第十章 借金勇者と天魔窟、そして駄女神のローン詐欺
借金まみれの農民勇者と、ハイブリッド・メディックの出会い
マルストア領・冒険者ギルド本部。
領主である中村優太の政策により、急速な発展を遂げているこの領地には、今や近隣諸国から腕利きの冒険者たちが続々と集まってきていた。
魔獣討伐、薬草採取、新ダンジョンの探索。ギルド内は活気と熱気に溢れ、屈強な戦士や魔法使い、獣人たちがジョッキを片手に酒を酌み交わしている。
その日、ジャージ姿の優太は、視察も兼ねてギルドのマスターに顔を出しに来ていた。
「へぇ、活気があるな。これなら領内の魔獣被害もだいぶ減りそうだ」
優太が満足げに頷きながら掲示板の依頼書を眺めていると、ギルドの隅にある酒場スペースから、何やら哀れで悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「お、お願いします! 荷物持ちでも、盾役でも、残飯処理でも何でもやります! だから、僕をパーティーに入れてくださいっ!」
声の主は、一人の少年だった。
年齢は16歳くらいだろうか。日焼けした肌と、土にまみれた短い髪。どこからどう見ても『純朴な農家の息子』といった顔立ちの少年が、屈強なベテラン冒険者たちのテーブルの前で、床に額を擦りつける勢いで土下座をしていたのだ。
だが、ベテラン冒険者たちは冷ややかな目で少年を見下ろした。
「おいおい、冗談キツいぜ坊主。お前、さっきから色んなパーティーに声かけて回ってるみたいだが……自分の背負ってるモン、分かってんのか?」
「そ、それは……っ」
「『借金100万、年率15%。期日までに返済できなければ、シーラン海のマグローザ漁船行き』……だろ? そんな札付きの疫病神と、誰が好き好んで命を預け合うパーティーを組むってんだよ」
マグローザ漁船。
それは、一獲千金を夢見て海に出る者もいれば、闇金融業者から借金返済のためにドナドナされる漢たちが乗る、地獄の遠洋漁業船である。船内通貨は「K(ケツフキ紙のK)」とも言われ、生きて陸に戻れる保証はない。
「そんな重てぇ十字架背負ってる奴は、土壇場で絶対何かしでかす。悪いことは言わねぇ、おとなしく田舎に帰って芋でも掘ってな」
けんもほろろに断られ、ベテラン冒険者たちは席を立ってしまった。
一人取り残された少年は、床に膝をついたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「うぅぅ……帰るったって、僕は三男坊だから、継ぐ畑もないのに……っ。このままじゃ本当にマグローザ漁船で、蟹工船かマグロの餌だ……っ」
あまりにも悲惨な光景に、優太は思わずため息をついた。
防衛医科大で叩き込まれた命の尊さと、持ち前の『お節介』の血が騒ぐ。
優太はスッと少年の前に歩み寄り、ポケットから出した手拭いを差し出した。
「ほら、涙と鼻水を拭け。冒険者がそんな顔してたら、スライムにだって舐められるぞ」
「え……? あ、ありがとうございます……ズズッ」
少年は手拭いを受け取り、顔をぐしぐしと拭って立ち上がった。
優太は少年の全身を改めて観察した。
彼が身につけているのは、いかにも安っぽい『鉄の剣』『鉄の盾』『鉄の鎧』の三点セットだった。
(……ん? なんだこの装備)
優太の目が、鎧の胸元に小さく刻印されたマークを捉える。
『Taro-man』。
それは、ルナミス帝国にチェーン展開している、一般向けからガテン系職人向けまで幅広い武器防具・衣服を扱うホームセンター『タローマン』のロゴマークだった。
(これ、タローマンの初心者向け『とりあえずこれ着とけ鉄セット(特売品・1万円)』じゃないか。なんでこんな量産品を、大事そうに磨いて着てるんだ?)
優太が不思議に思っていると、少年は姿勢を正してペコリと頭を下げた。
「あの、お名前は存じ上げませんが、お気遣いありがとうございます! 僕はユート! ユート・ディスパーダ! 勇者の村出身の、登録制勇者です!」
「勇者? 君が?」
「はい! 魔王を倒して懸賞金1億円をゲットして、ルナミス帝国で朝から晩まで酒呑んで女の子を侍らせるのが夢です! だから絶対、マグローザ漁船にだけは乗りたくないんですぅぅっ!」
欲望に忠実すぎるのか、それともただの馬鹿なのか。
優太は苦笑しながら、近くの空いているテーブルにユートを座らせ、ギルドのウェイトレスに温かい肉のスープとパンを二人分注文した。
「俺は中村優太だ。まぁ、腹が減ってちゃ話もできないだろ。奢ってやるから食いな。……で? どうして勇者サマが、マグローザ漁船に乗るハメになりそうなんだ?」
温かいスープが運ばれてくると、ユートは「うぉぉっ!」と歓声を上げ、農家の三男坊特有の凄まじい勢いでパンを平らげ始めた。
そして、腹が少し満たされると、ポツポツと自らの悲惨な経緯を語り出したのだ。
「実は……ルナミス帝国のアンテナショップで、すっごく親切な女神様に声をかけられたんです。『ブレイブは要らんかね〜、誰でも現金があれば勇者になれるよ!』って」
「……女神?」
優太の眉がピクリと動いた。嫌な予感がする。
「はい! ピンク色のジャージを着て、健康サンダルを履いた、コタツが似合いそうな女神様でした! その女神様が、『今なら特別サービスに、魔王を倒せる伝説の武具セットもつけちゃう!』って、この装備を譲ってくれたんです!」
ユートは、胸のタローマン製(1万円)の鉄の鎧を誇らしげにドンッと叩いた。
「本来なら国宝級の値段だけど、20歳から支払いOKの特別ローンで100万円でいいって! しかも、勇者の証であるユニークスキル【ブレイブ】まで授けてくれて! ただ、契約書の裏にすっごく小さな文字で、『支払えない場合はマグローザ漁船行き』って書いてあって……今さら怖くなってきて、こうして必死に稼げるパーティーを探してるんです……っ!」
「…………」
優太は、こめかみを指で揉みほぐした。
(――ルチアナの奴、やりやがったな)
間違いない。ピンクのジャージに健康サンダル。そのポンコツ詐欺師のような手口は、世界神でありながらソシャゲの課金とエステ代で常に火の車になっている駄女神・ルチアナの仕業だ。
タローマンで1万円で買った初心者セットを「伝説の武具」と偽り、100万円(年率15%)の悪徳ローンを組ませる。しかも、ユニークスキル【ブレイブ】は「勇者ギルドに登録すれば誰でももらえる基本スキル」だ。それを恩着せがましく「授けた」と騙している。
(ど〜せ魔王ラスティアのとこまで辿り着けないから、100万円の債権だけ回収しようって魂胆だな……。あいつ、次に会ったら絶対に絞める)
何も知らずに「伝説の装備」を信じ込んでいる純朴な少年に、優太は哀れみと、そして明確な怒り――理不尽な搾取に対する怒り――を覚えた。
「なぁ、ユート」
優太はスープを飲み干し、真剣な顔で少年を見つめた。
「魔王を倒して1億円稼ぐのは、ちょっと時間がかかる。それに、いきなりアバロン魔皇国にカチ込むのは、レベル1の初心者が全裸でラスボスに挑むようなもんだ」
「うっ……や、やっぱりそうですかね。でも、稼がないと僕……」
「だから、俺が依頼を出してやる」
優太は、テーブルの上に銀貨を数枚積み上げた。
「実は最近、俺の治めているこのマルストア領の山奥に、『天魔窟』っていう厄介なダンジョンが出現したんだ」
天魔窟。
それは、かつて神蟲魔大戦で敗れた『死蟲王サルバロス』が、自らの魂を移して復活を目論んでいる忌まわしき迷宮。最近になってマルストア領の近くにその入り口が開き、不気味な蟲型の魔獣(死蟲機)が周辺をうろつくようになっていたのだ。
「ギルドの連中には荷が重いから、俺と、うちのチームで討伐に向かう予定だったんだが……荷物持ち兼、前衛のサポートがもう一人欲しかったところでね。お前、農家出身なら足腰は強いだろ?」
「えっ!? は、はい! 太陽芋の収穫で鍛えてるんで、体力には自信があります!」
「よし。なら、俺のパーティーに臨時で入れ。天魔窟の調査と魔獣討伐を手伝ってくれたら、破格の報酬を出してやる。マグローザ漁船に乗らなくて済むくらいにはな」
優太のその言葉に、ユートの瞳から再びボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「ほ、ほんとうですか……っ!? 借金まみれの僕なんかと、組んでくれるんですか!?」
「俺は医者もやっててね。困ってる奴を見捨てる趣味はないんだ。ただし、ダンジョンは遊びじゃない。命懸けだぞ?」
「やります! やらせてください! 僕、絶対に足は引っ張りませんからっ!」
ユートは椅子から立ち上がり、今度は優太に向かって深く深く頭を下げた。
「ありがとう、ございます……っ! 中村さん! 僕、死ぬ気で頑張ります!」
ボロボロの鉄装備(初心者用)に身を包んだ、借金まみれの三男坊。
打算的で、欲深くて、気が小さい。だが、その根底には、佐藤太郎や優太と同じ「善良な魂」が眠っていることを、優太は確かに感じ取っていた。
(……この馬鹿げた詐欺のローン契約、俺が裏で必ず破棄させてやる。だがその前に、こいつには『勇者』としての本当の戦い方を教えてやる必要があるな)
優太はニッと笑い、ユートの肩をポンと叩いた。
「中村さん、じゃない。今日から俺はお前の『リーダー』だ。準備を整えろ、ユート。明日の朝、マルストアの城門前に集合だ」
「はいッ! リーダー!」
かくして、最悪のマイナスからスタートした農民勇者ユートの冒険は、アナステシア最強のハイブリッド・メディックとの出会いによって、大きく運命の歯車を回し始めたのである。
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