EP 36
竜の意地と獅子の誇り
キャルルが医務室に運ばれてから数試合後。
巨大なコロッセオ・アウストラの一角が、地鳴りのようなひときわ大きな歓声に包まれた。
闘技場の上空に浮かぶ巨大な魔力掲示板に、予選ブロックの最終戦(本戦への切符を懸けたカード)が映し出されたのだ。
【第四闘技場 予選決勝:イグニス・ドラグーン 対 ライオット】
「うおおおっ!」「いきなり優勝候補のライオットの出番だぞ!」「相手の竜人も予選を無傷で上がってきたバケモノだ! どっちが勝つんだ!?」
観客のボルテージは最高潮に達している。
選手待機エリアでその組み合わせを知った勇太と、治療を終えて顔を出したキャルル、そして観客席のリーシャの顔にも緊張が走った。
闘技場の中央。
赤銅色の鱗を持つ竜人のイグニスと、黄金の鬣を持つ獅子獣人のライオットが対峙する。
支給された模擬武器とはいえ、イグニスが片手で軽々と振り回す巨大な戦斧と大盾、そしてライオットが肩に担ぐ極厚の鉄木製・両手剣は、それだけで凄まじい威圧感を放っていた。
「始めッ!!」
審判の銅鑼の音と同時に、二つの巨体が爆発的な速度で激突した。
ガゴォォォォンッ!!
木製の武器同士とは到底思えない、岩山がぶつかり合ったような轟音が響く。
イグニスは持ち前の規格外のパワーを活かして戦斧を嵐のように振り回すが、ライオットはそれを軽々と、しかし確実に見切り、両手剣の腹で受け流していく。
「遅い! 重いだけだ! そんな大振りが百獣の王たる俺に当たるか!」
ライオットの獅子の瞳が、鋭く細められる。
彼の持つ桁外れの『動体視力』と『反射神経』は、イグニスの直線的で力任せな攻撃の軌道を完全に先読みしていた。
ライオットはイグニスの攻撃を捌きながら、逆に両手剣で猛烈なカウンターを開始する。その一撃一撃は、イグニスのパワーに勝るとも劣らない恐ろしい重さを持っていた。
「ぐっ……! ガァッ……!」
イグニスは大盾で必死に防ぐが、叩きつけられる衝撃に徐々に後退させられていく。足元の砂が深く抉れ、明らかにライオットがイグニスを圧倒していた。
(くそっ……強い! こいつ、俺様と同じ……いや、テクニックを含めればそれ以上のパワーファイターだ! 動きが全部読まれてやがる……!)
焦りと、じりじりと追い詰められる屈辱。
だがその時、イグニスの脳裏に、先ほど薄暗い医務室で勇太の胸で泣きじゃくっていたキャルルの姿がフラッシュバックした。
『ごめんなさい……! 悔しい……悔しいですぅ……!』
そうだ。俺は。
あの涙を見た時に、誓ったはずだ。
「悪いがよぉ……!」
イグニスは両足を踏み張り、突進してくるライオットの剣を大盾で強引に弾き返した。
「俺は……キャルルの分まで、仲間の分まで! てめぇらをブッ飛ばして、絶対に勝たなきゃいけねえんだよォォッ!!」
イグニスは獣のような咆哮を上げた。
そして、誰もが目を疑う、信じられない行動に出る。
ゴオオオオオオッ!!
彼は構えていた大盾と戦斧を砂地に突き刺し――自らの口から吐き出した『灼熱の火炎ブレス』を、あろうことか『己自身の体』へと真正面から浴びせかけたのだ!
「なっ!?」
選手待機エリアで見ていた勇太たちが息を呑む。
「馬鹿な!? 自分のブレスを浴びるだと!? いかに竜人族でも死ぬぞ!?」
対峙していたライオットも、その常軌を逸した自傷行為に驚愕の声を上げた。
だが。
イグニスは自らを焼く燃え盛る炎の中で、皮膚が焦げる苦痛に顔を歪めながらも――獰猛に笑っていた。
彼の血に眠る『竜の逆鱗』が、極限の苦痛によって強制的にこじ開けられる。炎は彼の闘気と混じり合い、やがて全身を血のように赤く燃え盛る『紅蓮の闘気』へと変質させた。
竜人族に伝わる、命と引き換えにリミッターを外す禁じ手『逆鱗炎舞』だ。
「うるせぇぇぇぇッ! 俺の後ろには、最高のエルフの回復役がいるんだよ! だから死ぬかどうかは、俺が決める!!」
紅蓮の闘気を纏ったイグニスは、突き刺した戦斧を再び引き抜き、その刃に炎と闘気の全てを圧縮・集中させる。
もはやそれは技と呼べるものではない。純粋なる『破壊の意思』の顕現だった。
「行くぜええええええッ!! **『イグニス・ブレイク』**ッッ!!」
イグニスは紅蓮の流星となって、真っ直ぐにライオットへ突進した。
動体視力など関係ない。回避不可能な速度と範囲を持った、全てを灰にする大斬撃。
「おおおおおッ!!」
ライオットもまた、逃げ場がないことを悟り、超人的な膂力で両手剣を構えて防御の体勢を取った。
だが、命を燃やして放たれた一撃の、あまりにも圧倒的な『質量』と『熱量』を、木製の武器で受け止めきれるはずがなかった。
バギィィィィィンッ!!
凄まじい爆発音と共に、ライオットの極厚の両手剣が木っ端微塵に砕け散る。
防壁を失ったライオットの巨体は、まるで秋の枯れ葉のように吹き飛ばされ、コロッセオの強固な石壁に深々とめり込むように叩きつけられた。
「ぐっ、ああぁぁッ……!」
ライオットは短い呻き声を上げ、そのまま壁際で崩れ落ち、完全に意識を失った。
闘技場は、水を打ったような一瞬の静寂に包まれた。
そして、目の前の規格外の光景に震え上がっていた審判が、裏返った声で絶叫した。
「し、しょ……勝者!! イグニス・ドラグーーンッ!!」
その言葉を合図に、観客席からこの日一番の、地鳴りのような大歓声と足踏みが響き渡る。
紅蓮の闘気がゆっくりと霧散し、全身から白い煙と焦げた匂いを上げながらも――イグニスは天に向かって、戦斧を掲げて勝利の雄叫びを上げた。
「ガアアアアアアアッ!!」
その満身創痍の姿は、まさに傷だらけの『竜王』そのものだった。




