EP 9
駄女神のローン詐欺と、完璧なる土下座
帝都ルナミスの中心街。
大企業ゴルド商会のビルや、タローマンの巨大店舗が並ぶその一角に、異世界と地球のアイテムを無節操に並べた『ルチアナ・アンテナショップ』は存在していた。
「さぁさぁ、いらっしゃ〜い! ブレイブは、ブレイブは要らんかね〜!」
店の軒先で、ピンク色のジャージに健康サンダルという、神の威厳の欠片もない姿の駄女神・ルチアナが、道行く若者たちに愛想を振りまいていた。
彼女の手には、先月ソシャゲ(月人アイカツ)のガチャで爆死して作ってしまった、クレジットカードの利用明細書(※限度額ギリギリ)が握りしめられている。
「誰でも現金さえあれば勇者になれるわよ! 今なら特別サービスで、魔王を倒せる『伝説の武具(※タローマン特売品)』もつけちゃう! さぁ、一獲千金を夢見る純朴な農家の次男坊、三男坊はいねぇがー!」
ルチアナが次のカモを探してギラギラと目を光らせていた、その時である。
ドゥルルルルルルンッッ!!!
キュララララァァァッ!!
突如、帝都の石畳を激しく削る甲高いスキール音と共に、漆黒の大型オフロードバイクが猛スピードで店の前に横付けされた。
「ひゃっ!? な、なにあの鉄の馬! 暴走族!?」
驚いて後ずさるルチアナ。
バイクのエンジンが止まり、前席に乗っていたジャージ姿の男が、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。
「よお、駄女神。……いや、詐欺師女」
氷のように冷たく、底知れぬ怒りを孕んだ低い声。
マルストア領の領主であり、アナステシア最強のハイブリッド・メディック、中村優太である。
そしてその後ろから、ヘルメットを被ったままガクガクと震えている少年――農民勇者ユートが降りてきた。
「げげっ!?」
ルチアナの顔が、一瞬で青ざめた。
「ゆ、ゆゆゆ優太じゃないのよ! 奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて! 元気してた? そ、それじゃあ私、急に胃腸炎っぽい差し込みが来てお腹が痛くなってきたから、今日は店仕舞いしなきゃ……ッ!」
「待て」
クルリと背を向けてコタツ部屋に逃げ込もうとしたルチアナのジャージの襟首を、優太の右手がガシッと掴んだ。
絶対に逃がさないという、鋼の意志を感じるホールドである。
「ひぃぃっ! 首がしまるぅっ!」
「とぼけるな。うちのユートが、お前の極悪ローン詐欺に引っかかってな。今日クーリングオフの期間内(※そんな法律はこの世界にはないが)だから、契約を全て破棄させてもらう」
優太は、ルチアナの目の前に例の『勇者スターターパック譲渡契約書』をバシッと突きつけた。
「タローマンで1万円の初心者セットを『伝説の武具』と偽り、誰でも無料でもらえるスキルを恩着せがましく付与して、100万円の借金を背負わせる。挙句の果てに、払えなければマグローザ漁船行き……。神様が聞いて呆れるぜ」
「ち、違うのよ! これは夢を売るビジネスで……!」
「黙れ。未成年者を取り込んだ悪徳契約なんて、地球の消費者契約法なら一発で無効だ」
優太が理詰めで追い詰める。
ユートは後ろで「り、リーダー……相手は世界神ですよ!? 天罰が下っちゃいます!」とオロオロしているが、優太は一切怯まない。
しかし、ルチアナも伊達に借金まみれの駄女神をやっているわけではない。
彼女は優太の腕から逃れると、パンッとジャージの埃を払い、開き直ったように胸を張った。
「ふ、ふん! 地球の法律なんて、アナステシア世界じゃ通用しないわよ!」
「ほう?」
「この世界の法律では、16歳は立派な『成年』よ! 婚姻も契約も自由にできる年齢なの! だから、ユート君がサインしたこの契約書は、神と人との間で交わされた絶対にして完璧な合意なのよ! いくら優太でも、この合法的な契約は覆せないわ!」
ルチアナの反論。
確かに、アナステシア世界において16歳は成人扱いである。法的に見れば、彼女の主張が通ってしまう部分があった。
ユートも「あぁ……やっぱり駄目なんだ……マグローザ漁船に乗らなきゃ……」と絶望の表情を浮かべる。
だが。
優太は一切動じることなく、フッと冷酷な笑みを浮かべた。
「……なるほど。この世界のルールに則った、真っ当な契約だと?」
「そ、そうよ!」
「なら、お前が設定した『魔王を倒せば1億円の懸賞金』ってのも、真っ当な事実なんだな?」
優太の言葉に、ルチアナの肩がビクッと跳ねた。
「ユートはアバロン魔皇国の魔王を倒すために、このローンを組んだ。……だが、魔王ラスティアは、実はお前と一緒に日本の福岡へお忍びで遠征している、朝倉月人の『アイドルオタク仲間』だよな?」
「あ……」
ルチアナの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
優太は、駄女神の耳元に顔を寄せ、悪魔のように低い声で囁いた。
「グダグダ言うなら、今すぐラスティアにこの事をチクるぞ」
「えっ」
「『お前の友達のルチアナが、自分のソシャゲ課金とクレカの借金を返すためだけに、親友であるお前の首に【1億円の懸賞金】を懸けて、無関係なガキどもを刺客としてけしかける詐欺ビジネスをやってるぞ』ってな」
ピタリ、と。
ルチアナの心臓が止まる音がした。
「……ルチアナ。お前、それが魔王(親友)にバレたら、いつもの『顔面パンチ(全魔力)』だけじゃ済まないよな? 多分、アバロンのブラックホール魔法で、お前のコタツ部屋ごと別次元のチリにされるんじゃないか?」
「あ、あ、あああ……っ」
ルチアナの脳内に、ブチギレたラスティアが「私の月人君グッズの資金を、アタシの首を売って稼いでただとォ!?」と魔王剣を振り下ろしてくる鮮明なビジョンがフラッシュバックした。
完全に、詰みである。
法律論ではなく、神の「個人的な弱み」と「人間関係」を完璧に掌握した、大人(優太)のえげつないまでの脅迫。
「さぁ、どうする? 契約を破棄するか。それとも、魔王軍と全面戦争するか。選べ」
ドサァッ!!!
ルチアナは、膝を折り、アスファルトの地面に額を激しく擦り付けた。
一切の躊躇もない、芸術的なまでの『土下座』だった。
「お、お許し下さいませええええええええええっ!!!」
涙と鼻水を撒き散らしながら、ピンクのジャージの神様が平伏する。
「私が悪うございました! 出来心だったんです! ガチャでどうしても月人君のSSRが引けなくて、クレカの限度額が爆発しちゃって! ユート君、ごめんなさい! 契約は破棄します! ローンも無かったことにしますから、ラスティアちゃんにだけは言わないでえぇぇっ!」
「り、リーダー……。神様が、土下座して泣いてます……」
ユートが、自身の抱いていた『神聖な女神様』のイメージが音を立てて崩れ去っていくのを、半ば白目を剥きながら見つめていた。
「よし、交渉成立だ」
優太は、ルチアナの手から契約書をひったくると、イグニスから借りていた火打ち石で火をつけ、その場で燃やして灰にした。
「これで借金はゼロだ。マグローザ漁船に乗る必要もない。……よかったな、ユート」
「は、はい……。なんというか、すごく……現実を見ました」
遠い目をしているユートの肩を叩き、優太は「さぁ、帰るぞ」とバイクに跨った。
「おいルチアナ。次にマルストア領の領民に手ぇ出したら、今度こそラスティアにチクるからな」
「はひぃぃっ! もうしません! 真面目に働きますぅぅっ!」
泣き崩れる駄女神を置き去りにして、漆黒のオフロードバイクは再び爆音を轟かせ、帝都の街を後にした。
騙されていたとはいえ、100万円の借金という重圧から解放され、ユートの心は風のように軽かった。
そして何より、巨大なボスを打ち倒した自分の『勇気』と、神様相手でも一歩も引かずに理不尽をぶち壊してくれた『リーダーの背中』は、彼の農民としての人生を根本から変える、最大の財産となったのである。
次話。
今章フィナーレ!
全てを終えたマルストアチームが、帝都に新しくできた24時間ファミレス『ルナキン』で大宴会を繰り広げる!




