EP 7
打算なき勇気
絶望の地下空間(VIPルーム)。
死蟲将軍機の巨大な死の鎌が、ユートの頭上へと振り下ろされた。
逃げれば助かる。だが、動けない仲間を見捨てて逃げることなど、彼の魂が拒絶した。
恐怖に震えながらも、一歩も退かずに掲げたタローマン製の鉄の盾。
その瞬間。
ユートの心根にある『打算なき勇気』と『弱者を守る自己犠牲』が、ユニークスキル【ブレイブ】の隠し条件を完全に満たした。
――ピシュンッ……!!!
ユートの心臓の奥底から、これまで感じたことのない、爆発的な熱量とエネルギーが、マグマのように全身の血管を駆け巡り始めた。
彼の体が、淡い、しかし太陽のように眩い『黄金色の光』に包まれる。
ガギィィィィィィンッッ!!!
「え……?」
死蟲将軍機の全力の一撃。
触れたものを分子レベルで切断するはずのその鎌が、ユートの薄っぺらい鉄の盾に直撃した瞬間――あろうことか、巨大な鎌の刃の方が『粉々』に砕け散ったのだ。
『ギョ、ギャァァァァァッ!?』
鎌を砕かれた死蟲将軍機が、信じられないものを見たように悲鳴を上げて後退する。
「な、なんだ!? 僕の体が……すごく、熱い……!」
ユートは自分の両手を見つめた。
傷ついた胸の痛みは完全に消え去り、タローマン製の鉄鎧から、尋常ではない黄金の闘気と雷の魔力が溢れ出している。
太陽芋の収穫で培われた『剣術A・体術A』の素のパラメーターが、神の領域(SSSランク)にまで強制的に引き上げられていた。
『な、なんだ!? なんだその光は! なにが起きた!?』
モニタールームで高みの見物をしていたギアンの、裏返った悲鳴がスピーカーから響く。
「……あり得ないわ」
背後で座り込んでいたエルフの賢者リーシャが、魔導書を落としそうになりながら絶句した。
「あれは……神の奇跡に等しい、絶対的な勇者のオーラ。レベル1の農民の彼から、どうしてこんな規格外の魔力が……ッ!」
ルチアナが仕込んだ『ユニークスキル【ブレイブ】』。
民衆の支持がなければステータス補正ゼロのこのスキルは、「見返りを求めない本当の勇気」を発揮した瞬間、民衆の支持率を無視してリミッターを完全に破壊する。
今この瞬間、ユート・ディスパーダは、名実ともにアナステシア世界最強の『勇者』として覚醒したのだ。
「いける……。今の僕なら、いけるッ!!」
ユートは、鉄の剣を強く握り直した。
『ふ、ふざけるな! たかが農民のガキが、光ったくらいで調子に乗るな! ジェネラル! 溶解酸でドロドロに溶かしてやれ!!』
ギアンの絶叫に呼応し、死蟲将軍機が巨大な顎をガバッと開いた。
口腔の奥で、岩盤すら一瞬で蒸発させる致死の溶解酸が圧縮され、濁流となってユートめがけて放たれる。
「させないッ!! 『ドリル・トルネード』!!」
ユートが鉄の剣を前方に突き出す。
剣先から、黄金の闘気を纏った『超高圧の風魔法』が、巨大なドリルのように渦を巻いて発生した。
ゴアァァァァァァッ!!
放出された溶解酸の濁流が、ユートの風のドリルに正面から衝突する。
だが、結果は一方的だった。
竜巻のミキサーに巻き込まれた酸は、ユートに届く前に完全に霧散し、逆に暴風の余波が死蟲将軍機の巨体を大きく吹き飛ばした。
『バカなッ! 僕の最高傑作の酸が、あんなナマクラ剣の風魔法で弾き飛ばされただと!?』
「ギョ、ギョシャァァァッ!」
体勢を崩した死蟲将軍機が、今度は死蜘蛛型の多脚を蠢かせ、逃げ道を塞ぐように無数の粘着糸を吐き出してくる。
だが、今のユートの目には、その動きが止まって見えていた。
「リーダーが言ってたんだ。『助けるには段取りが要る。それでも、撃たなきゃいけない瞬間は迷うな』って!」
ユートは大地を強く蹴った。
ドォォォォンッ!!
タローマンの安い鉄のブーツが、地下空間の硬い岩盤をクレーターのように粉砕する。
音速を超えたユートの体は、粘着糸の網の目をすり抜け、一瞬にして死蟲将軍機の懐へと潜り込んだ。
「ここが、撃つ瞬間だァァァッ!!」
ユートは、右手に持った鉄の剣を大きく振り被った。
彼の中にある全ての魔力、闘気、そして――借金100万円の怒りと、マグローザ漁船への恐怖、何よりも仲間を守りたいという切実な想いが、剣の刀身に一点集中していく。
バチバチバチッ! ギャリリリリリリッ!!!
タローマン製の安い鉄の剣が、黄金の闘気と、限界まで圧縮された『雷魔法』を帯びて、白熱したプラズマのように輝き始めた。
「これでもくらえェェェッ! 『ライトニング・ブレイク』!!!」
ユートが、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
一億ボルトの過剰電流と神の闘気が融合した、超絶の雷光刃。
それが、死蟲将軍機の強固な死甲虫型の装甲に触れた瞬間――。
ズバァァァァァァァァンッ!!!!
まるで熱したナイフでバターを切るように。
体長十メートルを超える合成死蟲将軍機の巨体が、頭の先から尻尾の先まで、見事なまでに『一刀両断』に切り裂かれた。
『……え?』
スピーカー越しのギアンが、間の抜けた声を漏らす。
「ギョ……ォォ……」
死蟲将軍機の二つに割れた巨体から、おぞましい瘴気が噴き出し、次の瞬間、内側から爆発を起こして完全に消滅した。
光の粒子と土煙が、地下空間に舞い散る。
「はぁ……はぁ……っ」
黄金のオーラが、ユートの体からスゥッと消えていく。
同時に、限界以上の魔力を注ぎ込まれたタローマン製の鉄の剣が、ボロボロと砂のように崩れ落ち、彼の手には熱を持った柄だけが残された。
「……やった。倒した、ぞ……」
ユートは膝から崩れ落ち、そのまま仰向けに大の字になって倒れ込んだ。
全身の筋肉が悲鳴を上げているが、心の中はかつてないほどの達成感と安堵で満たされていた。
『あ、あああああっ! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! 僕の、僕のジェネラルがああああっ!!』
ギアンの泣き叫ぶ声が響く。
その時だった。
ズゴォォォォォォンッ!!!
ユートたちのいる隔離部屋(VIPルーム)の分厚い岩壁が、外側からの凄まじい爆炎と衝撃によって、木っ端微塵に吹き飛ばされたのだ。
「ゲホッ、ゴホッ! まったく、無茶苦茶な壁の作りしやがって!」
「ガハハハハ! 俺様の斧に砕けねぇ壁はねぇぜ!」
「ユート殿! リーシャ殿!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から現れたのは。
ジャージ姿の優太を先頭にした、イグニス、マンミア、キャルル、リーザ――マルストア最強チームの面々だった。
優太の指示で、ギアンの罠(壁)を物理と魔法の力技で無理やりぶち抜いて合流してきたのだ。
「あ……リーダー……」
ユートが、力なく首を向ける。
優太は、真っ二つに焦げて消えかかっている巨大なボスの残骸と、岩に足を挟まれているリーシャ、そして柄だけになった剣を握りしめて倒れているユートを見た。
そして、その状況から『何が起きたか』を瞬時に理解し、フッと優しく微笑んだ。
優太はゆっくりと歩み寄り、ユートの頭をポンと撫でた。
「……やったな、ユート。よく仲間を守り抜いた。お前はもう、立派な勇者だ」
「リーダー……っ」
ユートの目から、安堵の涙がポロポロと溢れ出した。
「優太。極めて非論理的なことが起きたわよ。このレベル1の少年が、あのボスを一撃で……」
「ああ、知ってる。俺が見込んだ『太郎型(お節介)』だからな」
優太は笑いながら、リーシャの足に乗っている数トンの岩石を、薙刀の柄をテコにして軽々と(※防衛医科大仕込みの力学と闘気で)退かし、彼女を抱き起こした。
『く、くそぉぉっ! 覚えてろよお前ら! このダンジョンのコアは絶対に渡さない! ママぁぁ、あいつらイジメてくるよぉぉ!』
スピーカーから、ギアンの負け惜しみと情けない台パンの音が響き、通信がプツンと切れた。
「よし、ボスの討伐完了だ! ギアンとかいう引きこもりはビビって逃げたみたいだからな。全員、地上へ帰還するぞ!」
優太の力強い声に、マルストアチームが歓声を上げる。
「ユートさん! すっごくカッコよかったですの! 私のファンクラブの名誉会員にしてあげますわ!」
リーザがユートの手を握ってブンブンと振る。
「怪我はないですか? 優太くんの言った通り、ユートくんは本物の勇者様ですね!」
キャルルがウサギの耳を揺らして微笑みかける。
女の子たちに囲まれ、称賛の言葉を浴びるユート。
(やった……! これで報酬がもらえる! 100万円返して、マグローザ漁船を回避できるんだ!)
農民勇者の顔に、最高に幸せそうな、だらしない笑みが浮かんだ。
だが、この時のユートはまだ知らない。
地上に戻った後、彼を待ち受けているのが「報酬による平和な完済」ではなく、リーダー優太による『駄女神ルチアナへの、情け容赦ない論破と脅迫』であることを。
読んでいただきありがとうございます。
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