EP 37
傷だらけの勝利と仲間たちの手
闘技場を揺るがす地鳴りのような大歓声を背に、イグニスはふらつく足取りで薄暗い選手用通路を歩いていた。
「はぁ……はぁ……ッ」
自らの火炎ブレスを浴びて強制的に限界突破した代償は、想像以上に重かった。
全身の赤銅色の鱗は所々が炭化してひび割れ、うっすらと白い煙が立ち上っている。筋肉は悲鳴を上げ、一歩踏み出すたびに焼けるような激痛が走った。
彼が重い扉を押し開け、ホープ・クローバーズの待つ控え室に入ると、待ち構えていた勇太とキャルルが血相を変えて駆け寄ってきた。
「やったな! 凄かったぞ、イグニス! あの優勝候補のライオットを相手に、見事な大勝利だ!」
勇太は、興奮を隠しきれない様子でイグニスの無事な肩をポンと叩く。その目には、仲間への最大級の尊敬と労いが宿っていた。
「へっ……俺様にかかれば、あんなタテガミ野郎、こんなもんよ」
イグニスは息も絶え絶えなくせに、いつものように不敵な牙を見せて笑ってみせた。そして、勇太に向かってごつごつとした拳を突き出す。
「……おう!」
「おう!」
イグニスと勇太は、互いの健闘を称え合うように、ガツンと力強く拳を合わせた。
その時だった。
「この、大馬鹿者ッ!!」
鋭い声と共に、観客席から駆けつけてきたリーシャが、イグニスの額をピシャリと容赦なく叩いた。
「いっっっっっっ!? 痛ぇ! なにしやがるエルフ女!」
「痛いのは当たり前よ! 自分の命を削るような無茶をして! 下手をすれば、一生闘えない体になっていたかもしれないのよ!」
彼女は本気で怒り、その碧い瞳には薄らと涙すら浮かべていた。
だが、口では厳しい文句を言いながらも、その手は素早くマジック・ポーチから『特製ハイ・ポーション』を三本も取り出している。
「歯を食いしばりなさい!」
リーシャは高価なポーションをイグニスの火傷に惜しげもなく一気に振りかけ、さらにその両手をかざして最高位の回復魔法を重ね掛けした。
「ん、ぐぅぅ……ッ! な〜に、これくらい漢の勲章さ。あのタテガミ野郎に一発お見舞いできたんだ、安いもんだぜ」
イグニスは、急速な細胞再生の痛痒さに顔を歪めながらも、強がって笑う。
特製ポーションと魔法の相乗効果で、炭化していた鱗がポロポロと剥がれ落ち、新しい皮膚が形成されていく。だが、竜の炎によるダメージは深く、完全には火傷の痕が消えきらなかった。
「……イグニスさん。ありがとう……ございます」
今まで黙って、痛々しいイグニスの姿を見つめていたキャルルが、震える声でポツリと呟いた。
彼女の赤い瞳からは、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちている。
「私のために、あんな無茶な戦い方をして……。ごめんなさい。私が弱かったから、イグニスさんにこんな痛い思いを……!」
「バーカ。勘違いすんな」
イグニスは、責任を感じて泣きじゃくるキャルルを遮るように、ぶっきらぼうに言った。
「お前のためだけじゃねえよ。俺様が、ただあいつに『勝ちたかった』だけだ。……だから、泣くな」
それは不器用な彼なりの、最大限の優しい嘘だった。
キャルルはしゃくり上げながら、そっとイグニスの火傷の痕が残る大きな手に、自分の小さな両手を重ねた。
「リーシャさんの最高の魔法でも、イグニスさん自身の炎の火傷痕は、すぐには消えないかもしれません。……でも、大丈夫です」
キャルルは涙を拭い、真っ直ぐにイグニスを見つめた。
「次の満月の夜になったら、私の『月兎族の癒やしの力』で、その痕も綺麗に回復させますから……。だから、それまで、どうか待っていてくださいね」
彼女の言葉と、その小さな手から伝わる月の力には、確かな癒やしと、仲間への海よりも深い感謝の気持ちが込められていた。
「……おう。頼むわ」
イグニスは仲間たちの顔を見回し、バツが悪そうに視線を逸らしながら、短く答えた。その耳の先が、火傷とは違う理由で少しだけ赤くなっているのを、勇太たちは見逃さなかった。
傷だらけの勝利。
しかし、その激痛と引き換えに得たものは大きい。
ホープ・クローバーズの絆は、この激闘を経て、また一つ、炎よりも熱く、そして鋼よりも固く結びついたのだった。




