EP 10
月下の宴と、カオスな芋ジャージ(愛と御縁の包囲網)
帝都マルシアの外れ、テント村の広場。
空には満天の星が輝き、優太が『地球ショッピング』で召喚したプレミアムおでん屋台からは、出汁の香りと共に、温かな笑い声が絶え間なく響いていた。
「はぁ……食った食った。まさか帝都のド真ん中で、こんな極上の宴会ができるとはな!」
竜人族のイグニスが、空になった巨大なジョッキをドンッとテーブルに置き、豪快に腹をさすった。
テント村の住人たち――これからマルストア領の新たな領民となる人々――は、満腹の幸福感に包まれながら、それぞれ用意された毛布にくるまり、穏やかな寝息を立て始めている。
「みんな、落ち着いたみたいだな」
優太はおでん屋台の火を落とし、前掛けを外してふぅと息を吐いた。
彼の手には、イグニスが注いでくれた『イモッカ(強い芋酒)』の入ったグラスが握られている。
「お疲れ様です、優太くん!」
トテトテと足音を立てて、銀髪の兎耳少女・キャルルが駆け寄ってきた。
彼女の手には、出汁が極限まで染み込んだ大根と、牛すじの串が乗ったお皿がある。
「はい、優太くん! ずっとみんなにおでんを配ってて、自分の分食べてなかったでしょ? 私がフーフーしてあげたから、あーんして!」
「お、おう。ありがとう、キャルル。でも自分で食えるから――」
「だーめ! はい、あーん!」
キャルルは有無を言わさず、優太の膝の上にちょこんと座り込み、大根を優太の口元へと押し当てた。
「んむっ……」
抗いきれず口を開けると、口いっぱいにジュワァァッと黄金の出汁と大根の甘みが広がる。
「えへへ、美味しい? 優太くんのほっぺ、ふにふにで可愛いですねぇ」
キャルルが嬉しそうに兎耳をパタパタさせながら、優太の胸元にピッタリとすり寄ってくる。月兎族の柔らかで温かい体温が、ジャージ越しにダイレクトに伝わってきた。
「ちょっとキャルル、抜け駆けは感心しないわね」
ふいに、優太の左側から、透き通るような冷ややかな声が響いた。
エルフの天才魔術師にして第一夫人(キャルルと同列)のリーシャである。
彼女は流れるような金髪を夜風になびかせながら、スッと優太の隣に腰を下ろした。
「優太。先ほどの『治癒周波数』の出力、あなたの脳と聴覚に多大な負荷をかけていたはずよ。妻として、あなたの術後バイタルをチェックする義務があるわ」
「いや、俺はピンピンしてるぞ? ほら、脈も正常……って、おい」
リーシャは優太の左手を両手でギュッと包み込み、そのまま彼女の豊満な胸元へと密着させたのだ。
「ええ。脈拍が急上昇しているわね。極めて不自然だわ。もっと密着して、心音を直接聞く必要があるわね」
「理屈と行動が矛盾してるぞ、リーシャ先生……ッ!」
右膝には甘えん坊の兎耳少女。左腕にはクールに見せかけてド直球なエルフの美女。
戦場ではどんな脅威にも動じないハイブリッド・メディックの顔が、みるみるうちに林檎のように真っ赤に染まっていく。
だが、今夜のマルストア最強チームの「愛の包囲網」は、これだけでは終わらなかった。
「うぅぅぅぅぅ……ッ! ズズッ……ボスゥゥゥゥッ!」
背後から、地の底から湧き上がるような、野太い泣き声が響いた。
振り返ると、騎士団長のマンミアが、イモッカの空き瓶を何本も抱えながら、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして立っていた。
生真面目な彼女は、緊張の糸が切れたことと、優太の優しさに感動しすぎた結果、完全に『泣き上戸の酔っ払い』と化していた。
「マ、マンミア? 飲み過ぎだぞ、水を持ってこようか……」
「ボスゥゥ! ボスは、どうしてそんなに優しいんですかぁぁ!」
ガシィィィィッ!!
「ぐえっ!?」
マンミアは空き瓶を放り投げ、背後から優太の首に両腕を回し、ケンタウロスの恐るべき馬力で強烈なホールド(抱擁)を決めた。
背中に押し当てられる、騎士団長の規格外のわがままボディと、首を絞め落とさんばかりの怪力。
「私、私だって! 今年のクリスマスで二十五歳になっちゃうんですよぉ! 騎士団長として気を張ってますけど、本当は……本当は……ッ!」
「ま、マンミア、首が! 締まってる! タップ! タップ!」
「いつかボスを私の背中に乗せて、二人きりで夜の帝都を爆走したいって、ずっと思ってたんですぅぅぅ!」
「願望が物騒すぎるだろ! 痛い痛い!」
右からキャルル、左からリーシャ、後ろからマンミア。
まさに四面楚歌。いや、両手に花どころか全身が花に埋もれる、窒息寸前のラブコメ・スクラムである。
そして、その光景を。
少し離れたおでん屋台の影から、芋ジャージの裾をギリギリと握りしめながら見つめている少女がいた。
(な、なんなんですの、あの光景は……!)
地下アイドル・リーザである。
つい先ほど、「優太プロデューサーにガチ恋なんてご法度ですわ!」と自分を戒めたばかりだというのに。他の女の子たちが優太にベタベタとくっつき、優太が満更でもなさそうに(本人は死にかけているが)しているのを見ると、胸の奥がギリギリと焦げるように痛んだ。
(私……私だって、クーちゃんを助けてもらった恩がありますの。それに、あのオーロラのステージを一緒に作った、最高のパートナーですのに……っ!)
リーザは、強欲な人魚姫だ。
欲しいものは全部奪う。ファンの愛も、お金も、そして――目の前の、底抜けに優しいこの男の心も。
「……ちょっと、そこをどきなさいのーッ!!」
タタタタタッ! と健康サンダルを鳴らし、リーザが猛烈な勢いで突撃してきた。
「えっ?」と驚くキャルルとリーシャの隙を突き、リーザは優太の真正面へと滑り込んだ。
「一番の功労者は私ですのよ! プロデューサーは、私の『太客第1号』なんですから、他の女の子にうつつを抜かすなんて許しませんわ!」
ドンッ! と。
リーザは優太の胸板に真正面から抱きついた。
エンジ色の芋ジャージ越しに、彼女のドクドクと高鳴る心臓の鼓動が、優太の胸に伝わってくる。
「お、おいリーザ!?」
「いいから、私を甘やかしなさいの! 私に一番美味しいおでんを貢いで、私の頭を撫でて、私のことだけを見なさいのーッ!」
顔を真っ赤にしながら、優太の胸元にスリスリと頬を擦り付けるリーザ。
そのあまりにも強欲で、それでいて不器用な愛情表現に、キャルルが「むきーっ!」とウサギのように怒り出した。
「な、なんですか新入りのくせに! 優太くんは私とリーシャさんの旦那様なんですよ! アイドルさんはすっこんでてください!」
「そ、そうですの!? でも関係ありませんわ! 私は全部奪うんですの!」
「非論理的ね。優太の心拍数は私が管理しているのよ。離れなさい」
「ボスゥゥゥ! 私の背中に乗ってくださいぃぃ!」
四人のヒロインが、一人のジャージ姿の男を巡って、夜の広場でカオスな綱引き(物理)を始めた。
「お、おい! 誰か、誰か助け……イグニス!」
優太は必死に顔だけを上げ、少し離れたテーブルで一人酒盛りをしている竜人の相棒に助けを求めた。
「ガハハハハハ!!」
だが、イグニスは特大の牛すじ串を齧りながら、腹を抱えて大笑いしていた。
「モテる男は辛いなぁ、軍団長! 悪いが俺様は、この『おでん』ってやつと真剣に向き合ってる最中だ! 手は貸せねぇから、朝まで絞られとけ!」
「お前……絶対あとで減給してやるからな……ッ!」
優太の悲鳴が、夜空に空しく響き渡る。
だが。
引っ張られ、揉まれ、怒鳴り合いながらも、優太の口元には、自然と優しい笑みが浮かんでいた。
(……まぁ、こんな騒がしい日常も、悪くないか)
地球の防衛医科大で孤独に技術を磨いていた頃には、想像もできなかった光景。
理不尽な暴力に命を懸けて立ち向かい、自分の善性を貫き通した結果、手に入れた最高の『家族』。
優太は、両腕と背中、そして胸に抱きつく温かな体温を感じながら、満天の星空を見上げた。
マルストア領の平和な夜は、こうして賑やかに更けていくのだった。
***
――だが、光ある所に、必ず濃密な闇が存在する。
帝都マルシアの地下深く。
光の泡による浄化のオーロラが消え去った、さらに奥底の暗闇。
かつてドワーフたちが築き、今は放棄された地下帝国『ドンガン』の玉座にて。
漆黒の外套を纏った魔族の幹部・ゾルギアは、粉々に砕け散った『呪いの魔具』の破片を前に、ギリッと牙を剥き出しにしていた。
「……あり得ん。あり得んぞ」
ゾルギアの低い声が、玉座の間に反響する。
彼の足元には、ゲルツ商会との連絡用に使っていた通信魔導具が、無惨に踏み砕かれていた。
「我が放った最強の生態系破壊兵器たるキマイラを、殺さずに浄化しただと……? そればかりか、あの闇ギルドのクラーケンまでも、呪いだけを的確に破壊して海へ還したというのか……!?」
ゾルギアの肩が、屈辱と、そして底知れぬ『恐怖』によって微かに震えていた。
魔族の歴史上、どんな勇者も、どんな聖騎士も、魔獣を「力でねじ伏せ、殺す」ことしかできなかった。
だが、あのジャージ姿の男――中村優太は違う。
「軍事兵器と医療の融合。あまつさえ、人魚の『歌』と共鳴させ、音波で呪いを共鳴破壊するだと? ……ふざけるな。そのような規格外の戦術、もはや人間の魔法でも武術でもない。悪魔の所業だ!」
ゾルギアはマントを翻し、玉座の奥に広がる巨大な培養槽を睨みつけた。
そこには、魔族の全魔力を結集して作り上げられようとしている、数万の『魔獣軍団』と、最凶の合成獣の胎児が眠っている。
「……中村優太。貴様のその『命を救う』という底抜けの善性と悪知恵は、我ら魔族の悲願にとって、明確なイレギュラー(脅威)だ」
ゾルギアの瞳に、暗く冷たい殺意が宿る。
「小細工は、もう終わりだ。……貴様のその優しさが、一体どこまで通用するか。この私が自ら表舞台に立ち、貴様の愛する者たちを、根底から引き裂いてやろう」
魔族幹部の冷酷な宣言が、地下の闇を濃密に染め上げていく。
マルストア最強チームに忍び寄る、これまでとは次元の違う最悪の『総力戦』の足音。
だが、どんな絶望が立ちはだかろうとも。
中村優太と、彼を信じ、愛する最強の家族たちの絆が折れることは、決してない。
読んでいただきありがとうございます。
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