EP 8
100万円の真実と、ルナミスへの疾走
天魔窟の最奥部で合成死蟲将軍機を討伐し、見事にダンジョン攻略を果たしたマルストア最強チーム。
彼らは無事にマルストア領の居城へと帰還し、エントランスの広間で一息ついていた。
「ぷはぁぁぁっ! 生きてる! 僕、生きて帰ってこれたんだ!」
ボロボロに砕け散ったタローマン製の鉄鎧を脱ぎ捨て、ユートは城のふかふかの絨毯の上に大の字になって叫んだ。
死の恐怖から解放された安堵と、激戦を乗り越えた達成感。
エルフのリーシャによる回復魔法で体の傷も完全に癒え、今の彼にあるのは「未来への希望」だけだった。
「よく頑張りましたね、ユートくん! あの最後の雷の一撃、すっごくかっこよかったです!」
キャルルが冷たい果実水を差し出しながら、ウサギの耳をパタパタと揺らして微笑む。
「お見事な『ノブリス・オブリージュ』でしたぞ、ユート殿。恐怖に打ち勝ち、弱きを庇うその背中……我が騎士団にスカウトしたいくらいです!」
マンミアも腕を組み、ウンウンと深く頷いている。
美女たちから手放しで称賛され、ユートは顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばした。
「えへへ……。僕なんて、まだまだですよ。リーダーたちがいてくれたおかげですから」
謙遜しながらも、ユートの頭の中ではすでに『捕らぬ狸の皮算用』が始まっていた。
(やった、やったぞ! これで報酬がもらえる! 100万円をあの親切な女神様に返して、マグローザ漁船行きを回避できる! 余ったお金で、ルナキン(ファミレス)でハンバーグを山盛り食べるんだ!)
農家の三男坊らしい、ささやかで切実な夢。
そんな彼の元へ、ジャージ姿の優太がズシリと重い革袋を持って歩み寄ってきた。
「ほら、ユート。今回の討伐の特別報酬だ。受け取れ」
優太が革袋をテーブルに置くと、チャリンッと心地よい金属音が響いた。
「えっ……こ、こんなに貰っていいんですか!?」
中を覗き込んだユートは、目玉が飛び出そうになった。
銀貨や銅貨ではない。燦然と輝く『金貨』がぎっしりと詰まっていたのだ。
「中ボスクラスを一刀両断にしたんだ、それくらい貰う権利はある。……と言いたいところだが、お前、借金があるんだろ? ギルドで『マグローザ漁船行き』がどうとか言ってたな」
優太が腕を組み、静かに尋ねる。
「は、はい! 実は……」
ユートは居住まいを正し、リュックの奥底から大切に保管していた一枚の羊皮紙を取り出した。
「帝都のアンテナショップで、すっごく親切な女神様に『伝説の武具』と『勇者のスキル』を授けてもらったんです! その代金として100万円のローンを組んだんですけど、これで一括返済できます!」
「……見せてみろ」
優太はユートから羊皮紙――契約書を受け取り、そこに書かれている文面へと目を落とした。
『特製・勇者スターターパック 譲渡契約書』
一、伝説の鉄装備三点セット(限定モデル)
一、ユニークスキル【ブレイブ】付与代行手数料
右の代金として、金100万円(金貨100枚)を貸し付ける。
※年率15%。20歳より支払い開始。
※支払不能の場合、債務者は直ちに『シーラン海マグローザ漁船(蟹工船含む)』での労働に従事することに同意するものとする。
貸主:世界神ルチアナ ♡(※可愛いサインとハートマーク)
「…………」
優太の目が、スゥッと細められた。
防衛医科大の過酷な現場で培われた、氷のように冷たく、鋭い『大人の怒り』の眼差し。
「なぁ、ユート。お前が着ていたこの鎧の胸のマーク、なんて書いてあるか読めるか?」
優太は、床に転がっている砕けた鉄の胸当てを指差した。
「え? えーっと、『Taro-man』……タローマン、ですかね?」
「そうだ。ルナミス帝国中にある、ガテン系職人から一般人まで御用達のホームセンターだ。この『とりあえずこれ着とけ鉄セット』は、店頭で1万円(金貨1枚)で売られてる特売品だ」
「……え?」
ユートの思考が停止した。
「次に、ユニークスキル【ブレイブ】だが。これは『勇者ギルドに登録料(銀貨数枚)を払ってサインすれば、誰でも自動的に付与される基本スキル』だ。神が特別に授けるもんじゃない。ただの事務手続きだ」
「……えぇっ!?」
ユートの顔から、さぁっと血の気が引いていく。
純朴な農家の三男坊は、ここでようやく自分が『とんでもない詐欺』に引っかかっていたことに気づいたのだ。
「な、なんだってぇぇぇっ!? じ、じゃあ僕、1万円の安物とタダのスキルに、100万円の借金を背負わされて、マグローザ漁船に売られそうになってたってことですかぁ!?」
ユートが頭を抱えて絶叫する。
「あぁ。控えめに言って、極悪非道な詐欺だな」
優太は、手の中の契約書をギリッと握りつぶした。
相手はアナステシアの世界神、ルチアナ。普段はピンクのジャージを着てコタツで酒を飲んでいるポンコツ駄女神だということは知っている。
彼女がソシャゲの課金(月人アイカツ)やエステ代で常に火の車なのも知っている。
だが。
(……未成年(16歳)の純朴なガキを騙して、法外な借金を背負わせた挙句、命の危険がある遠洋漁業に売り飛ばす契約を結ばせるだと?)
優太の心の中で、何かがブチッと切れる音がした。
彼は医者であり、領主だ。理不尽な暴力や、弱者からの搾取を何よりも嫌う。それがたとえ、この世界を創った『神』であったとしても、例外ではない。
「ユート。その金貨は、お前が命懸けで稼いだ金だ。絶対に手放すな」
優太は、静かに、だが絶対的な威圧感を放ちながら立ち上がった。
「り、リーダー……?」
「その契約書は俺が預かる。……ちょっと、帝都まで『クーリングオフ』の申請に行ってくる」
優太は空中に『地球ショッピング』のインターフェースを展開した。
これまでの魔獣討伐で爆発的に溜まった善行ポイントを叩き込み、召喚ボタンを力強く押し込む。
『チャリン♪ UR:全天候型・大型魔導オフロードバイク(排気量1200cc相当・悪路走破カスタム)を召喚しました』
まばゆい光の粒子が収束し、城のエントランス前に、漆黒の装甲に覆われた巨大な二輪の鉄馬――オフロードバイクが出現した。
極太のブロックタイヤと、堅牢なサスペンション。地球の最先端の機械工学と、アナステシアの魔導技術が融合した、文字通り「道を切り拓く」ためのモンスターマシンである。
「な、なんですかこの鉄の塊は!?」
ユートが目を丸くして後ずさる。
「俺の足だ」
優太はバサッとジャージの裾を翻し、バイクに跨った。
そして、予備のヘルメットをユートの顔面にポンッと投げ渡した。
「えっ? これ、僕に?」
「当たり前だ。被害者本人がいなきゃ、示談交渉が始まらないだろ」
「し、示談交渉!? 相手は女神様ですよ!? バチが当たりますってば!」
「バチが当たるのはあっちの方だ。……グダグダ言ってないで、とっとと後ろに乗れ!」
優太の有無を言わさぬ迫力に押され、ユートは震えながらヘルメットを被り、巨大なバイクの後部シートに跨った。
「優太! 相手は腐っても神よ、一応気をつけるのよ!」
「ボスゥゥ! いっそ帝都ごと更地にしてやりましょうかぁぁ!」
リーシャとマンミアが見送る中、優太はバイクのキーを回した。
キュルルルッ……ドゥルルルルルンッッ!!!
エントランスに、腹の底を震わせるような重低音のエンジン音が響き渡る。
「しっかり掴まってろよ、ユート! 舌噛むぞ!」
「ひぃぃぃっ! り、リーダー、お手柔らかにお願いしまあああぁぁっ!」
キュララララァァァッ!!
タイヤが石畳を激しく削り、黒いオフロードバイクは弾丸のような速度でマルストア城を飛び出した。
目指すは、帝都ルナミスのど真ん中。
悪徳ビジネスの温床である、駄女神ルチアナのアンテナショップである。
「待ってろよ、詐欺師女……。この世界の成人が16歳だろうが知ったことか。地球の『未成年者契約の取り消し』の恐ろしさを、骨の髄まで教えてやる……ッ!」
風を切り裂き、爆音を轟かせながら、怒れるハイブリッド・メディックと借金勇者のコンビが、帝都へと向けて一直線に爆走していく。
次話。
ついに駄女神ルチアナと対峙!
優太の情け容赦ない『正論』と『脅迫』が炸裂し、ポンコツ神が綺麗な土下座を披露する、痛快無比の論破劇を見逃すな!
読んでいただきありがとうございます。
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