EP 40
策士の勝利と新たな星
炎の嵐を紙一重でかわされ、砂埃の中から無傷で立ち上がった勇太。
彼が反撃の機会を虎視眈々とうかがっているのを、サブリナは冷徹なアメジストの瞳で見抜いていた。彼女はレイピアの切っ先を再び勇太に向け、その全身から周囲の気温を下げるほどの極寒の魔力を立ち上らせる。
「……随分と逃げ足が速いのね。でも、もう逃げ場はないわ。これでトドメよ」
彼女の足元に、今度は蒼白い魔法陣が多重展開される。
「氷よ、我が敵を貫き葬れ……!」
だが、サブリナの不可避の詠唱が始まっても、勇太は静かに佇むだけだった。
あろうことか、彼はスッと構えを解き、模擬薙刀をだらりと下げてしまったのだ。まるで全ての抵抗を諦めたかのように、微動だにしない。
『おい、どうしたんだ!?』
『恐怖で足がすくんだのか!?』
『諦めたのか……!?』
数万の観客席が、異様な光景にざわめき始める。
「……諦めたの? それなら、それで良いわ。痛まないように一瞬で終わらせてあげる。眠りなさい――『アイス・ストライク』!」
サブリナの冷酷な宣告と共に、闘技場の石畳を白く凍らせながら、大木ほどもある数本の巨大な氷の槍が、静止した勇太めがけて殺到した!
誰もが「勝負は決した」と目を背けかけた、その瞬間。
「……見えた」
勇太は、超音速で迫る氷の槍が彼の鼻先に触れるコンマ数秒前――まるで、そこだけ世界の時間がずれたかのように、スッと『半歩』だけ横にスライドした。
無駄な力みは一切ない。ただ、重力に従って重心を移動させただけの、究極の『見切り』。
巨大な氷の槍は、彼のいた場所――彼が意図的に狙わせた空間――の空気を虚しく貫き、勇太の服の布地を微かに揺らしただけで、後方の石壁に轟音と共に深く突き刺さって砕け散った。
「そ、そんな!? ありえない……! 必中の魔法を、なぜ……!?」
サブリナは、信じられないものを見たように目を見開いた。
「……君の魔法は強力で、極めて精密だ。でも、精密な分、狙いは『正確』になりすぎる」
砕け散る氷柱を背に、勇太は静かに告げた。
魔法が空を切ったことによるサブリナのコンマ数秒の硬直。その隙に、彼はすでに地を蹴り、薙刀の絶対の間合いへと踏み込んでいたのだ。
「的を僕一人に絞らせて、僕が『動かない』ことで当たる場所を一点に誘導させれば……あとはその直線の軌道を読んで、最小限の動きで避けるのは不可能じゃない」
「……ッ!」
サブリナは、自分の魔法が、その絶対的な精度と発動時間を逆手に取られたことを悟った。
だが、時すでに遅し。勇太は再び彼女の懐に飛び込み、激しい近接戦闘の嵐を巻き起こす。
「くっ……!」
サブリナは顔を歪める。魔法を唱える隙など一瞬たりとも与えられない。純粋な剣技だけで、この変幻自在な薙刀の連続攻撃を捌き切るのは、いかにSランクとはいえあまりにも厳しかった。
遠心力を乗せた薙刀の刃が彼女の銀髪を掠め、手首を返した柄が胴を打ち、さらに石突が足元をすくうように跳ね上がる。予測不能な三拍子の連撃に、彼女は防戦一方となり、じりじりと後退させられていった。
(まずい……! このままでは押し切られる! もう一度、何としても距離を取らなければ!)
壁際まで追い詰められたサブリナは最後の望みをかけ、再び視界を奪う『幻惑魔法』を仕掛けるべく、レイピアから左手を離して印を結ぼうとした。
「……同じ手にはかからないよ」
だが、勇太は彼女の左肩の僅かな予備動作を、完璧に見逃さなかった。
魔法が発動するより早く、勇太は独楽のように体を回転させ、薙刀の峰を下から跳ね上げるように閃かせる。
カアァァンッ!!
「あっ……!」
強烈な一撃がサブリナの模擬レイピアを打ち据え、彼女の手から武器を弾き飛ばした。
武器を失い、一瞬体勢を崩したサブリナ。
その細く白い首筋の頸動脈に――薙刀の柄の先端である『石突』が、吸い込まれるように迫り、そして皮膚に触れる寸前でピタリと止まった。
一切のブレもない、完璧な『残心』。
もし本気で打っていれば、彼女の首の骨は砕け、間違いなく命を落としていただろう。
自分が完全に「詰んだ」ことを理解し、サブリナは一筋の冷たい汗を頬に滑らせて、その場に縫い付けられたように動けなくなった。
「……そこまでッ!! 勝者! ナカムラ・ユウタァァァッ!!」
審判が、驚愕と極度の興奮が入り混じった裏返った声で、高らかに勝者の名を告げた。
一瞬の静寂の後。
コロッセオ・アウストラは、文字通りすり鉢状の闘技場が揺れるほどの、割れんばかりの大歓声と足踏みに包まれた。
無名の東方の武人が、優勝候補筆頭のSランク魔法剣士を、力押しではなく、極限の『技』と『戦術』で打ち破ったのだ。
新たなスターの誕生に、数万の観客は狂喜乱舞していた。
「ガハハハッ! やったぜ、ユウタ! さすが俺様のダチだ!!」
「勇太さーん! やった〜っ! カッコよすぎますぅぅ!!」
選手待機エリアの柵から身を乗り出し、イグニスとキャルルが飛び上がって喜んでいる。
特等席のリーシャも、ふっと安堵の息を吐き、誇らしげに拍手を送っていた。
「……僕の勝ちだ」
勇太は静かに薙刀を下ろし、サブリナに向けて深々と一礼する。サブリナもまた、悔しさを滲ませながらも、その見事な武術に敬意を表するように小さく頭を下げた。
湧き上がる歓声を背に、勇太は闘技場を後にする。
『ナカムラ・ユウタ』という名は、この一戦をもって、帝都中の冒険者と武人たちの間に、決して忘れられない強烈な衝撃と共に刻みつけられたのだった。




