EP 4
浜辺の宝と領主の知恵
サツマイモとヒヨコの繁殖計画をルンベルスに託した数日後。
勇太は仲間たちと共に、自らの領地であるマルストアの現状をより深く知るため、活気ある港湾区を視察して回っていた。今日も執事のルンベルスが、新領主の案内役を務めている。
潮の香りとカモメの鳴き声が満ちる波止場では、多くの漁師たちが網の手入れをしたり、船の荷下ろしをしたりと忙しなく働いていた。ちょうど定置網漁から戻ってきたらしい数隻の船からは、次々と新鮮な魚が水揚げされている。
「へぇ……! アジやイワシみたいな小型の魚が、凄いいっぱい獲れるんですね!」
勇太は、木樽から溢れんばかりに飛び跳ねる銀色の小魚を見て感心して言った。
「わぁ~、ピチピチしてますね! 焼いたら絶対美味しいですよ!」
キャルルが目を輝かせて網を覗き込む。
「おう! だったら全部塩焼きにして、俺様が端から食ってやろうか!」
イグニスが豪快に笑うが、リーシャが呆れたようにため息をついた。
「いくらイグニスでも、あの量は無理よ。……それに、魚は足が早いわ。いくら豊漁でも、その日のうちに食べきれなければすぐに腐ってしまうもの」
リーシャの指摘に、ルンベルスは誇らしげだった表情をわずかに曇らせた。
「リーシャ様の仰る通りでございます。この近海は小魚の魚影が極めて濃く、一度網を入れればいくらでも獲れます。しかし……ご覧の通り、あまりにも大漁に獲れすぎてしまい、加工する人手や『塩漬け』にするための塩も保管場所も追いつきません」
ルンベルスが重い足取りで案内した先――波止場の外れの浜辺には、商品価値が低く、加工も間に合わなかった小魚たちが、文字通り「腐臭を放つゴミの山」として無造作に積み上げられて廃棄されていた。
「毎日、かなりの量をこうして捨てざるを得ない状態なのです。悪臭の苦情も出ておりまして、領主として頭の痛い問題で……」
その光景とルンベルスの言葉に、勇太は信じられないといった顔で立ち止まった。
「え? 捨てる? こんなに栄養の塊みたいなものを……? もったいない。なんで『干鰯』にしないんですか?」
「『ほしか』……とは?」
ルンベルスが、初めて聞く単語に首を傾げた。
「あ、えっと……余った魚の水分をカラカラになるまで天日で乾燥させて、細かく砕いて『肥料』にするんです。魚には窒素やリン酸といった土を豊かにする成分がたっぷり含まれているから、それを畑に撒くんです」
「魚を、畑に……!?」
ルンベルスの銀縁眼鏡の奥の瞳が、驚愕に見開かれた。
「そうです。そうすれば痩せた土の栄養になって、作物が爆発的に良く育ちます。特に、この前お渡しした『サツマイモ』のような作物を大量生産するには、最高の相棒(肥料)になるはずです」
勇太は言葉だけでは伝わりにくいと思い、その場でスッと手をかざして『地球ショッピング』を起動した。
「ええと……これこれ」
彼はポイントを消費して(20P)、一冊のフルカラー本を取り出した。表紙には、元気な野菜のイラストと共に**『図解! 一から始める肥料と土壌改良の基本』**と書かれている。
「ほら、これに図付きで書いてありますよ。魚を乾燥させて作る肥料は『魚肥』と言って、農業においては極めて価値が高いんです。それに――」
勇太は、商人としての視点も交えて付け加えた。
「カラカラに乾燥させれば『軽くて腐らない』ですよね? なら、農耕が盛んなのに海産物が手に入らない『内陸部の領地(貴族)』に売り込めば、とんでもない高値で飛ぶように売れる特産品になるはずですよ」
「な、ななっ……!」
ルンベルスは、勇太の持っている本と、悪臭を放つゴミの山(廃棄魚)を交互に見つめ……やがて、全身をわなわなと激しく震わせた。
捨てていた魚が、食料を爆発的に増やす土台になる。
それどころか、軽くて腐らない肥料そのものが、莫大な外貨を稼ぐ『最強の輸出資源』に化ける。
点と点が繋がり、一つのアイデアが、マルストアの「農業」と「漁業」の両方を劇的に変え、無限の富を生み出す可能性に気づいてしまったのだ。
彼の目には、もはやあの腐った魚の山が、眩いばかりの『黄金の山』にしか見えなくなっていた。
「……神の、知恵だ……。ユウタ様、あなたはやはり、このマルストアを救うために天から遣わされた……ッ!」
ルンベルスは、もはや畏敬の念すら込めてうわ言のように呟いた。
そして、勇太の手からひったくるように肥料の本を受け取ると――。
「ユ、ユウタ様ァッ!! 申し訳ございません、本日の視察の案内はここまでとさせていただきます!! すぐに街の学者や職人を総動員し、この『ほしか』作りの特区を建設いたします! では、失礼ッ!!」
ルンベルスは、完璧な執事としての冷静さや優雅な所作を完全にかなぐり捨て、目を血走らせながら、猛烈な土煙を上げて役所の方へと全速力で走り去っていった。
「お、おい! 執事のおっさん、すげえ速さだぞ!?」
イグニスが目を丸くしてその背中を見送る。
「……そんなにすごかったかな?」
勇太は、取り残された波止場で一人苦笑した。
彼の持つ現代日本の「常識」が、このファンタジー世界にとっては歴史を覆す「革命」であることに、勇太自身はまだ完全には気づいていない。
だが、辺境の港街マルストアは、若き領主の底知れない知恵によって、今、間違いなく黄金の都市への第一歩を踏み出していた。




