EP 9
スラムの奇跡と、星空の屋台
「おーい! みんな、もう大丈夫だぞ!」
帝都マルシアの外れ、テント村が広がる夜の公園。
竜人族のイグニスが、巨大なマンホールの蓋を軽々と押し開けて地上へと飛び出した。それに続き、優太、リーシャ、キャルル、マンミア、そして芋ジャージ姿のリーザが次々と地上へと舞い戻る。
「あ、お医者様の神様たちだ……!」
「リーザちゃんも、無事だったんだね!」
不安そうに身を寄せ合っていたスラムの住人たちが、優太たちの姿を見てワッと駆け寄ってきた。
その中には、先ほど優太の医療とリーザの歌で一命を取り留め、心に希望を取り戻した少年・トミーの姿もあった。
「リーザちゃん……っ! よかった、バケモノに食べられちゃったかと思ったよぉ!」
「トミー君!」
泣きながら抱きついてくるトミーを、リーザは優しく抱き止めた。
「ふふん! 誰に向かって言ってますの! 私は絶対無敵のスパチャアイドルですのよ? 地下のバケモノ――ううん、迷子になってた私のお友達は、プロデューサーたちと一緒に、無事にお家に帰してあげましたわ!」
リーザが自慢げに胸を張ると、テント村の住人たちから割れんばかりの歓声が上がった。
「悪徳商人のゲルツとその護衛たちは、イグニスが尻に火をつけて衛兵の詰め所まで走らせた。今頃、泣きながらこれまでの余罪を全部自白してるはずだ」
優太が笑いながら報告すると、大人たちも安堵の涙を流して崩れ落ちた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……! 何とお礼を申し上げたらよいか……」
長老格の老人が、震える手で優太の手を握りしめる。
だが、その老人の腹の虫が、直後に「きゅるるる……」と情けない音を立てた。
「……お恥ずかしい。地上げ屋の脅威は去りましたが、我々には今夜食べるパンの耳すら残っておらんのです。テントも壊されてしまい、明日からどう生きていけばよいのか……」
歓声が収まり、再び突きつけられた『貧困』という現実。
トミーをはじめとする孤児たちも、しょんぼりと俯いてしまう。
「……」
リーザも唇を噛んだ。彼女の歌で絶望を取り払うことはできても、空腹を満たすことはできない。
アイドルである自分の無力さに、彼女が肩を落としかけた時だった。
「パンの耳なんて食う必要はない。今夜は、俺の奢り(ファンサービス)だ」
優太が一歩前に出た。
彼は空中に『地球ショッピング』のインターフェースを展開し、これまでの善行――特にクラーケンを救ったことで爆発的に溜まったポイントを惜しげもなく投入した。
『チャリン♪ UR:特大・プレミアムおでん屋台セット(100人前・最高級仕込み済み)を召喚しました』
光の粒子が公園の広場に集束し、ドォォォンッ! という音と共に、木造の立派な『屋台』が出現した。
赤提灯が風に揺れ、巨大な四角い鍋からは、地球の最高級の鰹節と昆布から取られた、暴力的なまでに食欲をそそる『黄金色の出汁』の香りが立ち上る。
「な、なんだこれは……!?」
「す、すっごくいい匂いがしますのぉぉぉっ!?」
スラムの住人たちだけでなく、リーザやイグニスたちまでが、その未体験の香りに目を丸くして生唾を飲み込んだ。
「地球の冬の風物詩、『おでん』だ。大根、牛すじ、たまご、こんにゃく、練り物……全部極限まで味が染み込んでるぞ。遠慮はいらない、全員腹いっぱい食ってくれ!」
優太が屋台の内側に入り、前掛けを締めてお玉を構える。
「さぁ、並んだ並んだ! 子供たちからだぞ!」
「わぁぁぁいッ!!」
歓声を上げて群がる子供たちに、優太は手際よくおでんを取り分けていく。
「あちちっ! はふっ、ほふっ……んんんん〜〜ッ! なにこれ、大根がお口の中でとろけるよ!」
トミーが熱々の大根を頬張り、満面の笑みを浮かべる。
「牛すじも最高だぜ! 噛めば噛むほど肉の旨味が溢れてきやがる!」
イグニスがジョッキ片手に牛すじ串を豪快に平らげ、キャルルも「たまご、すっごく美味しいです!」と兎耳を揺らしている。
リーシャは「練り物のタンパク質と出汁のアミノ酸が、疲労回復に極めて論理的ね」と言いながら、はんぺんを優雅に口に運んでいた。
そんな中、リーザもまた、優太から渡されたおでんの器を震える手で受け取っていた。
「……いただきますの」
ハフッ、と。出汁をたっぷり吸い込んだ『ちくわ』を一口齧る。
「……っ!!」
リーザの瞳孔が限界まで見開かれた。
毎日スーパーの試食とパンの耳で命を繋いできた彼女の味覚に、地球の旨味成分が容赦なく襲い掛かる。
「お、おいしすぎますの……っ! パンの耳を公園の水道水でふやかしたのとは、比べ物にならないくらいのコクと深み……! これが、本物のディナー……!」
涙目になりながら、芋ジャージ姿でちくわをモキュモキュと頬張るリーザ。
その姿を見つめながら、優太は長老の老人に向かって、静かに、だがはっきりとした声で切り出した。
「長老さん。皆さんに、一つ提案があるんだ」
「て、提案、でございますか?」
「俺は、ここから少し離れた『マルストア領』という場所を治めている領主だ。今、俺の領地は急速に発展していて、農業も建築も、とにかく『人手』が足りなくて困ってるんだ」
優太は、おでんの出汁を注ぎ足しながら、まるで世間話でもするかのように続けた。
「もしよかったら、このテント村の人たち全員、俺の領地に移住してこないか? 家と温かい飯、そして正当な賃金は必ず保証する。トミーたちみたいな子供が、腹を空かせるような真似は絶対にさせない」
その言葉に、広場がシンと静まり返った。
スラムの底辺で、誰からも見捨てられていた自分たちを。身元も知れない孤児や老人たちを、丸ごと領民として受け入れるというのだ。
それは、貴族社会であるこのアナスタシア世界では、到底あり得ないほどの破格の厚遇だった。
「ほ、本当でございますか……!? 我々のような浮浪者を……っ」
「嘘は言わない。俺たちマルストア領は、助け合いのチームだからな。……どうだ?」
長老は、震える膝をつき、その場に深く平伏した。トミーたちも、それに倣って次々と優太に向かって頭を下げる。
「ボ、ボスゥゥゥゥッ!!」
突如、背後から号泣する声が響いた。
振り返ると、騎士団長のマンミアが、顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流していた。
「強いだけでなく、これほどまでに弱きを慈しむ御心……ッ! やはりボスこそ、真の『高貴なる者の義務』を体現するお方! 私、マンミアは一生あなたについていくと、改めて心に誓いましたぁぁぁ!」
「お、おう。わかったから泣き止んで、こんにゃくでも食え」
優太が苦笑しながらこんにゃくを差し出すと、マンミアは「はいぃぃ!」とそれを受け取り、涙ながらにむしゃむしゃと頬張った。
(……すごい)
少し離れた場所から、リーザはその一連のやり取りを、おでんの器を抱きしめながらじっと見つめていた。
どんな強大な魔獣にも屈しない強さ。
自分の無力さを認め、他者を頼る器の大きさ。
そして、見ず知らずのスラムの住人たちの人生まで丸ごと救い上げる、底抜けの優しさ。
(優太プロデューサー……。ただのお人好しな太客かと思ってたけど……)
リーザの胸の奥で、トクトクと、今まで感じたことのない速さで鼓動が鳴り始めた。
ファンからの愛を「奪う」ことしか考えていなかった彼女の心に、初めて、自分から「与えたい」と思う強烈な感情が芽生えた瞬間だった。
「おーい、リーザ! おかわりあるぞ。ほら、餅巾着だ」
優太が優しく微笑みかけてくる。
「あ、ありがとう……ございますの」
リーザは顔がカァァッと熱くなるのを感じながら、俯き加減でそれを受け取った。
「(……いけませんわ、私。アイドルの私が、プロデューサーにガチ恋(恋)するなんて、ご法度ですのに……っ!)」
芋ジャージの胸元をギュッと掴み、リーザは自分でも制御できない感情に身悶えした。
「よし! 住人たちの腹も膨れたし、移住の段取りも決まった! あとは俺たち自身の『打ち上げ』といこうぜ!」
優太がエプロンを外し、イグニスに向かってウインクを放つ。
「ガハハハハ! 待ってましたぜ軍団長! このおでんに合う、最高のイモッカ(酒)を出してやる!」
イグニスが空間収納から、樽に入った酒をドンッと屋台の横に置いた。
平和と希望を取り戻した星空の下。
マルストア最強チームによる、夜を徹した大宴会がいよいよ幕を開ける。
次話。
極上のおでんと酒が飛び交う中、ついにヒロインたちの「優太争奪戦」が勃発!
さらに、己の恋心に気づいてしまった強欲アイドル・リーザが、カオスなラブコメに真正面から乱入する、怒涛のご褒美回がスタートする!
読んでいただきありがとうございます。
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