EP 2
マルストア最強チームと、震える農民勇者
翌朝。マルストア城の正門前。
太陽が昇り始めたばかりの清々しい空気の中、ユート・ディスパーダは、ガチガチと歯の根を鳴らしながら直立不動で立っていた。
「ど、どうしよう……。マルストアの領主様直々のパーティーに参加するなんて……」
彼が身につけているのは、昨日から一睡もせずにピカピカに磨き上げた『鉄の剣・盾・鎧』の三点セット(※タローマン特売品・一万円)。
マグローザ漁船行きを回避するためとはいえ、レベル1の初心者がいきなり領主の討伐任務に同行するなど、本来ならあり得ない話だ。
緊張で胃がキリキリと痛み、太陽芋の朝ご飯が逆流しそうになっていると、城門の奥から賑やかな足音が近づいてきた。
「おーい、ユート! 待たせたな!」
「あ、リーダー! おはようございま――ヒッ!?」
元気に挨拶をしようと振り返ったユートは、優太の後ろに続く『仲間たち』の姿を見た瞬間、カエルが潰れたような悲鳴を上げて尻餅をついた。
「ガハハハハ! なんだこのヒョロガリの坊主は! 本当にこいつが勇者なのかァ!?」
地響きのような笑い声を上げたのは、身長2メートルを優に超える巨大な竜人族の男、イグニスだった。背中に背負った両手斧からは、素人目にも分かるほどの恐ろしい熱量と闘気が漏れ出している。
「(りゅ、竜人族!? しかもあんな規格外のデカさ、絶対一撃でミンチにされるっ!)」
「イグニスさん、脅かしちゃダメですよ! 初めまして、ユートくん。私、キャルルって言います! よろしくね!」
次にひょっこりと顔を出したのは、銀色の髪と長いウサギの耳を持つ、とびきり可愛い少女だった。
だが、ユートの農家の野生の勘が激しく警鐘を鳴らす。彼女の細腕に握られた金属製のダブルトンファーには、見ているだけで空間が歪むような『銀色の闘気』が圧縮されているのが分かったからだ。
「(う、兎耳族……って、あの動きのヤバい上位種の月兎族!? 可愛顔して絶対殺傷能力エグいじゃん!)」
「……優太。彼が言っていた『勇者』ね。魔力も闘気も一般人以下。おまけにその鎧、タローマンの『とりあえずこれ着とけ初心者セット(一万円)』じゃない。耐久値は限りなくゼロよ。極めて非論理的な装備ね」
魔導書を開きながら、冷ややかな視線を送ってくる金髪のエルフの美女、リーシャ。
「ま、待たれよリーシャ殿! 騎士たるもの、装備の貧弱さで者を推し量ってはなりません! 恐怖に震えながらも、こうして指定の時間前に集合する真面目さ! 私は彼の『ノブリス・オブリージュ』の欠片を評価しますぞ!」
立派な蹄の音を鳴らしながら、真面目な顔でユートをフォローするケンタウロス族の騎士団長、マンミア。
「(エ、エルフの賢者に……ケンタウロスの騎士団長!? な、なんだこのバケモノ揃いのパーティーは……!)」
ユートは完全にパニックを起こし、泡を吹きそうになっていた。
冒険者ギルドで「リーダー」と呼んだジャージ姿の男が、まさかこれほどまでの規格外のバケモノ(失礼)たちを従えているとは夢にも思わなかったのだ。
「あー、お前ら。あんまり脅かすな。こいつ、ただでさえ借金でマグローザ漁船行きがかかってて情緒不安定なんだから」
優太が苦笑しながら、ユートに手を差し伸べて立たせてやる。
「それに、もう一人いるだろ? ほら、挨拶しろ」
「え?」
ユートが視線を下げると、優太の背中から、エンジ色の芋ジャージに健康サンダルを履いた、透き通るような海色の髪を持つ美少女が飛び出してきた。
「初めましてですの! 私は絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですわ!」
リーザはビシッとポーズを決めると、ジャージのポケットから自家製の『ファンクラブ入会申込書』を取り出し、ユートの胸に押し付けた。
「プロデューサー(優太)から話は聞いてますの! 新しいサポートメンバー(前衛)さんですわね! 私のライブの物販の設営と、最前線でのコール&レスポンス、期待してますわよ! さぁ、まずは年会費の『五円(御縁)』を払いなさいの!」
「(……い、芋ジャージ? しかも五円? アイドル? なんだこの子、バケモノ揃いの中で一人だけ異常に俗っぽい……!)」
色々な意味で情報量が多く、ユートのキャパシティはすでに限界を突破していた。
「あー、こいつらはマルストア領の最強チームだ。クセは強いが、絶対に仲間を見捨てない連中だから安心しろ」
優太はユートの肩をポンと叩くと、全員に向かって表情を引き締めた。
「よし、全員揃ったな。これより、領地北東の山脈地帯に出現した新ダンジョン『天魔窟』の調査および、湧き出ている魔獣の討伐に向かう」
優太が空中に『地球ショッピング』のインターフェースを展開し、全員分の移動用バギーと物資を瞬時に召喚する。
光の粒子と共に現れた謎の鉄の乗り物を見て、ユートは再び目を剥いた。
「(な、何も無い空間から鉄の馬が!? リーダー、一体何者なんだ……!?)」
「今回のターゲットは『死蟲機』と呼ばれる昆虫型の魔獣だ。数が多い上、毒や酸を使ってくる。ユート、お前は前衛で俺やイグニスの後ろにつき、取りこぼした雑魚の処理と遊撃を頼む」
「は、はいっ!」
「よし、出発だ!」
***
バギーに揺られること数時間。
マルストア領の豊かな森を抜け、岩肌が剥き出しになった荒涼とした山脈地帯へ。
その中腹に、ぽっかりと開いた巨大な亀裂。そこが『天魔窟』の入り口だった。
洞窟の入り口からは、カビと腐肉が混ざったような不快な瘴気が絶えず漏れ出しており、周囲の草木は黒く枯れ果てている。
「うぅ……気持ち悪い匂い。鼻が曲がりそうよ」
キャルルが長いウサギの耳をペタンと伏せ、鼻をつまむ。
「内部の魔力濃度が異常だわ。間違いなく、この奥に強大な『核』が存在しているわね」
リーシャが魔導書を展開し、周囲の空間魔力をマッピングし始める。
優太たちマルストア最強チームの面々は、一切の恐怖を感じさせることなく、まるでピクニックにでも来たかのように自然体で入り口の前に立っていた。
一方のユートはといえば。
ガチガチガチガチガチ……ッ!
あまりの恐怖とプレッシャーに、着用しているタローマン製の鉄鎧がカスタネットのように激しい音を立てていた。
「(む、無理だ……。入り口に立っただけで、全身の毛穴から汗が止まらない。こんな場所に潜ったら、一瞬で骨も残らず喰われる……っ!)」
足がすくみ、一歩も前に進めない。
1億円の懸賞金なんて夢のまた夢。自分はただの農家の三男坊で、マグローザ漁船から逃げるために見栄を張っただけの、偽物の勇者なのだ。
「……怖いか?」
不意に、隣から静かな声が降ってきた。
見上げると、ジャージ姿のリーダー・優太が、ユートと同じ目線まで腰を下ろし、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「あ、あ、あの……ごめんなさい、リーダー。僕、やっぱり……」
「怖くて当然だ。こんな気味の悪い穴倉に、喜んで飛び込む奴の方がイカれてる」
優太はそう言って、チラリと後ろを見た。
「ヒャッハー! 虫けらどもをこんがり焼いてやるぜェ!」と斧を振り回しているイグニスや、「今日のステージはダークなアンダーグラウンドですのね! 燃えますわ!」と謎のテンションで準備体操をしているリーザがいる。
「……まぁ、うちにはイカれてる奴が多いけどな」
優太の冗談に、ユートは僅かに肩の力が抜けた。
「いいか、ユート。戦場で一番死にやすいのは、恐怖を知らない奴だ。お前のその『怖い』って感覚は、絶対に死なないための最高のセンサーなんだよ」
優太は立ち上がり、ユートの薄っぺらい鉄の鎧の肩を、ドンッと力強く叩いた。
「お前は一人で戦うわけじゃない。俺たちはチームだ。お前がピンチの時は、俺たちが必ず助ける。だから……お前は、お前ができることだけを全力でやれ」
その言葉には、不思議な重みと、絶対的な安心感があった。
見返りなど求めない、純粋な『弱者を導く者』としての圧倒的な器の大きさ。
「リーダー……」
「さぁ、行くぞ。マグローザ漁船のチケット、このダンジョンでへし折ってやろうぜ」
優太が差し出した手を、ユートは震えながらも、しっかりと握り返した。
「……はいっ!!」
心の奥底に眠る『太郎型』の魂――打算なき勇気の種火が、ほんの少しだけ熱を帯びた瞬間だった。
彼が持つユニークスキル【ブレイブ】は、いまだ民衆の支持がないため発動していない。ステータスは農民レベルのままだ。
だが、今の彼には、マルストア領が誇る最強の仲間たちがついている。
「よし、突入陣形Aだ! イグニスとマンミアが先頭! 俺とユート、キャルルが遊撃! リーシャとリーザは後方支援! いくぞ!」
優太の鋭い号令と共に、マルストア最強チームと借金まみれの農民勇者は、暗く深い『天魔窟』の闇の中へと、力強く足を踏み入れた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




