EP 44
獅子王の誕生と新たな大地
闘技場を物理的に揺るがすほどの、万雷の拍手と熱狂的な大歓声。
その轟音を背に、勇太はふらつく足取りで、倒れた親友――イグニスの元へと駆け寄った。
「イグニス! 大丈夫か!」
「……へへっ。完敗だ、ユウタ……。やっぱ、強えな……お前」
仰向けに倒れたイグニスは、痛みに顔を歪めながらも、不思議と清々しい表情だった。悔しさよりも、全力を出し切り、友に全てをぶつけられた満足感に満ちた最高の笑顔を浮かべている。
すぐに待機していた医療班と治癒術師が駆けつけ、イグニスは担架で運ばれていく。
「あとで、とびきり美味い肉を奢れよな……」と憎まれ口を叩く彼を見送り、勇太は闘気の過剰消費と激闘の疲労でハァハァと肩で息をしながら、仲間たちの待つ控え室へと向かった。
重い扉を開けた瞬間。
ふわりと、二つの柔らかい影が弾丸のように彼に飛び込んできた。
「ユウタさぁぁぁんっ!!」
「勇太ッ!!」
「わっ……と!」
キャルルとリーシャが、感極まった様子で勇太の首と背中に力いっぱい抱きついてきた。
「凄かったです! 本当に、本当に感動しました! 最後、炎が真っ二つに割れた時、私、涙が出ちゃいました!」
キャルルはウサギの耳をぺたりと伏せ、大きな赤い瞳からポロポロと真珠のような涙をこぼしながら、心からの称賛を口にする。
「もうっ、この大馬鹿! どれだけ心配させれば気が済むのよ! ……でも、本当にお見事だったわ。流石は私たちのリーダーね」
リーシャは、勇太の広い背中に顔を押し当て、少し鼻声を震わせながら優しく微笑んだ。エルフ特有の甘い香りと、キャルルの太陽のような温もりが、勇太の疲労をスッと溶かしていく。
「ありがとう、キャルル、リーシャ。……二人とも、応援してくれて本当にありがとう。みんなのおかげだよ」
勇太は二人の温もりに包まれ、照れくさそうに頭を掻きながら、ようやく『優勝』という現実の実感を噛み締めていた。
その時、大会の運営幹部が血相を変えて控え室に駆け込んできた。
「ユウタ殿! 贈呈式を行います! 皇帝陛下が直々にお待ちです、すぐに闘技場の中央特設舞台へ!」
「えっ? あ、はい!」
勇太は仲間たちに力強く頷き返すと、係員に導かれ、再び眩い陽光の降り注ぐコロッセオへと向かった。
闘技場の中央には、いつの間にか豪奢な真紅の絨毯が敷かれた壮麗な舞台が設えられていた。
そしてその頂点に鎮座していたのは、圧倒的な覇気と威厳を纏ったマルシア帝国の絶対権力者――皇帝サマスタリアだった。
勇太が舞台に上がり、戸惑いながらも教えられた通りに片膝をついてひれ伏すと、皇帝は威厳に満ちた顔に満足そうな笑みを浮かべた。
「面を上げよ。見事であった、東方より来たりし若き武人よ。よくぞ勝ち抜いた。余も久々に、歳を忘れて血が沸き立つ興奮を味わわせてもらったぞ」
「も、もったいなきお言葉。光栄の至りに存じます」
勇太の返答に深く頷き、サマスタリア王は立ち上がった。
そして、闘技場を埋め尽くす数万の民衆に向かって、魔法で増幅された王の声を轟かせた。
「帝国の国民に告ぐ! 今年の獅子王祭を制し、比類なき知略と武勇を示したこの若き英雄、ナカムラ・ユウタに――帝国より『子爵』の位を授ける!」
『うおおおおおおおおっ!!』
歓声が爆発する。だが、皇帝の言葉はそこで終わらなかった。
「さらに! 彼がその新たなる力を存分に振るうにふさわしい領地として……南方の港街、『マルストア』の統治権を与えるものとする!」
「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!?」」」
観客席から、先ほどとは比べ物にならないほどの、地響きのような驚愕と大歓声が巻き起こった。
控え室のモニターでその様子を見ていた仲間たちも、信じられないものを見たように目を見開く。
「りょ、領地ぃっ!?」
キャルルが両手を頬に当てて叫ぶ。
「子爵……だけじゃなくて、一区画の『領主』ですって……!? 勇太が……?」
リーシャも、その破格すぎる褒賞に唖然としていた。
当の勇太は、あまりのスケールの大きさに完全に頭の処理が追いついていなかった。
(え? 領地? 港街? いやいや、ちょっと待って。郊外にドラゴンの屋敷を買ったばかりなのに、いきなり『街』を丸ごと一つ貰っちゃうの!?)
現代日本人の感覚からすれば、あまりにもぶっ飛んだ展開だ。
サマスタリア王は、目を白黒させて戸惑う勇太を見下ろし、優しく、しかし有無を言わさぬ王の威圧感で告げた。
「うむ。南方の港街だが、悪くない土地だ。海の幸に恵まれ、交易の要所となる可能性を秘めておる。……今後の励みにし、帝国のために尽くすが良い」
「は……ははぁッ! ありがたき幸せに存じます!」
勇太は、まだ全く実感が湧かないまま、反射的に深々と頭を下げた。
続いて、近衛兵たちが、ずっしりと重い最高級の革袋がいくつも入った巨大な宝箱を運んできた。
「こちら、優勝賞金の金貨1000枚となります」
「こ、こんなに沢山……」
眩いばかりの黄金の輝きと、子爵の証である豪奢な紋章章。
勇太はそれらを受け取り、万雷の拍手と「獅子王!」「若き領主様!」という歓声を浴びながら、夢見心地で舞台を降りたのだった。
贈呈式が終わり、全てを終えた勇太が控え室へ帰還すると。
「勇太さーん! 子爵様っ! 領主様ぁぁっ!」
キャルルが、興奮冷めやらぬ様子で兎耳をピーンと立てて駆け寄ってくる。
「ふふっ。ポーション開発の大商人、無敗の勇者、おまけに子爵で領主様……。勇太はどんどん遠くて凄い人になっていくわね。私たち、置いていかれないように必死でしがみつかないと」
リーシャはわざとらしく溜息をついてからかうように言うが、その誇らしげな笑顔は、まるで自分のことのように喜びに満ちていた。
そこへ――全身に真っ白な包帯を巻き、リーシャの魔法で何とか歩けるまでに回復したイグニスが、ゆっくりとやってきた。
彼は、重い賞金の箱を抱えた勇太の目の前に立つと、獰猛な笑みを浮かべ、ただ一言、その名を呼んだ。
「……ユウタ」
「イグニス……」
多くを語る必要はなかった。
イグニスと勇太は、互いの右拳を握りしめ――ごつん、と強く、確かな音を立てて打ち合わせた。
それは、言葉以上の賞賛であり、互いの健闘を称え、そしてこれからの途方もない未来を共に歩んでいくという、男同士の固い誓いだった。
帝都アウストラでの彼らの挑戦は、最高の栄誉と莫大な富、そして一つの大きな栄光と共に幕を閉じた。
だが、それは彼らの果てしない冒険の、ほんの序章に過ぎない。
帝国の貴族として。新たなる領地マルストアの領主として。
そして、かけがえのない最高の仲間たちと共に――ナカムラ・ユウタの異世界での旅は、ここから全く新しいステージへと突入していく。
【第二章・完】




