EP 4
引きこもり魔人と、医療×アイドルの完全防備
天魔窟の最奥部。
そこには、中世ファンタジーの世界観とは完全に乖離した、薄暗い『モニタールーム』が存在していた。
壁一面に並べられた魔導モニター。床には空になったピザの箱が散乱し、甘ったるい炭酸飲料の空き瓶が転がっている。
「……あり得ない! なんなんだアイツらは!」
巨大な鎌を背負い、不気味な道化師の仮面をつけた死蟲軍の指揮官・魔人ギアンは、モニターを指差しながら金切り声を上げた。
画面に映し出されているのは、ジャージ姿の男(優太)に率いられたマルストア最強チームの面々だ。
ギアンが手塩にかけて生み出した『死蟻型』の群れは、竜人の炎で瞬く間に黒焦げにされ、あまつさえ「エビの天ぷら(エビ天)」などという屈辱的な俗称で呼ばれ、食料として品定めされていた。
「僕の……僕の芸術的な死蟲機が、エビの天ぷらだぁ!? ふざけるな! 僕は人間たちが絶望に顔を歪める極上の喜劇が見たいんだ! コントを見せろって言った覚えはないぞ!」
ギアンは怒りのあまり、食べかけのピザを壁に投げつけた。
死蟲王サルバロスからダンジョンの防衛と魂の回収を任されている彼にとって、侵入者が恐怖することなく、ピクニック気分で踏み破ってくるなどという事態は絶対に許されなかった。
「物理攻撃が通じないなら……状態異常だ。神経を侵し、精神を崩壊させて、あの忌まわしい笑顔を恐怖で塗り潰してやる!」
ギアンはキーボードのような魔導盤を激しく叩き、ダンジョン中層に待機させていた『特殊部隊』を起動させた。
「いけぇ! 死蜘蛛型! 死蛾型! 奴らを粘着糸で絡め取り、鱗粉で狂い死にさせろぉぉっ!」
***
一方、天魔窟の中層へと足を踏み入れた優太たち。
先陣を切るのは、鉄の盾を構えた農民勇者・ユートだ。彼はエビ天騒動で少し緊張が解けたとはいえ、慎重に周囲の気配を窺っていた。
「リーダー、なんだか空気が変わりました。さっきより、嫌な匂いがします」
ユートの言葉に、最後尾のリーシャが魔導書をめくる。
「ええ。前方の魔力波長が変異したわ。物理的な敵意より、より陰湿な『罠』の気配よ」
その直後だった。
頭上の暗闇から、バサバサという不気味な羽音と共に、巨大な蛾の魔獣『死蛾型』が十数匹姿を現した。
同時に、壁の隙間から這い出してきた『死蜘蛛型』が、口から白く濁った粘着性の糸を放射状に吐き出した。
『シューッ!!』
「うわっ!? なんだこの糸!」
ユートが咄嗟に盾を構えて糸を防ぐが、鉄の盾にべっとりと張り付いた糸は、農家の三男坊の腕力をもってしても引き剥がせないほど強力だった。
「まずいわ! 上空の蛾が『幻覚の鱗粉』を撒き散らしている! 吸い込めば脳神経がやられて、仲間同士で殺し合いを始めるわよ!」
リーシャが叫ぶ。
空気中にキラキラと光る、毒々しい紫色の粉末が降り注いでくる。物理攻撃を防ぐイグニスの炎も、広範囲に舞う粉塵相手では相性が悪い。
「ガハハ! なら息を止めて、一気にぶっ飛ばせば――」
「待てイグニス! 息を止めて戦える時間には限界がある。力任せに突っ込むな!」
優太の冷静な声が、ダンジョンに響いた。
「敵が状態異常で来るなら、こっちも『対生化兵器』の防具を配備するまでだ!」
優太は空中に『地球ショッピング』のインターフェースを展開し、指を滑らせた。
『チャリン♪ UR:医療用N95防毒マスク(フルフェイス仕様)および、広帯域解毒スプレーを召喚しました』
光と共に、優太の手元に無骨なフルフェイス型のガスマスクが人数分出現する。
「全員、これを被れ! 目と呼吸器を完全に保護するフィルターだ! 鱗粉だろうが毒ガスだろうが、分子レベルでシャットアウトできる!」
「な、なんだこれ!? すげぇ息苦しいけど、匂いが全くしなくなったぞ!」
ユートがマスクを被り、驚きの声を上げる。
イグニスやマンミアも素早くマスクを装着し、キャルルに至っては長いウサギの耳をマスクの隙間に器用に収納していた。
「防御は完璧だ! 次は精神汚染への耐性をかけるぞ! リーザ!」
優太がインカム越しに指示を飛ばす。
「お任せですの! どんな幻覚も、私のファンサで塗り潰してやりますわ!」
芋ジャージの少女は、ガスマスクを被った異様な姿のまま、愛用のマイク(みかん箱の破片付き)を握りしめた。
そして、ダンジョンの最奥まで届くほどの圧倒的な声量で歌い始めた。
『――♪ 迷わないでダーリン! 幻なんか見ないで、私だけを見てッ!』
地下アイドル特有の、強烈な自己主張とエゴイズムの塊。
彼女の歌声は『Love & Money』の魔力を帯び、優太たちの脳内に直接「多幸感」と「覚醒作用」を送り込んだ。
死蛾型の放つ幻覚の鱗粉が、リーザの歌の波長とぶつかり合い、霧散していく。
「完璧だ! 視界クリア、精神異常なし! 総員、掃討戦を開始しろ!」
優太の号令と共に、マルストア最強チームの反撃が始まった。
「オラァァァッ! 糸ごと焼き尽くしてやるぜ!」
イグニスが火炎を纏った斧を振るい、死蜘蛛の粘着糸を根こそぎ焼き払う。
「我が騎士の誇りに懸けて、害虫どもを一掃しますぞ!」
マンミアがメビウスの鎖を放ち、空を飛ぶ死蛾型の羽を次々と絡め取って地面に叩き落とす。
状態異常を完全に無効化された死蟲機たちは、もはやただの脆い昆虫でしかなかった。
「……す、すごい」
ユートは、防毒マスクのバイザー越しに、その圧倒的な制圧劇を見つめていた。
これまでユートがいた『勇者の村』では、強い魔獣が現れれば「気合だ! 根性で耐えろ!」と力任せに突撃するのが当たり前だった。
だが、優太の戦い方は違う。
敵の特性を見極め、必要な装備を用意し、味方の才能(リーザの歌)を最大限に引き出して、被害を「ゼロ」に抑え込む。
(リーダーは、力だけで戦ってるんじゃない。誰よりも冷静に『段取り』を組んで、絶対に仲間を死なせないように戦ってるんだ……!)
ユートの胸に、優太という大人の『真のリーダー像』が深く刻み込まれていく。
「僕も……ぼーっとしてられない!」
ユートは鉄の剣を構え直し、地面に落ちてじたばたしている死蛾型めがけて駆け出した。
「どりゃぁぁぁっ!」
農作業で鍛えた渾身の一撃が、死蛾型の頭部を叩き割る。
「よし、よくやったユート! 前衛のカバーとしては完璧なタイミングだ!」
優太からの称賛の声が飛び、ユートはマスクの下で嬉しそうに鼻の下を擦った。
***
「あぁぁぁぁぁっ!! 僕の、僕の完璧な状態異常トラップがぁぁぁ!!」
モニタールーム。
魔人ギアンは、頭を抱えて床を転げ回っていた。
「なんだあの奇妙な仮面は! なんで毒の粉末を吸ってピンピンしてるんだ! しかもあの芋ジャージの小娘、なんだあの歌は! 僕の魔獣が、完全にバックダンサー扱いじゃないか!」
台パンを繰り返し、コーラの瓶をなぎ倒すギアン。
用意していた罠がすべて知恵と段取りによって完封され、彼のストレスはついに限界を突破した。
「……許さない。もうお遊びは終わりだ!」
ギアンは震える手で、キーボードの『緊急隔離プログラム』のボタンを叩き込んだ。
「分断してやる……。あの知恵の回るジャージ男(優太)と、その取り巻きのバケモノ共を引き離して、一番弱い農民のガキ(ユート)を徹底的に絶望させてやるんだ!!」
ギアンの歪んだ笑い声と共に、ダンジョン深層へ向かう優太たちの足元で、恐るべき地殻変動のトラップが作動しようとしていた。
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