第11話
攻撃を受け止めた俺の後ろでは、セレスが呆けた顔で俺を見ている。
(とりあえず間に合ったか。セレスが最初の攻撃をよけきれるかは賭けだったが....やっぱりこいつ肝が据わっていやがる)
俺は油断することなく目の前の敵を見据える。
大剣を押し返された巨漢の男——ヴォルティスは、俺の唐突な出現にも大きく動揺することはなかった。ただ、酷薄な瞳でスッと目を細める。
「……空間転移の類か。女の胸元にあったボールペンが、貴様の出現と同時に消えている」
(……ほう)
俺は口角を少しだけ上げた。
(この一瞬で、双影転置のタネを見抜くとは。こいつはただの脳筋じゃない)
「普通はそんな些末なこと気づかないんだがな..相当なやり手か。めんどくさいことこの上ない」
「そっくりそのまま返すぞ。おまえこそただもんじゃない。今まで俺の攻撃を真正面から受け止め切れた奴なんてほとんどいないぞ」
お互いの視線がぶつかる。
静寂な空気が店を支配する。
俺はヴォルティスの大剣を警棒で弾き返し、その反動を利用してセレスの前に着地した。
同時に、コートの内側に隠し持っていたオートマチック拳銃を引き抜き、背後のセレスへと放り投げる。
「....セレス立てるか?」
俺はそう声をかけると同時に、コートの内側に隠し持っていたオートマチック拳銃を引き抜き、背後のセレスへと放り投げる。
「あ……っ、はい……ッ!」
「周りの雑魚どもは、お前に任せる。……できるな?」
「——はいッ!」
恐怖を無理やり呑み込み、セレスが銃のセーフティを外す音が背後で響いた。
一方次第に冷静さを取り戻したドルガは、余裕な表情を浮かべる。
「まぁいい始末しなきゃならねぇ敵が一人から二人になっただけだ!おまえら、さっさとこいつらを叩き潰せ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
その命令を合図に、ヴォルティスがいの一番に、地鳴りのような踏み込みで俺の懐へと一直線に迫る。
そこに感情はない。
ただの仕事をこなすような、冷徹な一撃。
「行くぞ」
俺もまた、地面を蹴った。
ヴォルティスが魔力をまとわせた大剣を、横薙ぎに一閃する。
まともに受ければ、腕ごと胴体を両断される重い一撃。
俺は警棒に魔力を集中させ、刃の側面に滑り込ませて軌道を下に逸らす。
ガギィィィィィンッ!!!!
激しい火花が爆ぜ、大剣が空を斬る。
余波だけで周囲のテーブルが木っ端微塵に吹き飛び、床のタイルがクレーターのように陥没した。
「……ほう」
大剣をいなされたヴォルティスの喉の奥から、初めて感情の乗った低い声が漏れた。
奴は即座に大剣を引いて袈裟斬り、逆袈裟、突きと、正確無比な連続攻撃を繰り出してくる。
一撃一撃が、直撃すれば即死の質量。しかし——。
(力と速度は申し分ない。だが……大振りすぎるな。踏み込む直前、わずかに肩が沈む癖がある)
俺は冷徹に相手の動きを分析しながら、最小限の動きで剣戟を捌いていく。
右へ半歩ズレて突きを躱し、振り下ろされる刃は警棒の根元で受け流す。
巨躯から繰り出される猛攻の嵐の中にいながらも、俺は冷静に対処ができていた。
「……見事だ」
何度目かの打ち合いの末、ヴォルティスが自ら大きくバックステップを踏み、距離を取った。
その顔には、先ほどまでの冷徹な無表情はない。
……代わりに浮かんでいたのは、強敵を見つけた歓喜に頬を歪ませる、獰猛な武人の笑みだった。
「俺の剣をこうも真正面から防ぎ切った奴は、今までほとんどいなかった。近衛にこれほどの猛者がいたとはな。……俺はヴォルティス。貴様の名は?」
「グレイだ。……まぁ覚えておく必要はないぞ。おまえが今日以降日の目を見ることはねぇからな」
俺が余裕の笑みで返すと、ヴォルティスから立ち昇る魔力の質が、劇的に変化した。
熱だ。
戦いに対する強烈な熱が、巨漢の全身から立ち昇っている。
「グレイ......! いいだろう、久々に血が滾る!」
ヴォルティスが地を蹴った。
先ほどまでの「仕事」の動きとは全く違う、純粋な殺意と歓喜が入り混じった踏み込み。
巨躯から放たれたとは信じがたい速度で、大剣の切っ先が俺の眉間へと迫る。
(速ぇな……ッ!)
俺は首をわずかに傾けて刺突を躱し、そのまま警棒を大剣の腹に滑らせて、カウンターでヴォルティスの側頭部を狙う。
だが、奴は突き出した大剣の柄を力任せに引き戻し、強引に俺の警棒を弾き返した。
ガアァァァァンッ!!!!
骨身に響く金属音が弾け、互いの獲物が拮抗する。
至近距離で、ヴォルティスの血走った瞳が俺を射抜いた。
「ハッハハ! 素晴らしい反応だグレイ!!」
「そっちもな。ただのデカブツじゃないってのは認めてやるよ」
鍔迫り合いの力比べから、互いに弾かれるように飛び退く。
足が床につくや否や、ヴォルティスは再び猛然と距離を詰め、大上段からの脳天割り、横薙ぎ、斬り上げと、暴風雨のような連撃を叩き込んできた。
ギィン! ガガンッ! ギギィィィンッ!!
重い。
一撃一撃が、まるで岩をぶつけられているかのような質量だ。
俺は正面から受け止めるのを避け、警棒の絶妙な角度で刃を逸らし、受け流し続ける。
逸らされた大剣が床を抉り、壁を割り、店内の備品を破壊していく。
(これ以上長引くと店内の被害がでかくなりすぎる....そうなると逃げ切れてないやつらが危ない..!早急に対処しなければな)
「どうしたグレイ! 防戦一方だぞ!」
「……重てぇんだよ。まともに付き合ってたら腕がイカれちまう」
息もつかせぬ連撃を捌きながら、俺は軽口を叩く。 ヴォルティスの剣速はさらに上がり、大剣の軌跡が空気を切り裂く鋭い風鳴りを上げ始めた。
(剣術も、戦闘経験もプロの領域。その上でこの馬鹿力だ。……マフィアの用心棒の中で考えれば間違いなく最強格だな)
「はぁぁぁぁぁッ!!」
ヴォルティスが咆哮とともに、渾身の力を込めた大回転の斬撃を放つ。
俺は無理に受けず、大きく後方へ跳躍した。
大剣の切っ先が俺のシャツの胸元を浅く切り裂き、空を薙ぐ。
ズザァァッ、と靴底を滑らせて着地した俺の前に、ヴォルティスが大剣を肩に担いで立ち塞がった。
その全身からは、荒々しくも洗練された魔力が立ち昇っている。
「……見事だグレイ。俺の剣技をここまで凌ぎ切った貴様に、最大の敬意を払おう。俺の『全力』はここからだ」
ヴォルティスが大剣を頭上に掲げる。
歓喜に満ちたその瞳が、さらなる狂気を帯びて見開かれた。
「——『風神の舞』!!」
大剣を振り下ろした瞬間、暴風が巻き起こった。
ただの風ではない。極限まで圧縮された無数の風の刃が、散弾のように俺へと襲いかかる。
(……なるほど、これが本命か)
俺は即座に後方へ跳躍する。 コンマ一秒前まで俺がいた空間が、ズタズタに切り裂かれた。壁に深い爪痕が刻まれ、天井のシャンデリアが轟音を立てて落下する。
「ハハハッ! どうした、防いでみせろグレイ!!」
先ほどまでの冷静さが嘘のように、ヴォルティスが歓喜の咆哮を上げながら猛然と突進してくる。 大剣の直接攻撃と、死角から襲い来る無数の風の刃による複合攻撃。
シュガッ!
「……おっと」
俺の頬を薄く風の刃が掠め、一筋の血が流れる。
シャツの裾も数カ所切り裂かれた。
(さすがに、この数を全部避けきるのは骨が折れるな。……これ以上長引かせると、後ろのセレスにも流れ弾がいきかねない)
俺は迫り来るヴォルティスの大剣を警棒で弾き返しながら、懐から一枚のコインを指先で弾き出した。
カァン、と小さな音を立てて、コインがヴォルティスの頭上高くへと舞い上がる。
ヴォルティスの意識が、一瞬だけ宙を舞うコインに逸れた。
奴は優秀だ。だからこそ、俺の魔法の特性を理解し、俺があのコインと位置を入れ替えて、上空から奇襲してくると瞬時に警戒したのだ。
だが ……それこそが、命取りだ。
俺は小さく息を吸い込み、わざと奴に聞こえるように声を張った。
「——『双影転置』!!」
「——上かッ!!」
ヴォルティスは即座に反応し、上空のコインに向けて大剣を全力で振り上げる。
だが——そこには『何も現れない』。
「な……!?」
空を切った大剣。ヴォルティスが驚愕に見開いた視線の先。
俺は位置を入れ替えることなく、地上に留まっていた。
「魔法を使ったなんて、一言も言ってないぜ」
大剣を振り上げ、胴体が完全にガラ空きになった巨漢の懐。
そこに深く踏み込んでいた俺は、魔力を限界まで圧縮した警棒を、ヴォルティスの無防備な鳩尾めがけてフルスイングで叩き込んだ。
ドゴォォォォンッ!!!!
「グッ、ガボァァッ……!?」
内臓を破裂させるような鈍い音が響き、巨漢のヴォルティスが胃液を吐き出しながら、くの字に折れ曲がって壁へ叩きつけられた。
粉塵が舞う中、俺は上空から落ちてきたコインをパシッと片手で受け止め、静かに立ち上がる。
「……さて。準備運動は終わりだ。セレスここからは反撃開始だ」




