乗せた右足で、ディスタの顔面めがけて渾身の踵落としを振り下ろした。
バキッ!!
「グァァァァッ!!?」
頭蓋骨が砕けた音が響き、ディスタの体が床に叩きつけられる。
私は着地と同時に、ディスタの手から離れた長剣を拾い上げ、右手で剣を、左手で拳銃を構えた。
「ディスタさん!? てめェ、よくも!!」
怒り狂った男の一人が、ナイフを逆手に持って死角から飛びかかってくる。
「——ッ!」
私は拾ったばかりの長剣を盾にするように掲げ、ギリギリでその凶刃を受け止めた。
ガキンッ!
甲高い金属音が鳴り、両腕にビリビリと痺れが走る。
大人の男の腕力に押し負けそうになるも必死に堪え、私は銃口を男の足元へ向けて無造作に引き金を引いた。
パンッ!
「うおっ!?」
銃弾がタイルの床を砕き、破片が飛び散る。
男がたたらを踏んで後退した隙を見逃さず、私はさらに前へと踏み込んだ。
休む間もない。
今度は左右から同時に、鉄パイプと短剣が迫ってくる。
(全部は防げない……なら!)
私は姿勢を低くして右の鉄パイプを避けながら、左の男の太ももめがけて長剣を横薙ぎに振るった。
「ギャアッ!」
肉を裂く手応えと共に血飛沫が舞い、一人が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
だが、避けたはずの鉄パイプが、私の左肩を容赦なく打ち据えた。
「ぁがッ……!」
骨まで響く鈍い痛みに、一瞬目の前が真っ白になる。
拳銃を取り落としそうになるのを、気合いだけで握り直した。
(ここで立ち止まったら、死ぬ!)
私は痛みを噛み殺し、無我夢中で近くにあったひしゃげたテーブルを蹴り飛ばして目眩ましにし、大きく距離を取る。
そして、体勢を立て直そうとする残りの男たちへ向け、威嚇するように銃弾を2発放った。
パァン! パンッ!
「このアマ、撃ちやがった!」
「隠れろ!」
銃声と硝煙の匂いにビビった男たちが、慌てて物陰に身を隠す。
(……よし。これで、一気に囲まれることはない)
息は上がり、全身は汗と血でベトベトだ。
左肩は熱を持ったように痛み、剣を握る右手は鉛のように重い。
それでも、私の心から先ほどの動揺は消え去り、グレイさんにこの場を任されたことへの覚悟が生まれていた。
相手はまだ4人いる。でも、勝てない相手じゃない。
「……かかってこい!」
私は血の滲む唇を拭い、ひしめく男たちを真っ直ぐに睨みつけた。
「誰一人グレイさんのところへは行かせない!!」
怒号と悲鳴、銃声と剣戟の音が、インカータの狂騒に溶け込んでいった。
~インカータ sideグレイ~
背後から聞こえるセレスの気迫のこもった声に、俺は口角を上げた。
(……どうやら、セレスの心配はしなくてよさそうだな。ただ、これ以上いたずらに長引かせてはどうなるかわからんか。あいつに甘えるわけにはいかないな)
「おい、ヴォルティス!何してやがる!立て!」
俺の鳩尾への一撃を食らい、膝をついて血を吐くヴォルティス。
その後方で、ボスのドルガが安全圏から唾を飛ばして喚き散らしている。
「ゴホッ!申し訳ありません!」
「さっさとあいつを片付け..ッ!」
「双影転置」
俺はヴォルティスに怒鳴り散らしていたドルガの背後に一瞬で移動する。
「お前も攻撃対象だってこと、忘れてないか?」
「なっ、貴様いつの間に——」
振り向こうとしたドルガの延髄に、俺は容赦なく手刀を叩き込む。
「グハッ……」
白目を剥いて崩れ落ちるマフィアのボスを一瞥し、俺は再び、ゆっくりと立ち上がりつつある巨漢へと向き直った。
「ブラフで魔法を唱えるとはな。嫌らしい。俺は常に魔法が使われた場合とそうでない場合を想定して動かんといけないという訳か。ゴポッ!」
地面にわずかに血だまりができる。
「見事だグレイ..。だが!見かけだましの技は俺には二度は通じないぞ!」
そういうとヴォルティスが床を蹴り砕いて突進してくる。
俺は正面から大剣を迎え撃ち、激しい剣戟が再び火花を散らした。
ガガンッ! ギギィィィンッ!!
やはり一撃一撃が重い。
だが、ダメージの影響か、さっきよりも剣の軌道が読みやすい。
俺は大剣の連撃をいなしながら、カウンターでヴォルティスの左肩、右大腿、そして胸元へと、警棒の鋭い突きを連続で叩き込んだ。
「ゴハッ……!」
ただの物理的な打撃ではない。警棒が触れた瞬間、俺自身の魔力を奴の身体へと深く撃ち込んだ。
(……よし。確実に三発、入ったな)
俺の打撃を食らって大きくよろめく巨漢を見据え、俺は静かに告げた。
「終わりだヴォルティス。お前の負けだ」
だが、ヴォルティスの瞳に宿る闘志の炎は、全く衰えていなかった。
「……諦める? 馬鹿にするな」
ボロボロの身体を引きずり、ヴォルティスが大剣を両手で構え直す。
「俺は戦士だ。己の命の炎が消えるまで、決して逃げはしない!!」
(満身創痍でこの魔力……。純粋な戦士。厄介だな)
「グレイ!! これが俺の全霊だ! 受け止めてみせろォォォッ!!」
ヴォルティスの絶叫と共に、店内の空気が一気に収束していく。
暴風が渦を巻き、彼の大剣を中心にして、巨大な竜巻が形成された。
竜巻はまるで意思を持つ本物の龍のようにうねり、周囲の壁や柱を紙くずのように粉砕していく。
「——『嵐龍』!!!」
店内を完全に破壊し尽くすほどの質量を持った風の龍が、俺めがけて一直線に放たれた。
触れれば一瞬で肉片すら残らずミンチになる、一撃必殺の暴風。
「死ねェェェッ! グレイィィ!!」
勝ちを確信し、ヴォルティスが咆哮を上げる。
俺は迫り来る死の暴風を前に、コートのポケットに手を突っ込み、ただ一言だけ呟いた。
「——『双影転置』」
「……あ?」
次の瞬間。
ヴォルティスの目の前にいたはずの俺の姿が、フッと掻き消えた。
そして、自分が放った絶望的な威力の嵐龍の進路の先に立っていたのは
——他でもない、ヴォルティス自身だった。
「な、ばか、な……ッ!!」
「グァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」
避ける間もなかった。
ヴォルティスの巨体は、自身が全霊を込めて放った竜巻の真っ只中へとほうり込まれ、無数の風の刃に全身を切り刻まれながら宙高く巻き上げられた。
血しぶきが舞い、暴風が通り過ぎた後。
全身を切り裂かれ、血まみれになった巨漢がドサリと床に墜落する。
「……さすがの俺でも、アレを正面から受けたら負けてただろうな」
俺は血まみれになり地面に倒れ伏すヴォルティスのもとへ歩み寄った。
「お、れと……位置を、入れ替えた……のか……」
虫の息のヴォルティスが、血まみれの顔をわずかに上げる。
「ああ。俺の能力は俺の魔力をマーキングした対象と位置を入れ替えることだ。
マーキングは一度入れ替わると消えちまうからな。……ここぞという時まで取っておいた」
「いつの……間に……ッ」
「さっきの鍔迫り合いの最中。お前の体に三発、警棒を叩き込んだだろ。あの時だ
あのときに俺はおまえの体に魔力を流し込んでいたっていうわけだ。」
「……ははっ。完全に、貴様の手のひらの上……だった、わけだ……それはかなわないな。」
満足げな、それでいて悔しそうな笑みを浮かべ、ヴォルティスはついに意識を手放し、がくりと首を落とした。
(……さて、セレスの方はどうなってるか)
俺が振り返ると、そこには血と汗にまみれ、肩で息をしながらも、6人の男たちを気絶させて立ち尽くす新人の姿があった。
(……大したもんだ。初任務で、自分の6倍の人数の敵を凌ぎ切るとはな)
「セレス。……状況は」
「はぁ……はぁ……ッ。敵、全員の……無力化に、成功しました……ッ!」
傷だらけになりながらも、誇り高く報告するセレス。
俺は短く「よくやった」とだけ返し、コートのポケットから通信用ヴォックスを取り出した。
「こちら魔法犯罪取締室のグレイ。違法薬物を販売していたスペリドのボス及び幹部連中を制圧した。——至急サルファゴスへの移送車を要請する。」




