EP 5
商人の嗅覚と白金のディナー
勇太がマルストアの領主として赴任してから、数週間が過ぎた。
執事のルンベルスに託した「サツマイモ」と「ヒヨコ」の試験育成は順調に進み、廃棄される小魚を再利用した画期的な肥料「干鰯」作りのための施設も、ドワーフの鍛冶師ドルグの協力のもとで急ピッチで建設が進んでいる。
寂れていた港街は、若き新領主がもたらす革新的なアイデアによって、少しずつ、しかし確実に活気を取り戻し始めていた。
その日の夕暮れ時。
勇太たちは街の治安維持を兼ねた視察を終え、今日の夕食はどうしようかと相談しながら、潮風の吹く石畳の坂道を歩いていた。
「あ! 見てくださいユウタさん! あの丘の上にあるお洒落な建物!」
キャルルが兎耳をピンと立て、白い壁に飾られた看板を指さす。
「赴任してきた初日に見つけた『白金のレストラン』ですよ! 一度行ってみたいです!」
「へっ、たまには貴族様みてえな豪華なメシも悪くねえな! 領主様の奢りだしな!」
イグニスも自分の腹をバンバンと叩いて乗り気だ。
「よし、じゃあ今日はあそこで――」
勇太が頷きかけた、その時だった。
一行が街の中心にある『ゴルド商会・マルストア支店』の立派な建物の前を通りかかると、中から、どこかで見慣れた猫耳の商人が、部下たちに威勢よく指示を飛ばしながら出てきた。
「あかんあかん! あそこの棚はもっと見栄え良く並べんかい! 新商品の『特製ポーション』は一番ええ場所に置く! 商売は第一印象とハッタリが命やで!」
その小気味良い関西弁の響きと後ろ姿に、勇太たちは顔を見合わせた。
「……ニャングルさん!?」
勇太の声にピクリと猫耳を反応させ、振り返ったニャングルは、パァッと顔を輝かせた。
「あ~っ! ユウタはんやないですか! 皆さんもお揃いで! お久しゅうございます~!」
彼は商売道具の算盤を片手に、以前と全く変わらない人懐っこい笑顔で駆け寄ってくる。
「あれ、ニャングルさん。君は帝都本店の花形部署に栄転したんじゃなかったのかい? なんでこんな辺境の支店に……」
勇太は驚きを隠せない。
すると、隣にいたリーシャが、優雅に腕を組んでふっと冷ややかな笑みを浮かべた。
「あら。てっきり帝都の金庫から売上でも横領して、この辺境の地に左遷されたのかと思ったわ」
「何を縁起でもないこと言うてますのん、リーシャはん! もし横領してたら左遷やのうて一発で牢屋行きですがな! 失礼な!」
ニャングルは心外だと言わんばかりに、尻尾をタワシのように逆立てて抗議した。
「で~? なんでここに居るんだよ猫吉。悪い事してねえなら、こんな田舎に用はねえだろ?」
イグニスが単刀直入に尋ねた。
すると、ニャングルはニヤリとえびす顔で笑い、パチリとウインクをして人差し指を立ててみせた。
「決まってますがな。ワテは『デカい金の匂い』が大好きでしてな! 帝都の商人どもの間では、既に噂になってまっせ? マルストアの新しい領主様が、『ゴミから黄金の肥料を生み出す魔法の錬金術』を始めたってなぁ!」
ニャングルの商人の嗅覚たるや、恐るべきものだった。
「この大陸で今、一番チャリンチャリンしそうな場所。つまり、ユウタはんが治めるこのマルストアに、ワテ自ら『支店長 兼 特産品開発顧問』として志願して来ましたんや!」
彼はビシッと胸を張る。
「まあ……相変わらず、欲望に真っ直ぐなことで」
キャルルが呆れながらも、どこか安心したようにクスリと笑う。
「分かった分かった。驚いたけど、君がいてくれればこれ以上なく心強いよ。これからもよろしくな、ニャングル」
勇太が苦笑しながら手を差し出すと、ニャングルは両手でその手を力強く握り返した。
「はいな! お任せください! このニャングル、そしてゴルド商会は、ユウタはんの事業に全面協力させてもらいますさかい! 新しいモン作って、帝都の貴族ども相手にガンガン儲けまひょ!」
その夜。
勇太達は、日々の労をねぎらうため、そしてニャングルとの再会(彼は仕事で残ったが)を祝して、丘の上の「白金のレストラン」のテラス席で食事を楽しんでいた。
運ばれてきたのは、マルストア近海で獲れたばかりの白身魚と特産品の粗塩を使った『新鮮な海鮮カルパッチョ』。
ほろほろになるまで煮込まれた『ロックブル肉の赤ワイン煮込み』。
そしてデザートには、魔物トライバードの卵を贅沢に使った『超濃厚なとろけるプリン』だ。
どれも素材の味を極限まで引き出しており、帝都の超高級店にも全く引けを取らない絶品だった。
「いやー、美味い! 港街の魚は最高だぜ!」
イグニスがカルパッチョを大皿ごと飲み込む勢いで平らげる。
「このお魚、お口の中でとろけます~! プリンも甘くてほっぺたが落ちそうですっ!」
キャルルも幸せそうに頬を抑えている。
「ええ、本当に素晴らしい腕前のシェフね。……でも、少しもったいないわ。このお店、こんなに美味しいのに、他にお客さんが一組しかいないなんて」
リーシャが、少し寂しげな店内を見回して呟いた。
その言葉に、勇太はフォークを置いて街の夜景を見下ろした。
料理は最高だ。だが、マルストアの民にはまだ、こんなレストランで外食を楽しむような経済的余裕(お金)がないのだ。
(……この街を豊かにして、領民たちが毎日笑顔で、このレストランが予約で満席になるくらいにしないとな)
新たな事業のパートナー(ニャングル)も得た。
自分のやるべきことは、明確だ。
美味しい料理を囲む仲間たちの満足そうな顔を見ながら、勇太の心の中に、領主としての具体的な目標がまた一つ、温かく、そして力強く灯った夜だった。




