EP 2
新米領主と初めての勉強
執事のルンベルスに案内され、勇太たちは城塞(領主の館)の中にある、主と客人たちのための豪華なプライベートエリアへと通された。
長旅の疲れと、立て続けの出来事に、誰もが疲労の色を隠せない。キャルルやイグニス、リーシャたちが割り当てられたそれぞれの部屋で休息を取る中――勇太は一人、領主の執務室を兼ねた広々とした部屋で、窓の外に広がるマルストアの街並みと港を見下ろしていた。
(領主……か。帝都で家を買ったと思ったら、今度は『街』が手に入っちゃったよ……)
彼は、最高級のマホガニー材で作られた重厚な執務机の上に、ズシリと重い金貨1000枚の袋と、皇帝から直々に下賜された『子爵の位と領地を証明する羊皮紙』をコトリと置いた。
「さて、これからどうするんだ……?」
勇太は誰もいない部屋で、深々とため息をついた。
「帝都の大会で勝って、貴族になって、領主になった。……けど、俺は領主として、明日から具体的に何をすればいいんだ?」
マンミヤのような歴戦の騎士団長、ルンベルスのような完璧な執事、ドルグのような熟練の職人。彼らは皆、自分たちの仕事を知り尽くしたプロフェッショナルだ。
だが、彼らを束ねるトップに立った自分はどうだ?
「モンスターと戦うだけじゃ、街の経済は回せない。医学生としての知識も、公衆衛生には役立つだろうけど限定的だ。領主になったからには、ちゃんと政治や経済を本で勉強しないとな」
決意を固めた勇太は、誰にも見られないように執務室の分厚い扉に鍵をかけると、静かに目を閉じ、自身のチートスキル『地球ショッピング』を発動した。
目の前に現れたお馴染みの半透明のボード。彼は「武器」や「食料品」のカテゴリーをスルーし、「書籍」のカテゴリーを選択して検索ウィンドウにキーワードを打ち込んだ。
『政治』『行政』『経済』『リーダーシップ』……。
検索結果には、難解なタイトルが並んだ分厚い専門書がずらりと表示されるが、政治の素人である今の彼には難しすぎるだろう。もっと、基礎の基礎が知りたい。
彼は、検索ワードを『初心者 領主(市長)』に変えてみた。
すると、一件の電子書籍がポンッとヒットした。
「ん~……【図解でわかる! 一から始める領主生活!】……これにするか」
表紙には、親しみやすいデフォルメイラストで描かれた王様が「民の笑顔が一番の宝!」と親指を立てて笑っている。いかにも初心者向けの、現代日本のビジネス入門書シリーズだ。
勇太は、剣と魔法のファンタジー世界の執務室でこんな本を読むことに少し恥ずかしく思いながらも、ポイントを消費して(10P)その本を実体化させた。
真新しいインクの匂いがする本をパラパラとページをめくり、目次から「領主の権限と義務」の章を開く。
「えーっと……領主は、その領地内において、絶対的な『軍隊の指揮権』、法を裁く『裁判官』としての権限、そして領地の運営資金を民から集める『徴税権』を持つ……。うわぁ、マジか。三権分立なんてあったもんじゃない、本当に権力が強いんだな」
その権限のあまりの大きさに、勇太はゴクリと喉を鳴らした。
「日本に例えると、子爵っていうのは……『県庁所在地クラスの地方中核都市の市長』で、なおかつ『警察署長』と『裁判長』と『税務署長』を一人で兼任してるようなものか……」
ただの冒険者パーティのリーダーとは訳が違う。
何万人、あるいはそれ以上の人々の生活と命が、自分のハンコ(采配)一つにかかっているのだ。
勇太は本から顔を上げ、改めて窓の外に広がるマルストアの街を見た。
日が落ちた港街。家々の窓からぽつぽつと漏れる暖かな灯り、港で荷下ろしをして働く人々のかすかな喧騒。その灯りの一つ一つが、自分の「領地」であり、自分が守るべき「領民」の生活なのだ。
「……これは、とんでもないものを背負っちゃったな」
彼の胸の中から、大会優勝の浮かれた気分が完全に消え去り、その代わりに、領主としての重く冷たい責任感がずっしりと両肩にのしかかるのを感じていた。
「でも……やるしかない。キャルルも、リーシャも、イグニスも……みんなが僕を信じて、この辺境までついてきてくれたんだ。それに、さっき出迎えてくれた人たちのためにも」
勇太は、仲間たちの笑顔と、三人の側近たちの期待に満ちた顔を思い浮かべた。
そして、気合を入れるように両手でパンッ! と自分の頬を叩き、気持ちを切り替えると、再び入門書へと目を落とした。
新米領主、中村勇太の、血を流す戦いとはまた違う「本当に大変な戦い(勉強)」が、今、静かな執務室で幕を開けたのだった。




