EP 3
領主の初仕事と神の作物
マルストアの領主執務室。
分厚いマホガニーの机に向かった勇太は、取り寄せた電子書籍『図解でわかる!一から始める領主生活!』を真剣な顔で熟読し、ブツブツと独り言を呟いていた。
傍らでは、執事のルンベルスが、新領主の邪魔にならないよう、音を立てずに静かに紅茶を淹れ直している。
「なるほどな……。領民に安定した『衣食住』を保障すれば、彼らは飢えの恐怖から解放され、安心して子を産み育てる。そうして人口が増えれば労働力が上がり、特産品が増え、交易が活性化して領地全体に金が落ちる。……当たり前のことだけど、やっぱり真理だな」
勇太が経済と統治の基本サイクルを理解してポンと膝を打つと、ルンベルスが静かに頷いた。
「左様でございます、ユウタ様。民草の腹を満たすことこそ、善政の絶対的な基盤でございますな。ちなみに、現在の当領内の主な産業は、近海で採れる魚の『干物』と、海水の『塩』、そして丘陵地帯での細々とした『農作物』でございます」
彼の言葉は、マルストアが堅実な基盤を持っている反面、決して豊かとは言えない現状を示していた。
「塩と魚は海があるから分かるけど、農作物はどうなんだ? 潮風も強いし、土地はあまり肥えていないと聞いたけど」
「はい。塩害の影響もあり、小麦などの収穫量は常に天候に左右されやすく、備蓄が安定しているとは到底言えません。凶作の年には、餓死者が出ることも……」
ルンベルスの表情に、わずかに暗い影が落ちる。
「……そうか」
勇太は深く頷くと、何かを決意したように顔を上げた。
「よし。えっと、だったらまずは『食べ物』だよね。痩せた土地でも確実に育って、みんながお腹いっぱい食べられる……安定供給の要になる新しい作物がいる」
彼は、ルンベルスが見守る前で、何もない空間にスッと手をかざした。
「スキル発動。『地球ショッピング』」
目の前に現れた半透明のボード。勇太は迷いなく『種苗・家畜』のカテゴリーを選び、ポイントを消費して二つの商品を注文した。
ポォン。
軽い電子音と共に、重厚な執務室の絨毯の上に、土の付いた「大きな木箱」と、いくつもの通気孔が開いた「竹カゴ」が、魔法陣の光すら伴わずに音もなく出現した。
カゴの中からは、ピヨピヨピヨ!という可愛らしくも賑やかな鳴き声が聞こえてくる。
「な、何ですと!? こ、これは空間魔法……いや、転移魔法ですか!?」
常に冷静沈着だったルンベルスが、一切の魔力行使を伴わない常識外れの現象に言葉を失い、銀縁眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いた。
「えっと、これは魔法じゃなくて僕のスキルなんだけど……まあそれは置いておいて。ルンベルス、これは『サツマイモ』と言って、見ての通り芋の一種なんだ」
勇太は、木箱からずっしりと重い紫色の芋を一つ取り出し、ルンベルスに見せた。
「こいつの凄いところは、潮風が吹く痩せた荒地でも比較的簡単に育つことだ。しかもカロリーが高くて、甘くて美味しい。蒸しても焼いてもいいし、保存食にもなる。おまけに、葉っぱや蔓も食べられるし、家畜の餌にもなる万能作物なんだよ」
勇太は、地球の歴史において幾度も飢饉を救ってきた『最強の救荒作物』を得意げに説明する。
「や、痩せた荒地で、これほど大きく育つと……? しかも葉まで余すことなく食料や飼料になる……? まさか、そのような夢物語のような作物が……」
ルンベルスは紫色の芋を受け取り、震える手でその重みを確かめた。
「で、こっちの鳴いてる『ヒヨコ(鶏)』は……説明しなくても分かるよね。残飯やサツマイモの葉を食べて育ち、肉も美味しい。何より成長が早く、毎日栄養価の高い『卵』を産んでくれる」
ルンベルスは、サツマイモと、カゴの中で元気に鳴く黄色い毛玉たちを交互に見つめ――やがて、わなわなと全身を激しく震わせ始めた。
「……ユウタ様が、神の如きユニークスキルをお持ちなのは噂に聞いておりましたが……。無から有を生み出すだけでなく、我らが領地の食糧事情を根底から覆しかねない、神の恵みとも呼ぶべき作物をいとも容易く……ッ!」
彼は、感情の高ぶりに耐えきれなくなったように、その場に崩れ落ちるように片膝をつき、深く頭を垂れた。
「……これが、真の領主様がもたらす『神の力』だとは……!」
その瞳には、もはや単なる雇い主への敬意ではない。絶対的な畏怖と、マルストア領の輝かしい未来への確信、そして飢えから解放される領民たちへの想いが宿り、熱い涙が浮かんでいた。
「……承知いたしました! 至急、領内から最高の農夫と飼育員を城に集め、機密裏にこの『サツマイモ』と『ヒヨコ』の繁殖と研究を開始いたします! このルンベルス、命に代えましてもやり遂げてみせますッ!」
普段の優雅な執事からは想像もつかない、燃えるような熱量を持った瞳。
勇太は少し気圧されながらも、自分の知識と力が、この世界で確かに「人々の命を救う良い方向」へと働き始めていることを実感し、満足げに頷いた。
新米領主、ナカムラ・ユウタ。
彼がマルストアに起こす大改革の「最初の一手」が、今、高らかに産声を上げたのだった。




